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学院長が出発して二日目の夜、ふたりはプドラン宮殿の上空に到着し、宮殿の最上階、最奥の区画を占める離宮へ向かった。
プドラン宮殿は、北嶺に連なる玄武岩の険しい岩山の麓から頂上近くまで、その山肌に張り付くように建てられた巨大な建造物で、最下層は、地下の玄武岩層に達し、無数の洞窟が存在する。そして、低層から中層には、地下都市があり、法力で管理された温暖な気候のもと、人外や凡人が数多く居住する街区をなし、上層は、政府機関や公共施設の区画をなしていた。
宮殿の外周には、ヨーダムをはじめとする魔導士の居住する魔導塔が東西に別れて林立し、宮殿の正面の守りを固めていた。そして、宮殿の最上層は、直接外に面していて、法座主の居城とその奥にある離宮の区画に分かれ、すべて法座主の強力無比の法力から作り出された結界障壁に守られていた。
ヨーダムが真言を唱えると、結界障壁が太師を認識し、ふたりを結界の中へ受け入れた。星が瞬く光しかない新月の闇の中、ヨーダムは、白亜の離宮へ畢方鳥を着陸させた。
「むむっ、猊下がおられるようだ」
ヨーダムの明るい灰色の目が鋭く光り、口元が緊張に引き締まった。莫大な法力を誇る現法座主ドルチェン猊下の気配を、ヨーダムは察知したのだ。
彼の心づもりでは、リーユエンにまず会って、魔導士学院の現状を知ってもらい、協力を頼み、その後、明妃である彼女を魔導士学院へ派遣することについて、リーユエンと自分のふたりがかりで、猊下を説得するつもりだった。けれど、今夜、この場に猊下が来られている以上、その手順は無理だと気がつき、さてどうしたものかと、思案に沈んだ。
そこへ、客の訪れに気がついた侍女頭のウラナが現れた。
「おや、ヨーダム太師ではございませんか、いかがなさいましたので?」
「ウラナ、今夜は、猊下がご滞在なのか?」
「はい、さきほどまで明妃と一緒に過ごされて、今は温泉の方へ行っておいでです」
ヨーダムは声を潜めて
「リーユエンと面会できるか」と、尋ねた。
普段厳格な表情のウラナの顔つきが一瞬揺らいだ。
「今夜は、難しいかと・・・」
ヨーダムは、それですべてを察し、はあっとため息をついた。
「最近のお二方のご様子はいかがかな?睦まじうしておられるのか?」
ウラナは珍しく微笑みをうかべたものの、
「猊下は、非常にご満足しておいでです。ただ…」と、言葉を途切らせた。
「ただ、何だ?」
ウラナは、左右を見回すと、ヨーダムと学院長を、離宮の中へ足早に案内した。そして、小さな客間のひとつへ通すと、
「明妃は、大牙の国から戻られて、しばらくは静かにお過ごしでいらしたのですが、最近、また交易熱がぶり返した様子がございまして…」と、訴えた。
「また交易に行くのか…」
太師も眉をしかめた。
交易自体は悪いことではないのだが、西荒の大牙国との交易では、色々事件があり、結局大怪我をして戻ってきて、しばらく寝たきり状態であったし、その後の東荒の交易では、隊商から離れて東海へ行く途中、玄武ドルーアの毒薬のせいで、危うく命を落とすところだった。交易に行くたびに、トラブルが発生しているので、太師も大丈夫なのかと心配なのだ。
「狐狸国のミンズィが、先般のウマシンタ川から運び込んだ玉石や黒曜石が大層評判がよいので、また採掘にいきたいと申しているのです。
東荒は、明妃がお好きな水辺が多く、捕まえでのある巨大魚がいて、おまけに大顎鰐や、水大蜥蜴とか、狩に最適な獲物が満載でございますから、かなり乗り気になっておられるのです。けれど、東荒は、ここより東海には余程近うございます。
東海大帝陛下は百年の眠りにつかれたとはいえ、リーユエン様の接近を察知されたら、また、お姿を現わされるやもしれません。
ですから、猊下は本当は行かせたくないのでしょうけれど、何しろ明妃に甘いお方でございますから、結局折れてしまわれるのではと…」
「なるほど、交易か…」
そうつぶやく途中で、ヨーダムは卒然と閃いた。そして、
「ウラナ、猊下に謁見することは今からできないだろうか」と、頼んだ。
ウラナは、椅子から立ち上がり、
「猊下に伺ってまいります。少々お待ちくださいませ」と、客間から出ていった。




