(33)
ペリオンと話し終えたデリオンは、生徒席の後側から移動すると、フードを被ったまま、演習場の様子を点検するリーユエンの背後から声をかけた。
「君が、エスメルの対戦相手の神童リーユエンかね?」
気取った声の中に含まれた揶揄の響きに気がついたが、リーユエンは無表情のまま、フードを脱ぐとペリオンへ振り返り、丁寧に揖礼した。
ペリオンは、にこやかな顔でさらに話しかけた。
「エスメルは火性の魔導士だ。通り名が『火竜姑娘』と言われるほどの、激烈な使い手だ。まあ、戦うにしても無理はしないで、早々に負けを認めることだ。何、負けたところで、君の不利になるようなことはしない。私が良いように取り計らってあげよう」
サラザルの当主でさえ、エスメルの絶対的な勝利を疑ってはいなかった。
リーユエンは、小声で
「ご配慮、感謝いたします」と、答えた。
デリオンは踵を返し、再び学院長の隣の席へ戻った。自分の走査では、リーユエンからは、目を引く属性は感知できず、エスメルを凌駕する力はないと結論づけた。
そして、学院長へ
「リーユエンという教師は、ヨーダム太師の高弟だそうだな」と話しかけた。
学院長はにこやかにうなずいた。
「左様、リーユエンは、太師が、ニエザのあと久しぶりに直弟子に受け入れた者です。大変優秀な若者です」
反対側のグレゴルが、
「エスメル相手に、どのような抵抗を見せるか楽しみだ。まあ、文字通りの大火傷をしなければ良いがな」と、偉そうに言った。
学院長はその言葉には、何も返事を返さず、ただ顔の笑みを深くしただけだった。
(ふんっ、揃いも揃って愚か者どもが、リーユエンは、玄武の甲羅を叩き割るほどの使い手じゃぞ、エスメルごとき小娘に遅れをとるはずがあるまい。全く、ものを知らん奴らじゃ。先の震陽大公の甲羅を叩き割った術、あれについての論文も、すぐさま禁書庫へ直行したから、こ奴らの目に触れることはないが、あれをもし目にしたら、今頃腰を抜かしておるわっ)
タロナは、デリオンが去った後、リーユエンへ近寄り、直接触れないよう、衣の袖にそっと手を触れた。
リーユエンは気がつき、タロナを見下ろした。
「先生、応援してますから、頑張ってください」
他の生徒たちもリーユエンの周りに集まり、口々に激励した。
「頑張って、応援します」(マルテン)
「そうですわ、リーユエンが負けるはずありませんもの。私、あなたが勝利するところをしっかり見届けさせていただきますわ」(ロージー)
「先生、頑張って」(モンシェン)
「・・・無理しないでください、応援してます」(ハンツォン)
その時、審判役の教師が叫んだ。
「今から、模範試合を行います。エスメル先生、リーユエン先生、演習場へ入ってください」
ハンツォンは、自分が闘うわけでもないのに、冷や汗が出て動悸がした。
(エスメル先生って、火性の使い手で、火輪や火旋風とかいう凄い連続技で闘うって聞いた。リーユエン先生の属性は何だろう?木性とかだったら、燃やされちゃうし、金性だったら溶かされちゃうかもしれない。先生っ、死なないで、俺は、もっと先生の指導を受けたい)
すっかり悲観して不安になっていると、肩をポンと叩かれた。マルテンだった。
「悲観的になるなっ、観想して気分を落ち着けろ」
「うん・・・」
マルテンは、ハンツォンの耳元でささやいた。
「みんな、先生が勝てないって思っているけど、俺はそんな事ないと思う。あの先生は、本当の力は普段隠していると思う。きっと勝つと思うよ」
ハンツォンは、驚いてマルテンの顔を見た。マルテンは真面目な顔でうなずいた。
「先生を見ろ、すごく落ち着いている。自分がどう闘うべきか、きっと迷いがないんだ」
マルテンの指摘の通り、闘志を隠そうともしないエスメルとは対照的に、リーユエンは落ち着いて静かな態度だった。激しく溶岩を噴き上げる火山と、深閑とした森を水面に鏡の如く映し出す湖ほど、対照的な態度だった。
エスメルとリーユエンは演習場へ入り、見学者たちへ揖礼し、次にお互いに揖礼しあった。
何の構えも見せないリーユエンへ、エスメルが、
「では、私から行くわ」と、声をかけ、両手を頭上に掲げた。
「火輪展開っ」
「おおっ」
見学席からどよめきが起こった。二人の勝負を見ようと、全ての講義が休講となり、学院中の生徒と学生、そして教師、教授たちが詰めかけていた。彼らは、エスメルの上空二十丈の高さに突如現れた巨大な火の輪が、凄まじい速さで回転し始めたのを見て度肝を抜かれた。
「火輪、分裂せよっ」
「うわっ、火輪が五つになったぞ、五輪だっ」
見たこともない火魔術の展開に、皆、身を乗り出した。
けれど、リーユエンは立ったまま、それを見ても、何もしようとはしなかった。
「どうしよう・・・先生、何もできないのかな」
心配するタロナへ、ロージーが
「大丈夫、リーユエンなら、この程度の攻撃なんて、平気よ」
エスメルは、五輪の回転速度をさらに上げた。火輪の炎はさらに激しく燃え上がり、周りに稲妻が走り始めた。結界障壁にまで放電が現れた。
「凄い、エスメルの力で、結界障壁まで揺らいでいるぞ。おおーい、障壁が保っているうちに勝負をつけろよ」
その野次が聞こえたのかどうか、エスメルは、「投擲っ」と叫んで、五輪の火の輪を次々にリーユエン目掛けて撃ち放った。
リーユエンは、「巽為風、 風よ起これ」と、静かに唱えた。彼女の前に、八卦の法陣「巽為風」が、青白い光を放って現れ、そこから強力な風がエスメルの方へ吹きつけた。
吹きつける強風に、エスメルは、手を上げて目元を庇いながらも、「火旋風」と叫び、その風を火の流れへと変えた。火が加わった風は、旋回し火竜となってうねった。
それを見たグレゴルは、
「ふん、愚かな魔導士だ。エスメルの火攻めに風で対抗しようとは、火に油を注ぐようなものだ」と、嘯いた。
リーユエンは、次に「火風鼎」と鋭く発した。
「巽為風」と重なり、輝く「火風鼎」の法陣が現れた。
「何、八卦陣を連続発動だと、それを単独でやるなんて、あり得ない」
見学に来ていた法陣魔導術科の学生たちは驚愕の叫びを上げた。
リーユエンは、新たな法陣へ「鼎を成し、火精を喰らい尽くせ」と命じた。
法陣の真ん中から、巨大な鼎が現れ、先ほど、リーユエンの発した風に火が加わった火旋風が、縄のように捩れながら、その中に吸い込まれ、五つの火輪も次々に鼎の中へ吸い込まれた。
エスメルは、激しく動揺した。
「何?あんな術見たことない、一体あれは何なの・・・」
教授たちに混じって試合を見ていたツカリーゼは、思わず身を乗り出した。
「あれって、八卦陣の連続発動よね、確か数年前、そんな内容の論文を書いた学生がいて、理論が先走りすぎて、内容が荒唐無稽すぎるって禁書指定になってたっけ・・・」




