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学院長は恐る恐る尋ねた。
「パオディン殿、玄武というものは、千年もの齢を経れば、導引や調息など自ずとできるのではないのですか?」
パオディンは、人懐っこい笑みを浮かべ、首を振った。
「凡人は、そんな風に思っている奴が多いな。確かに、乾陽大公みたいに千年を越える前から法力を操る玄武は実際にいるから、そんな奴らは、調息や導引なんて、自分のものにしているんだろう。でも、代々女家長続きの俺たち離家の陽玄武は、相当修行しないと法力なんて蓄えられないんだ」
それは、学院長でさえ初耳のことだった。凡人相手に、これほど明け透けに玄武内部の事情を語ってしまって、本当に大丈夫なのかと、心配になるほどだった。
「俺は、もともと修行が嫌いだし、法力を貯めることなんか、最近まで興味がなかったんだ。ヨーディンと一緒に方々を探検して歩く方がよほど楽しいし、離家の陽玄武なんて、修行したって先は知れている。あんた達凡人は知らないだろうが、八大公と呼ばれて、玄武の家同士は勢力が拮抗しているように思われるかも知れないが、実際のところ、その能力の差はかなり大きいんだ。ここへ大昔に派遣された東海大帝の王子に近い血筋の家ほど、力が強いって言われている。乾家はその筆頭なんだ。猊下も乾家のご出身だろ。あの家は、代々強力な法力を持つ陽玄武を輩出してきた名門なんだ。今回、東海大帝の直系の王女が輿入れしたから、血が強化され、次の世代にもきっと強力な法力を持つ陽玄武が現れるに違いない」
パオディンは、リーユエンの方を見て肩をすくめた。
「明妃が、乾陽大公を東海蜃市へ引きずって行って、ミレイナ王女殿下との出会いをセッティングしたおかげで、乾陽大公ダルディンは、八大公一の果報者だって、今じゃみんなから言われているんだぜ。大伯母上は、お前もせっかくリーユエンのお世話になったんだから、しっかり恩返しして、果報者とまではいかなくても、おこぼれの一つにでもあやかったらどうなんだって、そう思っているみたいだな。俺の親父も似たようなことを言っていたよ」
リーユエンは肘掛けに肘をついて、額を抑え、うめき声を上げたいのをこらえた。
(そのあやかるって何なんだ?離陰大公閣下は、大甥を持て余して、まさか私へ押し付けようとされているのでは?)
パオディンは、リーユエンの微妙な反応なんてお構いなしに続けた。
「俺とヨーディンとで、その魔導士塔の修繕や改装工事をするからさ、その代わり、俺たちにも導引術と調息法を指導してくれないかな。俺たち、真面目に取り組まないと、このまま玄武の法学院へ入ったら、修行してから出直してこいって、玄武洞のどれかに閉じ込められるのは、確定だと思うんだ。俺、玄武洞みたいな暗くて狭いところ、本当は苦手なんだよな。あんなところに一年もいたら、退屈で死んじゃうよ」
(この若玄武、魔窟の中には嬉々として降りて行ったくせに、何を言ってるんだ)
パオディンの言い分を聞くリーユエンのこめかみには、青筋がピクピク脈動し、離陰大公が、いつも眉を顰めて不機嫌な顔つきでいる原因が、何となく理解できてしまった。
「私が指導する調息法や導引術は、凡人向けのものでございます。そのようなものが、玄武の修行に役に立つのでしょうか?」
リーユエンが疑問に思い尋ねると、パオディンはまた白い歯を見せてニカッと笑った。
「全然大丈夫さ。魔導士の修行も、玄武の修行も、基本は一緒だからな。でもどうせ指導を受けるなら、辛気臭い玄武の爺さんや婆さん方からより、俺は、リーユエンに指導してもらいたいよ」
パオディンにしたら、辛気臭く、口うるさい、離家直属の教師達より、美しく、それに時々色気が溢れそうな明妃の方が、指導を受けるのは楽しみが多いとお気楽な考えだった。ただ、その考えが甘かったと、後に後悔することになるのだが・・・・
学院長は、早速調整に乗り出した。
「では、パオディン殿とヨーディン殿に、魔導士塔の改修工事をお願いすることにしよう。だが、学院は、万年金欠状態でな・・・賃金の方が・・・」
「学院長、心配無用だ。賃金なんていらないよ、その代わり、リーユエンに指導してもらって、それから住むところと、食事の手配だけしてもらえればいい」
「でも、材木や石とかの手配はどうするんですか」
リーユエンの疑問に、パオディンは
「材料なんてその辺から持ってくればいい。材木の乾燥くらいなら、俺の微々たる法力でも簡単にできるからな。道具も、自分のを持っているから、心配不要だぜ。内装工事も必要なら、ダチに商売している奴がいるから、そいつに無償でさせるよ。でも、内装工事の材料費は払ってやってくれよな」と、答えた。
無償で大工仕事をしてくれる二人を逃してなるものかと、学院長は、リーユエンが何か言う前に身を乗り出し、
「それで結構だ。パオディン殿、ヨーディン殿、魔導士塔の改修工事よろしくお願いします」と、承知してしまった。




