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双頭の蛇食い大鷲は、血の深紅に縁取られた闇色の眸でリーユエンを睨みつけた。
「おまえみたいなチビ、ひと呑みにできるのだぞ」
リーユエンは、ハンカチをひらひらさせた。
「これが欲しくないの?私を乗せて早くこの場から離れないと、他の連中も匂いに惹かれてやって来るよ」
双頭の大鷲は、頭同士、視線を交わしあった。
チビがヒラヒラと振る白いハンカチからは、この世のものとも思えない、甘く芳しい香りがした。その香りを、双頭の鷲は自分だけのものにしたくてたまらなかった。調整済みとはいえ、やはり魔獣は魔獣なのだ。リーユエンの誘涎香血の一滴ですら、効き目は絶大だった。大鷲の鋭敏な嗅覚は、真っ先にその香りを捉えたが、もう他の魔獣も気がついたのだろう、こちらへ近寄るものの気配が感じられた。
「分かった、背中へ乗れ、運んでやる」
リーユエンは大鷲の背中にしがみついた、小柄すぎて、足が短いので、背中に跨っても体が安定しない。仕方ないので、頭の後ろから背中へ生える大羽を掴んだ。
双頭の蛇食い大鷲は大空へ飛び立った。空からなら、ピセツキー教授が試験官として待ち受ける演習場はすぐだった。けれど、そこへ邪魔が入った。
「待て、その魔獣、俺たちへ譲れっ」
(あっ、まずい、留年組に見つかった)
双頭の鷲の周囲を、七、八、九回生が、自身の使役魔や、剣の上や、棒の上に乗って飛び回り、演習場へ向かうのを妨害し、中には輪にした縄を振り回し、首に引っ掛けて捕まえようとする者までいた。
「リーユエン、お前には、そいつは扱いにくいだろ。さっさと俺たちへ寄越せ」
宙に浮いた盾の上に立つ、黄色の色眼鏡をかけた男が、剣を手に薄ら笑いを浮かべて話しかけた。カスパルは、魔獣を捕獲した者がいたら奪い取ろうと、上空から密かに見張っていたのだ。
(どうしよう・・・横取りする気だな)
ピセツキー教授は、手段を問わないと説明したので、卑怯な方法でも捕獲できれば、それで合格になる。カスパル自身は、魔獣調整学の単位は取得済みなのだ。ただ、獲物を横取りし、他の受験生へ横流ししようと企み、待ち伏せしていたのだ。たとえ、誰かが捕まえた魔獣を横取りしても、結果が全てなのだから、構わないという考えだった。(受験生でない者の手を借りたことが明らかになれば、大幅な減点は確実だから、本当に合格するかどうかはわからない。けれど、それはカスパルの知ったことではない)
もちろん、リーユエンは諦める気はなかった。大鷲の不安定な背中の上で結跏趺坐し、観想し呼吸数を減らした。
カスパルたちは、リーユエンがじっと動かなくなったので、自分たちに怯えたのだろうと思い、さらに接近した。
一方リーユエンは、次に風を意識し、中央経絡へ風を行き渡らせ、内から外へ循環させ、その激しい気流に自身の霊気をぶつけ、巨大な渦を造り出した。そして、かっと右目を開き、両手を頭の上にあげ、
「出よ、竜巻!」と叫んだ。
渦が頭上に現れ、たちまち高さ数十丈の大竜巻となり、カスパルたちへ猛獣のように襲い掛かり、渦巻く突風が彼らを呑み込んだ。
「うわぁっ、何だ」
「制御できない、落ちるーっ」
竜巻に飲み込まれた留年生たちは、次々に墜落した。
リーユエンは、大鷲と共に飛行を続け、ついに演習場へ降り立った。
地上へ双頭の蛇食い大鷲に乗って降りてきたリーユエンに、ピセツキー教授は度肝を抜かれた。
蛇食い大鷲は気位が高く、神経質な気分屋で、扱いの難しい魔獣だった。それに騎乗して戻ってきたのだ。実は、学生たちには秘密なのだが、この試験で、魔獣に騎乗できた者には、ボーナスポイントが加算されるのだ。
「リーユエン、一番乗りだ。合格だ」
双頭の大鷲から飛び降りたリーユエンは、ピセツキー教授へ揖礼した。
教授は、リーユエンを見下ろし、
「よく頑張った。双頭の蛇食い大鷲を捕まえて来るとは上等だ。その上、乗りこなしてしまうとは、実に素晴らしい。だが、その・・・この双頭の鷲は扱いが難しいから、君の騎獣には向かない。おい、三号を獣舎へ連れていけ」と、助手へ戻すよう指示を出した。
三号と呼ばれる双頭の大鷲は、非常に珍しい魔獣なので、手放したくないピセツキー教授は、魔獣がリーユエンの使役獣になりたいとか言い出す前に、さっさと獣舎へ入れてしまいたかったのだ。ところが、両方の双頭がリーユエンへ近づいた。リーユエンは懐からハンカチを取り出した。それを一方の頭が嘴で咥え、それをもう一方が必死で奪おうと、嘴で引っ張った。ハンカチは軋んだ耳障りな音とともに裂けてしまった。
ヒラヒラと舞い落ちた切れ端をビセツキー教授は素早くつかみ、匂いを嗅いだ。リーユエンが妙な薬でも使ったのではないかと疑ったのだ。もし、黒魔導術系統の薬物だったら、それだけで不合格だ。しかし、ビセツキー教授の鼻は、特に変わった匂いは感じなかった。けれど双頭の鷲は、頭を二つとも悲しげに振り、
「ハンカチ破れた。新しいのが欲しい。今度は二枚欲しい」と、リーユエンへおねだりした。
ビセツキー教授の目は点になった。あの気位の高い魔獣三号が、まだ子供にしか見えないリーユエンへおねだりし、子猫みたいに大きな頭を擦り付けているのだ。それを見た教授は、
(このチビスケ、ひょっとしたら天性の魔獣使いなのかもしれない)と、恐れ慄いた。そんな者が現れたら、自分は、使役獣医学部の教授の座から追い出されるに違いないと思ったのだ。それで、
「リーユエン、君は合格だ。点数は後で知らせるから、先に学舎へ戻っていなさい。ここは、まだ他の学生が魔獣を連れてきて混雑するから、君は先に帰ってよろしい」と、さっさとその場から追い払うことにした。




