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学院長が向かったのは、玄武国の首都、プドラン宮殿の外周にそびえ建つ魔導士塔のひとつ、ヨーダム太師の居住塔であった。
ヨーダム太師は、齢七百年を越える大魔導士で、六百年余前、魔導士学院を創立したメンバーの一員でもある。
畢方鳥を窓辺へ接近させると、学院長はいつも最上階で太師の留守を守るニエザを呼び、広窓を開けてもらい、中へ入った。ニエザにお茶を出してもらい、しばらく待っているとヨーダムが戻ってきた。
「ドゴロフ、ここへ来るとは珍しい、どうしたのだ」
今はプドラン宮殿から遥か遠方、北嶺の大森林にあるバルガン湖のほとりを漂う魔導士学院から、わざわざ出向いてきた学院長を、ヨーダムは驚きと少し訝しげな様子が混ざった表情で見た。
「太師、わしの相談に乗ってはくれまいか」
ドゴロフは、戻ってきた太師を見るなり、挨拶もそこそこに、目尻を下げて、情けない声で要件を切り出した。
それを聞いた瞬間、ヨーダムは、一瞬、うっと息をつめ、体をのけぞらせた。今は学院長という要職につくドゴロフだが、この男が目尻を下げて情けない声を出すときは、十中八九、厄介ごとを自分へ押し付けに来たときなのだ。今度は、一体どんな厄介ごとなのだろうと、ヨーダムは身構えた。もちろんドゴロフも、ヨーダムとは、数百年来の付き合いなので、彼が警戒し始めたことには、すぐ気がついた。
「そう、警戒して身構えてくれるな。わしの相談事というのは、学院のことなのだ」
ヨーダムは、鉄灰色の眉を寄せた。訝しさがますます募った。
「学院の事だと・・・しかし、わしは、学院経営にはもう長い間関わってはいないのだぞ」
ドゴロフは、ニエザからお茶のお代わりを注いでもらいながら、うなずいた。
「ああ、そうじゃな。太師は、学院経営には携わっていない。だからこそ、忌憚ない意見を聞かせてほしいのだ」と、言うと、今年の二回生のクラス編成表と、担当教諭の指導計画書を書類いれからごそごそ取り出し、ヨーダムへ手渡した。それを読み進めるうちに、ヨーダムの眉間の皺はますます深さを増していった。
「何だ、これは?低学年の生徒に必要なのは、基礎教練だろう。この教師は二人とも、基礎教練を計画書の中に盛り込んでいないではないか。このような指導計画書は、却下して突き返せばよい」
学院長は深々とため息を吐いた。
「それができれば苦労せんよ。ここ、数年来、そういう指導が常態化しておるのだ。それに、この二人の教師、一方はドロメルの一族で、もう一方はサラザルの一族なのだ。二人とも、家門を背負い、互いを敵と見做し、火花を散らしておるのだ。わしでさえ、うっかり口がはさめないのだ」
太師は、魔導士界の二大勢力といっても過言ではないふたつの家名を学院長から聞かされ、宙を睨んだ。
「なるほど、それはいささか厄介だな。しかし、どうして、同じ学年に二大家門の一員が揃うことになったのだ。両雄並び立たずであろう」
「最初は、モーズレイの引退に伴い、低学年の指導は若手教諭がよろしかろうと、サラザルの一員であるペリオンを、二回生担当に任命したのだ。ところが、もうひとりの担任が、あの魔導士学概論担当教諭のガンダルなのだ。ご存じのとおり、ガンダルはノイローゼが悪化して、休職してしまい、学期の途中から、リーユエンに無理をいって臨時講師になってもらった。それで、新しい担任を決めようとしていたところ、何の気まぐれか、いままで五、六回生の実技指導担当教諭であったドロメルの一員であるエスメルが、担任をやりたいと立候補しおったのだ」
何となく話の展開が見えてきたヨーダムは、こめかみを揉んだ。またしても、わしは、猊下に恨まれるかもしれないと思うと、憂鬱でたまらなくなった。しかし、学院長が遠方の北嶺の山中から、わざわざ出向いてきた気持ちも十分理解できる。ここは、自分が動くしかないのだと、気が進まないながらも、学院長とともに、離宮を訪れることにした。




