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疾風のように素早く動いた明妃が、跪いてタロナを支えた。
「エエーッ!第二位のお方に膝をつかせるなんて」
助けようと動きかけたアイナは、信じられない光景を目にして、両手で頬を押さえ真っ青になった。
タロナは、ヴェール越しに見える紫眸が、宝石のように煌めくのを見た。
(綺麗・・・リーユエン先生と同じ色)
明妃は、真っ白なハンカチを取り出し、タロナの膝から汚れを払った。
「ヒェェッ、第二位のお方が、私の娘の膝を・・・」
アイナは、もう状況についていけず、絶句した。
「怪我はなさそうね、よかった・・・」
明妃は、タロナが無傷なのを確認すると立ち上がった。そして、傍へ来られた猊下を振り返り、
「猊下、せっかくですので、この子を祝福してやってくださいませ」と、淑やかな声で頼んだ。
その時、ドルチェンは、タロナの後方にいたロージーと、彼女に付き添う、がっしりした体格の老人に視線を向けていたのだが、明妃から話しかけられ、タロナへ視線を移した。
タロナは、明妃の後ろから現れた、燕尾帽に法服姿の巨大な男を呆然と見上げた。広い額に形よく広がる眉の下、切長の鳳目、薄い緑色の眸はタロナをまっすぐ見下ろし、高くスッキリ通った鼻梁の下、薄い唇には、有るか無きかの微笑が浮かんでいた。
法座主猊下は、何者をもひれ伏せさせる神々しいまでの威厳がありながら、その一方で、一旦意識すると息をするのも苦しいほどの、闇を濃縮したような、得体の知れない気配があった。
明妃は、猊下を振り返りお願いした後、またタロナへ微笑みかけ、
「大丈夫よ、猊下はお優しい方だから、祝福していただきなさい」と、話しかけ、彼女の肩に絹手袋をした手で触れ、優しく猊下の方へ誘った。
タロナは、茉莉花の匂いにぼうっとしたまま、猊下の前に立った。法座主猊下は、薄緑色の目を細め、タロナを見下ろした。目が合った瞬間、タロナは、猊下は恐ろしいお方ではないと、唐突に気がついた。その目にあるのは、穏やかで優しい光だった。
「ふむ、そうだな」
ごく低い声で呟くと、猊下は、大きな手でタロナの頭頂部にそっと触れた。暖かで心地良い何かが、手で触れられた頭頂部から、リーユエン先生がいつも意識するように言う、中央経絡へ降りていくのがはっきりとわかった。
(これ、これがそうなんだっ、これが、リーユエン先生がいっつも意識しなさいって言っていることなんだ)
タロナは、調息と導引の秘訣の一つを、この一瞬で会得した。
「よかったわね、さあ、あなたたち、自分の席へお戻りなさい」
明妃に促され、タロナは猊下へ揖礼すると、ロージーとともに席へ戻った。
(森番のお爺さんこと先代様の独白)
雪ウサギ族のお嬢ちゃんが、顔面から石畳に衝突しそうになった時は、ヒヤリとしたが、リーユエンが素早く動いてくれて助かった。しかし、女は化けると言うが、リーユエンは、明妃へ復位してから、女ぶりがますます上がったな。法座主猊下は、わしが何者なのか気がついたようだが、無言で通過していった。今のわしは、孫の活躍を見たい、ただのじじいに過ぎんのだから、気楽に見物させてもらうとするか。
(タルタネアの独白)
一体、今のは何だったの?明妃は、服が汚れるのも構わず、うちのひ孫を助けてくれ、猊下に祝福までさせた。一体、あれは偶然だったのか?猊下からの祝福なんて、そう簡単にしていただけるものではないのに、あの女がたった一言、二言口利きしただけで、簡単になさってしまわれた。あの恐ろしい猊下が、まさか明妃の尻に敷かれているなんて、本当に驚いたよ。
時間となり、儀仗局の役人が、叙勲式の開式を高らかに宣言した。
高台の奥に、法座主と明妃が並んで腰掛け見守る中で、叙勲式は粛々と進んだ。タルタネアも呼ばれ、台上に上がると、宰相閣下から勲章と目録を受け取った。そして、叙勲式は終わり、次に歓迎式典が始まった。
管弦の調べや舞踊の後、魔導士学院教師・生徒・学生による模範演技が始まった。
一番手は、二回生第一クラス担任、ペリオンの水流術による水琴演奏だった。
舞台中央に立ったペリオンは、自身の掌を胸の前で上下に向かい合わせ、水精召喚の呪文、「アクア、アパーレッ」を唱えた。
両掌から青白い光が現れ、それが中央で凝集し、青白くゆらめく水球へと変わった。
ペリオンが、掌を動かしながら「トランスフォルメ」と唱えると、水球は生き物のように動き始め、さまざまな形へと姿を変え、最後に「アクアッ、インチターラム トランスフォルメ」と唱えると、水は竪琴の形へ変わった。
透き通る水でできた竪琴は、その弦さえもごく細い水の流れで作られ、その流れる水が心地よい旋律を奏でた。非常に高度な魔力制御を必要とする、まさに妙技に、会場からは大きは拍手が湧き起こった。
彼の演技を眺めていた猊下は、明妃へ
「あの男は、サラザルの家の者だろう。あやつらは相変わらず、マリード国周辺をさすらっていた頃の一族の言葉で、魔力を操るのだな」と、話しかけた。
明妃は、白い孔雀羽模様のレース扇子で口元を隠したまま、猊下へ
「左様でございますね。サラザル一族が、この国に受け入れられてから、二百年が経つと言うのに、今でも相変わらず自分達の魔術にこだわり、ヨーダム太師や学院長の定められた教育課程を尊重する気はないようです」と、答えた。




