(60)
(ツカリーゼ教授の独白)
もう驚いたの何のって、タロナの親御さんへの対応ぶりにも驚いたけれど、もっと驚いたのは、マッテオ兄弟商会へ行ってからなのよ。
私は、新古典柄の壁紙を選ぼうとしたの、そしたら、リーユエンは、塔の壁から剥がした壁紙と、ボロボロに壊れた家具やら敷物やら、全部信玄袋へ詰め込んで持ってきていたのよ。それを店の奥の作業場で全部一式取り出して、マッテオ兄弟へ見せたのよ。
凄かったわ。
それを見るなり、あの二人のツルツル頭が真っ赤になって、目がキラキラうるうる輝き出したのよ。
「これは素晴らしいっ、八百年以上前の正真正銘の古典期の品に、全て間違いございません」
興奮し切った兄弟へ、リーユエンは物凄く冷静な口調で、
「これを復元するか、これに相応するものをお願いできますか」って、言い出したのよ。
私は、心臓が止まりそうになったわ。思わず、リーユエンへ、
「ちょっと…学院長へ話は通すって言ったけれど、古典期のものなんか揃えたら、絶対予算が足りないわよ」と囁いちゃったの。そしたら、リーユエンったら、
「大丈夫です。古典期の建物は珍しいので、都の古跡修復保存局にも話を通してますから、元通りに復元して検査に通れば、補助金が出ます。それに、万一通らなくても、篤志家の方から寄付がありますから、ご心配は不要です」って、言うのよ。
一体、いつの間にそんな話を通していたのよ。つい、この間まで、壁紙は、取り替え簡単な灰白色でいいからなんて言ってたくせに、どうなっているのよ〜
マッテオ兄弟商会で、注文を終え、ツカリーゼはリーユエンを食事へ誘った。
二人は、中三条青鷺通下る三番横丁にある、「紋白蝶の隠れ家」へ入った。土台近くは煉瓦壁、上は漆喰塗り、テラコッタの屋根瓦が可愛らしい、ドールハウスのような外観の店の中、調度も可愛らしく明るい色調の木製家具にレース飾りと花がふんだんに飾られ、店員は、レースのフリル付き白エプロンをつけて注文を取りにきた。
リーユエンは内心ため息をつき、さすがツカリーゼ教授、自分なら、こんな店には絶対来ないな、と思った。
ワンプレートにのせて運ばれてきた本日のおすすめ料理は、彩り美しい野菜料理、魚のムニエル、ハーフサイズの岩雪トカゲのもも肉焼き、パスタ香草クリームあえが彩りよく盛り付けられていた。味は、あっさりして上品で、食べ易いものばかりだった。
ツカリーゼはデザートも注文し、お茶だけにしようとするリーユエンへ
「あなた、もう少し食べた方がいいわよ。ここの本日のデザートは絶対食べるべきよ」と、押し切って二人分注文した。
運ばれてきたのは、山桃と桑実のコンフィチュールとクランブル生地、クリームチーズとサバイヨンソースをグラスの中に交互に重ね、一番上には明るい緑色、水色、ピンク色の細かいゼリーを宝石のように飾りつけた真ん中に、生クリーム入りのアイスクリームを乗せたパフェだった。
ツカリーゼは顔を輝かせた。
「ご覧なさいよ。この美しい盛り付け、やはりデザートはこうでなくっちゃ。学院の食堂のデザートは、味は絶品なんだけれど、盛り付けがイマイチなのよね。こう言うのを是非見習ってほしいわ」
リーユエンは、微笑んで頷いたが、内心では、こんなの食べにくいだけじゃないか、学院のデザートはすぐ食べられるから、あの方がいい、と思った。
けれど、この店には、シュリナとアーリナの慰労に連れてくるのには、いいかもしれないと考え直した。
「でも、本当に今日はびっくりしたわ。まさか、あなたが塔から、あれだけの量を全部持ってきていただなんて、思ってもみなかったから」
「あらかじめご相談しなくて、申し訳ありません。出発の前日に、壁紙を見ていて、内装業者が指定した銘柄は、やはり違う気がして、一式持ってくることにしたのです」
「前は灰白色の壁紙でいいって言っていたけれど、どうしてそんなに気が変わったのよ」
リーユエンは、うつむいて視線を逸らした、それから小声で言った。
「生徒が使う間に内装を元通りにするのは、贅沢すぎてよくないと思っていたんです。でもツカリーゼ先生は、情操教育の視点をご指摘なさったので、それならば元通りにするべきかと・・・」
ツカリーゼは、リーユエンの顔をのぞき込んだ。
「リーユエン先生、あなた、もしかして、あの塔のことを前から知っていたの?」
リーユエンは、どう返事をしようかとしばらく沈黙した。しかし、ツカリーゼに嘘を言ってもすぐ気づかれてしまうだろうと思い、本当のことを話すことにした。
「ええ、知っておりました。私、一回生の厳冬休暇の間、あそこでグリムエール老師のお世話になり、過ごさせていただいたのです」
「ええっ、あなたグリムエールのお爺ちゃんと知り合いだったのっ」
「お、お爺ちゃん・・・」
あまりに気安い呼び方に、リーユエンは一瞬反応できず、固まった。
「ごめん、ごめん、驚かせちゃったわね。あの人は、もう教職を退いてから三百年以上経っていて、陰でお爺ちゃんって呼ばれてたのよ。私は、お菓子を作ってよく持って行ったから、本人にも、直接、お爺ちゃんって呼んでいたから、それで、あなたは、どうして厳冬休暇をあの塔で過ごしたのよ。ヨーダム太師の直弟子なのに、お爺ちゃんとは、どういう関係なの?」
「私は、一回生のとき魔獣調整学を履修して、期末試験を厳冬休暇へ入る五日前に受けたのです。試験には合格したのですが、その後、行方不明になりました」
ツカリーゼは突然思い出した。
「思い出したっ、あの最後の週の晩餐で、リーユエンって子が行方不明になったから、探索に協力をお願いするって、学院長が言っていたわ。そっか、あの時のリーユエンって、あなたの事だったのね。あの時、あなた、一体どこにいたのよ」
「その日の夜、食堂から塔へ戻る途中、老師が私を見つけて助け出してくださいました。私は、氷塊の中に閉じ込められて、仮死状態だったそうです」
「エエッ・・・・その話は、私は聞いたことがないわ。どうして、学院長は秘密にしているのよ」
「私の意識が戻ったのは三日後でした。その時、氷塊に閉じ込められる直前の出来事は、何も覚えていませんでした。見舞いに来てくださったヨーダム太師は、私が窒息死を免れようと急激に仮死状態に入ったため、記憶が定着しなかったのだろうとおっしゃっておいででした」と、リーユエンは、ささやくような小声で話した。




