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一方、演習場に残ったシャオロンポウ教授は、顎を突き出し得意満面で、法陣魔導術学部の専攻生を集め、先ほどの戦いの解説を始めた。
「普通、火攻めには相剋関係にある水精をぶつけようとしたくなるところだが、リーユエンはまず風精をぶつけた。『巽為風』だ。なぜだと思う?」
誰も答えないで数秒たち、シャオロンポウは山羊髭を扱きながら、黒板を現出させ、図形を書き出した。
「あの攻め方の要諦は、鼎を出現させたことにある。
風精の力で火勢の向きを逆転させ、逆方向からの火攻めによって自滅させる作戦のように最初は見えた。ところが、『火風鼎』の八卦陣を現出させ、鼎が現れた。
火と風によって、隠されていた金精が姿を現したのだ。
あの時、エスメル先生は、さらに火精を強力にし、勢いをつけて押し返した。リーユエン先生へ襲いかかった火精は、その勢いのまま鼎へ吸い込まれた。
あの鼎は、ただ集めるだけではないぞ、火精が集合し、凄まじい高温に達することで臨界状態に達し、鼎の中で再錬成が起きたのだ。それによって新たな火精へと変容し、支配権がリーユエン先生へ移ったのだ」
「オオォォ、そうだったのか」
みな、一斉にどよめいた。そんな戦法、今まで誰も見たことも、聞いたこともなかった。
「そして、ここからがクライマックスだっ、鼎の中は臨界状態で、さながら太極が生まれる寸前の混沌たる虚界だ。そこに封じた莫大な力を、『地風昇』の陣によって、一気に放ったのだ。さらにだっ、バンッ、痛っ」
熱の入りすぎた教授は、黒板を素手で叩いてしまい、痛さに顔を顰めながらも、続けた。
「エスメル先生が出した必殺技、火竜召喚を破るため、支配下に収めた火精の攻撃指数を爆上げした状態で天空へ放ち、さらに第四の八卦陣『雷天大壮』を現出させ、上空へ雷精を結集し、火精と融合させたのだ。
そして、火竜の召喚によって生じた物質の不均衡と空間の歪みを正すこと、すなわち『雷天大壮』、『風と火よ、天へ登り火雷をなし、もって火精を駆逐し、天地の歪みを正せっ』と、命じたのだ。
どうだ、八卦法陣法の奥深い奥義を理解して初めてなしえる華麗な法術展開だ。お前たちも、リーユエン先生を見習って、八卦法陣の研究研鑽に一層励みなさい」
魔導士界の勢力を二分するドロメル、サラザルの当主もそろって、その解説を聞いた。
サラザル当主デリオンは、腕組みし、その解説を聞きながら、ドロメル当主であるグレゴルに聞こえるようにわざとはっきりつぶやいた
「さすがはヨーダム太師だ。あのような隠し球をぶつけてくるとは、無敵の火竜使いもなすすべもなかったようだな。あるいは、相手を侮り、対策不足で、普段の実力が出しきれなかったのだろうか?」
グレゴルの眉間に、地割れのように深い縦皺が三本走った。当主の激怒に、平素なら、皆平伏して、許しを乞うたり、関わりを恐れてサッと逃げ出すところだが、今は、誰も彼も、シャオロンポウ教授の解説に夢中で、気にしようともしない。
グレゴルは、目を瞑り、湧き上がる怒りを抑えつけた。エスメルが完敗したのは事実だった。その上、ここで感情を爆発させれば、ドロメルの名声を地に落とそうと企む、狡猾なデリオンへ、みすみす手を貸すことになるだけだ。
鉄灰色の目をカッと見開き、彼は、デリオンへ視線を向け、立派な口髭の下で口元を歪めて嘲笑を浮かべた。
「ふんっ、天上天下唯一無二の耳目などと、偉そうにほざく貴様らですら、リーユエンとやらの勝利は見抜けもしなかったくせに、何を偉そうに・・・」
デリオンは、グレゴルへ微笑みかけた。
「確かに、我らも、あの魔導士のことは何も知らない。ただ、八百七年首席卒業者、通り名は竜石の錬成師としかね」
グレゴルは、デリオンをまともに見た。デリオンは、凄まじい魔力の圧力にさらされたが、平然としてうなずいた。
「彼女は、その後魔導士界から消息が絶えた。魔導士登録はおろか、魔導士名鑑にすら掲載がない」
「・・・・・サラザルですら、その程度しか分からぬのか」
グレゴルの嘲る口調に、デリオンは緑色がかった琥珀色の目を細めた。
「あれほどの使い手が魔導士名鑑に乗っていないのなら、結論は自ずと出てくる」
自分からは意地でも、その結論は何だと尋ねたくなかった、だが、猛烈に知りたくもあった。魔力と技の冴えでは、他の追随を許さないドロメル一門ではあったが、情報収集分析にかけてはサラザル一門に敵わないのだ。
デリオンは片眉をあげて、ニヤリと笑った。
「いいですよ、あくまで私の推論ですから、気楽に聞いてください。すでにどこかの有力な勢家の囲い者だということだ。そうだな、もしかしたら玄武八大公あたりの誰かかもしれない。それならば、魔導士登録もなく、名鑑にも名が乗らず、ヨーダム太師の高弟であることの説明がつく。それに太師は、昔から玄武とは付き合いが深い」
グレゴルは、「フンッ」と、鼻を鳴らした。
「あんな若造が、玄武の囲い者だと、そうであるなら、あの術は、玄武の力を借りて成したものか。紐付きの下僕魔導士ならば、学院島から追い出すまでのことだ」と言い捨て、踵を返し歩み去った。
デリオンも、演習場を出てペリオンの姿を探し、第一クラスの生徒を連れて、学舎へ帰るところであった彼を、呼び止めた。
「ペリオン」
呼び止められたペリオンは、デリオンへうなずいた。
「了解です」
デリオンも満足げにうなずき、学舎へ戻る彼らを見送った。
直接指示を受けなくても、父デリオンの指示が、
「リーユエンを探れ、何者か突き止めろ」であることは明白なので、あえて、何も訊かなかったのだ。
(あの凄まじい戦い方、かなりの実戦経験があるに違いない。それなのに、彼女の情報が、最短二年で首席卒業としかないのは異常だ。学院長も、ヨーダム太師とグルになって、隠しているに違いない。玄武の紐付きなら、それを口実に学院島から追放できるし、うまくいけば、学院長に責任を取らせて、交代できるかもしれないな)
魔導士学院は、不偏不党、中庸自律で、いかなる争いにも関わらない方針だ。ただ、ここ百五十年続く二大派閥の争いで、それもかなり有名無実化している。
その魔導士学院の最高責任者である学院長が、玄武の紐付き魔導士を教師へ引き入れたと明らかになれば、一大醜聞となるのは確実だった。辞職まで追い詰めなくても、弱みとして把握しておけば、学院内におけるサラザルの絶対的優位を築く足がかりとなるだろう。




