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数々の修羅場を経験し、滅多なことでは動じないリーユエンであったが、さすがにこの事実は大きな衝撃で、思わず両手で頭を抱えた。
(あのボケ教師二人組、どういうクラス編成してるんだ?見る目がないにも程がある。どうして共情の聖女のひ孫を、落ちこばれクラスへ押し込むんだ?普通は、取り合いになってもおかしくない人材だぞ)
タロナは、先生の心の中で荒れ狂う暴風波浪を知らず、無邪気に尋ねた。
「先生は、私の曽祖母の通り名まで、ご存じなのですね」
リーユエンはその指摘に虚をつかれ、言葉に詰まった。
一瞬ニコニコ笑うタロナと、目を見開いたリーユエンは見つめ合った。
その後、すぐさま我に返ったリーユエンは軽く咳払いしてから、タロナへ言った。
「共情能力の高さと、その高度な癒しの治療技術で、あなたの曽祖母さまは、『共情の聖女』と号されるほど高名なお方ですもの、知っていて当然ですよ」
タロナは、リーユエンの言葉に、不思議そうに首を捻った。
「そうなんですか・・・うちの曽祖母ちゃんって、そんなに偉い人だったんですね。全然知りませんでした」
その言葉に、またもやリーユエンは驚いた。
「えっ、学院の中で曽祖母さまが、タルタネア様だって、誰にも言っていないのかい?」
「いえ、何人かの人に話してます。先生方に話しましたが、リーユエン先生みたいに感激してはくれませんでした」
「・・・・・・」
何という無知な輩たちだろう、若輩魔導士の自分ですら、彼女の事を知っているというのに、一体魔導士学院はどうなっているのだ?と、ますます困惑が深まった。
リーユエン自身は、去年、宰相府から上がってきた叙勲者リストの中に彼女の名と経歴が上がっているのを読んで、知っていたのだ。それは、実に、素晴らしい献身的な奉仕活動の記録だった。
心の病にかかったものたちの苦しみを、共情によってその原因を探り、対話を繰り返しながら、心の傷を癒していくという忍耐を強いられる治療を百年余も続けてきた治療師で、貧しい者には無報酬で治療を行うと、記載されていた。そして、彼女は魔導士学院の卒業生でもあった。
(偉大な先輩でいらっしゃるのに、最近の学院の人たちは、彼女の事を知らないのか・・・)
と、その時、卒然と気がついたことがあり、リーユエンは、タロナへ視線を移して尋ねた。
「タロナ、君も共情能力があるよね」
タロナはうなずいた、つぶらな眸に無垢な光をたたえて答えた。
「はい、でも私は未熟なので、体に触れると、勝手に共情しちゃうんです」
「・・・・・・」
リーユエンは、四人の面談を終え、最後から二番目に最も疲れるサンロージアを相手にし、一仕事終えた気分であったのに、またもやとんでもないことを言われ、暫く石像化した。
(体に触れたら、共情するって、この子と体触れたぞ。騎獣に乗せる時、抱き上げた。どうしよう・・・・あの後、猊下が法力を送って寄越された時も、共情していたのかしら・・・どうしよう)
法力を流し込まれる時のあの法悦の境地を、まだ幼さすら残っているタロナは、感じてしまったのだろうか、そんな事を経験させたとあの聖女に知られたら、もう、合わせる顔がないと思った。
先生が黙り込んでしまったので、タロナは不安になってきた。それで、もう指導しないと言われたらどうしようと思いながら、小さな声で付け足した。
「私の共情は、十分くらいしか続かないんです。曽おばあちゃんからは、体がもっと育って体力がついたら、段々時間が伸びるし、自分で制御できるようになるだろうって言われました。黙っていて、ごめんなさい」
涙目で先生を見上げた。
先生は、勝手に心の中をのぞかれ、怒っているのかしらと、ますます不安が募った。
ため息をこらえるのも忘れ、リーユエンは安堵のため息を盛大に漏らした。
(助かった・・・それなら、この子は、あの時は共情していない。やれやれ・・・)
何とか冷静さを取り戻し、リーユエンは、タロナへ微笑みかけた。
「あなたのその能力は、曽祖母さまから受け継いだ素晴らしい能力よ。卑下することなんかないわ。誇りに思いなさい」
「先生は、私の能力を気持ち悪いって思わないんですか?」
タロナは不安気に尋ねた。リーユエンは、首を捻った。
「どうして?素晴らしい才能じゃないの?誰かに何か言われたの?」
タロナはどうしようかと思ったが、先生には正直に話したくなった。リーユエン先生なら、きっと真面目に聞いてくれると思った。
「一回生のクラスの時、他のクラスメイトから、お前の能力は気持ち悪いって言われて、みんなは、私からは距離を置くようになりました。それに、担任の先生が途中から交代して、エスメル先生になったら、先生からは、みんなの気が散るから、その能力を暫く封印したらどうかって言われたんです」
リーユエンは、眉をひそめた。
「エスメル先生は、本気で君にそんな事を言ったのか」
タロナは、涙目でうなずいた。
「はい、実際に医務室へも連れて行かれました。でも、学院長がそこまでする必要はないって、取りなしてくださいました」
リーユエンは、頬杖をついて目を瞑った。
エスメルが目の前にいたら、睨みつけるぐらいはしただろう。
タロナを萎縮させ、能力の開花を抑えつけるんなんて、指導者としてはあるまじき行いだと、呆れ果てていた。そして、姿勢を正すと、タロナと向き合った。
タロナは、先生が自分をまっすぐ見たのに、気がついた。紫眸は優しく光り、表情も柔らかで別人というか、まるで女神さまのようだと思い、ぼうっと見つめ返した。
「あなたの能力を伸ばすために、曽祖母さまは学院へ来させたのよ。二回生の間は、導引術と調息法を重点的に指導するから、それが、あなたの能力を安定させるのに役に立つと思うわ。ただ、まだ制御ができていないようだから、他の人との接触は自分で気をつけなさいね」
「はいっ」
タロナは、リーユエン先生は私の事を見捨てないで、指導してくださるのだとわかり、嬉しくなって大きな声で返事をした。リーユエンは微笑み、
「あなたは、三回生になったら、専門課程は何を履修するつもりなの?」と、尋ねた。
「私は、魔導心理学を専攻しようと思っています。心理療法の勉強をして、将来は、曽祖母の手伝いをしようと思ってます」
「将来設計もしっかり決まっているのね。では、頑張りなさい」
第三クラス生徒との面談は午前中いっぱいかかって、ようやく終了した。




