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魔導士学院生は、今日も元気ですっ!(落ちこぼれ呼ばわりされても、くじけません)  作者: nanoky


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「リーユエン、あなたは私の明妃だ」

 

 玄武国へ来てから、一年になろうという頃、ある日、猊下は、麗々しい飾り文字で書かれた任命書をリーユエンへ手渡した。


「明妃?」

 

 リーユエンは首を傾げ、任命書に視線を落とし、次に猊下を見上げた。キラキラと鱗が緑色から銀色へと輝き、薄い緑色の眸は、今日も宝石のように透き通って神秘的だった。猊下の顔は、蛇に似ていて表情が分かりにくいが、それでも今は機嫌が良く、気分が高揚しているのが何となく分かった。

 

 その頃のリーユエンは、猊下に経絡を開かれて、男から女へ変えられてしまったばかりで、まだ男の子気分が抜けない状態だった。任命書を見たリーユエンは、そこにある「妃」という字に引っかかった。


「猊下、この妃という字は、「妻乃至側女」と言う意味ですか?私は、猊下が経絡をいじられたため、一応女になっておりますが、「妻乃至側女」扱いされるのには、無理があるかと思います。「妃」を任命するのなら、他のもっと相応しい女人の方がよろしいのではございませんか」

 

 猊下と呼ばれる異形の男は、名をドルチェンといい、玄武国第一位の身分、法座主である玄武であった。

 

 本来、玄武は齢百年を越えて玄武となり、人形を取るようになる。ところがドルチェンは、齢は三千年に達しようというのに、人形が崩れ、玄武の原身とも、人形とも言い難い不思議な姿となっていた。仲間の玄武からさえ、その異形の姿は、何か呪いの類ではないかと、第一位の身分であるにも関わらず、陰では忌み嫌われていた。けれどリーユエンは、初めて会った時から、猊下のことは、鱗がキラキラして綺麗な方だと思い、特に嫌悪も感じなかった。

 

 リーユエンが、誰もが恐れ敬うドルチェンに対して、無礼にすぎるほどの率直なもの言いをするのは、猊下がリーユエンの胸に、庇護と所有の証である玄武紋を焼き付けたため、心の中が猊下と繋がってしまい、何もかも見透かされてしまっていて、今さら本心を取り繕っても仕方ないので、そのまま思った通りを話しているに過ぎないのだ。

 

 その指摘に、猊下はリーユエンを見下ろした。怒っておられるのかと顔を見上げると、薄緑色の目は何だか悲しんでいるように見えた。

 

 猊下は、リーユエンの前にしゃがまれた。それでもリーユエンはまだ、少し顔を上向けないと猊下の目線と視線が合わなかった。猊下は、いくら切ってもすぐ伸びてしまう、長くて鋭い爪に嵌めた美しい指甲套で、リーユエンの頬にそっと触れた。


「私の明妃は、あなただけなのだ。私は、あなたを千年の間待ち続けたのだ。どうか明妃になっておくれ」

「・・・・・・」

(また、その目で見る〜、どうして捨てられた子猫みたいな目で私のことを見るんだろう。こんな目で見られたら、私はどうしたいいのか途方に暮れてしまう)

 

 リーユエンは猊下から視線を逸らし、小声で尋ねた。

「その『明妃』とは、一体何なのですか?」

 

 ドルチェンは額を抑え、しばし黙考した。凡人であり、玄武の行法の知識も皆無な彼女へ、何と説明したら良いのだろうと、しばし悩んだ。


「明妃とは、私の瑜伽業の相手として、陰気の極を操る者だ」

「瑜伽業っておっしゃいましたか?それって何ですか」

 

 一つ説明しても、またわからないことが生じる、迷路のような問答だと、リーユエンは思った。


「瑜伽業については、本来ならば、凡人の中でも魔導士だけ、それも第八階梯到達者以上にしか秘訣を授けることはできない。しかし、あなたは明妃となるのだから、今、この場で秘訣を授けよう」

 

 ドルチェンは、そう前置きすると、また続けた。

「瑜伽業とは、わしの陽の気をあなたが受け取り、あなたの陰の気と練り合わせることで、この世の始原の力である太極を結晶化させ、石として生み出す行法なのだ」


「・・・・・・猊下の陽の気と、私の陰の気を練り合わせるのでございますか・・・それって、毎晩やっているあちらの事とは、違うことなのでしょうか」

 リーユエンは小声で遠慮がちに尋ねた。

 

 ドルチェンは、何とも言えない渋い顔つきとなった。

「あれより、もっと大掛かりで、その…何と言えば良いのか、もっと精神性の高い、高次元の世界での行いだ。それに非常に危険でもある。いや、あなたの事は私が最大限守るから、案じることはない」

 

 リーユエンは、猊下の表情の変化をじっと観察した。

「猊下、玄武の行法とおっしゃるのでしたら、そのお相手は、本来、陰の気をお持ちの玄武がなさるべきではございませんか」

 

 猊下は、黙ったまま、右手を広げ、両方のこめかみをもんだ。リーユエンは、どうしてこうも聡いのだろう、全く聡すぎる、と、彼女の賢さに感心しながらも、説得をどうすれば良いのかと悩んだ。

「陰玄武と瑜伽業をやる気はない。わしは、あなたを待って、ずっと一人で瑜伽業を行ってきたのだ」


「承知しました」

 そこへリーユエンの声が聞こえ、ドルチェンは驚いた。


「今、承知しました、と言ったのか」


「はい、『明妃』になることをお引き受けいたします。けれど、その前に、私は魔導士学院へ入学して魔導士の修行をいたしとう存じます。それをお許しください」

 

ドルチェンは、眉をひそめた。

「魔導士の修行だと・・・・明妃になれば、あなたは玄武国において、第二位の身分となるのだぞ。魔導士修行など不要だ」

 

 リーユエンは、口をグッとへの字に曲げ、右の紫眸を光らせ、下からドルチェンを睨み上げた。

「いいえ、私が玄武国へ参ったのは、ヨーダム太師に弟子入するためです。ヨーダム太師から深遠な魔導術の教えを受ける前に、学院で基礎を勉強したいのです。私は、交易で、そのための学費も用意したのです。ですから、学院へ行きとうございます」

 

 ウラナの教育の成果で、口調こそ丁寧でもの柔らかだが、その意志は、金剛石より硬そうだった。たとえ、玄武国第一位の法座主と(いえど)も、リーユエンの鋼の意志を覆すことはできなかった。


「わかった、学院へ行くが良い、ただし、学院は卒院までに通常は最短で六年かかる、それでは時間がかかりすぎる。わしが基礎教練を指導するから、あなたは専門課程から初め、三年以内に卒院しなさい。それができなければ、中途退学してもらう」

 

 魔導士の修行の厳しさを知っている者なら、三年以内に卒業は不可能だろうと諦めただろう。けれど、リーユエンは「承知しました」と、受け入れたのだ。

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