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三日後、リーユエンは、意識を回復した。
グリムエールから知らせを受けた学院長は、ヨーダムとともに魔導士塔を訪れ、リーユエンに何があったのかを聞き質した。
ところが、彼女は、
「何も覚えていません。私は合格証をもらって、ビセツキー教授から学舎へ戻るよう言われ、演習場を出て森の中を歩いていた。そこまでは覚えているのですが、そこから先が・・・」と、弱々しい声で答えた。
リーユエンに記憶がない理由は、仮死状態にあった。いきなり仮死状態に入ったため、直前の記憶が定着しなかったのだ。
ただ、双頭の蛇食い大鷲を演習場へ飛ばす途中、横取りに来た留年生グループを撃退したことは、覚えていた。しかし、それだけで、リーユエンを氷漬けにした犯人と決めつけることはできなかった。
学院長もヨーダムも、カスパルが最重要容疑者だとは思っていたけれど、彼の父親は、その当時、玄武国の財務大臣を務めていた。そんな高官の息子を処断するとなったら、動かぬ証拠が必要だった。そのため、試験の妨害行為があったことは、調整魔獣三号からの証言と、リーユエンの話をもあり確定できたので、それについては一ヶ月の停学処分に処した。
しかし、せっかくの処分も、すでに試験は終わり、三ヶ月の厳冬休暇に入っていたので、カスパルには、何の痛手にもならなかった。
一方、瑜伽行を終えた猊下は、ヨーダム太師から報告を受け大層驚いた。それで、すぐさま法力を送ろうとしたが、太師がそれを止めた。
「なぜ、止めるのだ?」
「グリムエールから意見されました。私も彼の意見に賛成です、一度、話をお聞きになり、法力を送るかどうか、その後でお決めになってください」
猊下は、厳しい顔つきのヨーダムから言われ、少しの間思案され、
「わかった。わしが、直接学院島へ行こう。今なら、厳冬休暇中で、わしが訪れても影響は少なかろう」と、決定した。
猊下が訪問すると聞かされた学院長は、腰を抜かしかけた。
「ヒエェェッ。お怒りでいらっしゃるに違いない。わしは不手際の責任を取らされ、馘どころか、本当に頭と胴が離れるかもしれない」
薄暗い酒場の中で、ペリオンは、何とも言い難い不快感に、早く話を切り上げたくて仕方がなかった。
「氷塊に閉じ込めた後、お前たちは彼女を放置して、逃げたのか?」
ペリオンは、ポルブに尋ねた。ポルブは、酔いの回った頭で頷いたが、
「さっきから、彼女、彼女って言っているが、あいつは男だろう」と、呂律の回らない口で言い返した。
「男?・・・リーユエンは、どこから見ても女にしか見えないぞ。それも極めつきの美人だ」
ペリオンの指摘に、ポルブはぼうっとした頭で考えた。
「あんな、ガリガリに痩せた、火傷痕の目立つ、無愛想なチビが女だって?冗談だろ」
ペリオンは、やはり別人なのかと眉を顰めた。今までの聞き取りが無駄になってしまうと腹立たしくなった。
「裸を見たことはないのか」
「ないよ、あいつは宿舎生活じゃなかったんだ。絨毯に乗った童子人形みたいなお兄さんがいつも送り迎えしていた。誰も、裸なんか見たことないだろうな」
ペリオンは、目を細めた。絨毯を操る童子人形みたいな男なら、心あたりがあった。ヨーダムの直弟子、魔導士塔の引きこもり男と呼ばれるニエザだ。
「お前たち、それだけ悪質な真似をして、何も処分を受けなかったのか?」
「受けたよ。一ヶ月の停学処分だ」
「一ヶ月・・・嘘だろ、軽すぎる」
学院内で攻撃魔法を対人使用したら、厳罰処分は必定、放校処分の可能性すら高いのだ。それが、たった一月の停学処分なんておかしいと思った。
「俺たちは、調整魔獣学試験の妨害行為で処分を受けたんだ。ただ、ピセツキー教授は魔獣を手に入れるのに手段は問わないって大雑把な条件をつけていたので、パスカルの父親が遣した役人がねじ込んで、停学処分になったんだ。けれどあれは、学期末試験の最終日で、あの後すぐ第十三月の厳冬休暇に入ったから、実質お咎めがないのと変わりなかったんだ」
「氷塊に閉じ込めた件はどうなったんだ?」
ポルブは、口の端をあげ、何とも卑しい笑いを浮かべた。
「後で聞いたことだが、リーユエンの奴、氷塊に閉じ込められた時の事は、何も覚えていなかったらしい。だから、カスパルは疑われていたようだが、学院長は、この件では犯人不明で処分者を出さなかったんだ」
「体を蹴られ、氷漬けにされたんだぞ。そんな酷い目に合って、どうして何も覚えていないんだ。頭も殴ったのか?」
ポルブは、空のグラスをもの欲しげに見つめたまま、頭を傾げた。
「違う、カスパルは急所をやったりしない。腹の辺りを蹴って痛めつけただけだ。後で聞いた話だと、氷漬けの仮死状態で発見されたそうだ。カスパルは、その時、経絡の流動がほとんど停止したために、記憶が定着しなかったのだろう、俺たちはついてるぜって、嗤っていた」
カスパルも教師の端くれなので、この話を聞き続けるのは、実に不愉快だった。
寄ってたかって弱い者いじめをして、危うく死者が出かねない状況だったのだ。それなのに、実行犯は処罰もされず、その後ものうのうと学院内を闊歩していたのだ。その頃のリーユエンが、チビだと言われても、今の彼女の姿から、過去の姿は想像もつかなかったが、それでも可哀想だと思う気持ちは自然と湧き出てきた。




