(17)
グリムエール老師の魔導士塔に到着したのは、日没後だった。
リーユエンは、自身の信玄袋から、五人分の天幕を取り出し、敷地内に設営した。使役獣医学部の学生たちが運んできた夕飯を食べた後、疲れ切った生徒たちは皆天幕の中に入り、早々に眠りについた。
生徒たちが眠ってしまうと、月明かりの下、三階建ての石造りの塔を見上げ、リーユエンは燭台を手に中へ入った。
昨年、浮遊島が回避に失敗した嵐のために、塔の中も風雨に晒され、荒れ果てて、床には落ち葉と泥が厚く堆積していた。一階の真ん中は吹き抜けで途中の踏み板が破れた螺旋階段があった。その周りに、騎獣舎と倉庫があった。どの部屋も窓枠が吹き飛び、備品の多くは壊れ、嵐は凄まじい被害をもたらしていた。
二階と三階は居住スペースで、螺旋階段を囲む円形廊下があり、外側の東西南北に部屋が四つずつの構成だが、南側と西側の部屋の扉は吹き飛んでいた。暴風雨のもたらした被害はそれだけにとどまらず、上を見上げると、天井も抜けて空の一部が見え、屋根まで壊れていた。相当手入れをしなければ、生徒の宿舎としては使えそうになかった。
リーユエンは、壊れた屋根越しに見える星空を見上げ、憂鬱な気持ちになり、ため息をついた。
(はあーっ、痛んでいると聞いていたから覚悟はしていたけれど、まさか、ここまでとは・・・生徒たちには、しばらく天幕暮らしをしてもらうしかないな。いくら錬成術を使えても、まさか石積みの塔を丸々一軒錬成術で直すなんて無茶をしたら、今度こそ本当にウラナが来ちゃうから、地道に大工仕事で直すしかないか・・・)
リーユエンは、二階の比較的風雨の被害が少ない、北側の一室へ入り、ハンモックを吊り下げて、そこへ横になった。
夜明け前、点幕の中で、寝袋の中で眠るタロナの耳がヒクヒクと動いた。外を誰かが歩き回っている。枝が折れる音が聞こえた。その誰かは、とても用心深く足音を立てないように歩いていた。塔の周りにある荒れ果てたかつての庭園の中、はっきりとした目的があるようで、突然足音が止まった。そして、枝や草を切り落とし、払い落とす音がした。
(誰なのかな?こんなに朝早く、まだ朝日も出てないよ〜、リーユエン先生なのかしら)
多分リーユエン先生だと思い、もしも違っていても怪しい人なら、ソアラスがやっつけてしまうから心配いらないと思い、また眠ってしまった。
空が薄っすら明るくなり、小鳥の囀りが聞こえた。今度はタロナの小さな鼻がヒクヒクと蠢いた。
(すっごくいい匂いがする)
そう思った瞬間、タロナのお腹はグウッと鳴って、目がはっきり覚めた。寝袋から出ると、寒くてブルッと震えた。慌てて魔導士服を着て、天幕から外へ出た。明け方前に音が聞こえた、庭園の東側へ歩いていくと、薪の燃える匂いが漂い、その中に香ばしいパンの焼ける匂いも混じっていた。
昨日は暗くなってから到着したので、気がつかなかったが、そこには、レンガ造の竈があった。竈の前にいたリーユエンが、タロナの気配に気がつき、振り向いた。タロナは慌てて
「おはようございます」と挨拶した。
リーユエンは、タロナへ、
「おはよう、もう起きたのか」と、声をかけた。
(先生、まだちょっと眠そう?)
先生の紫眸が、ぼうっと視線が定まっていないような気がした。リーユエンは、井戸の場所をタロナへ教え、手と顔を洗うように言った。
その後、他の生徒たちも、パンの焼ける匂いに釣られ、目を覚まして起き出してきた。
ロージーも起き出してきて、
「リーユエン先生、パンが焼けるだなんて知りませんでしたわ」と、驚いた。
リーユエンは小声で、
「交易に行っている時に調理担当のオマっていう女から、色々教わったんだ。これは薄焼きパンだよ。私が焼けるのはこれ一種類だけなんだ」と、言った。
朝食は、焼きたての薄焼きパンと、乾燥肉と乾燥野菜を戻した塩味のスープだった。それから井戸水を沸かして煮出したお茶を皆で飲んだ。
食事が終わるとリーユエンは、
「これから、朝食の準備は、当番で順番に手伝ってもらう。
それから、ここでの時間割は、
当番は五時に起床し朝食の準備を手伝い、
それ以外の者は朝六時起床、
その後一時間、柔軟体操を行い、皆で食事、
その後は調息と導引術を三時間、休憩半時間を入れて行う。
その後昼食を挟んで語学、算術、魔導術基礎編を一時間ずつ行う。
その後食堂へ夕食を食べに行き、戻ってきたら、入浴し、
その後自由時間、十一時に就寝する」と話し、それから生徒たちを見回し
「昨夜、塔の中を見て回ったが、昨年の嵐のために荒れ果てていて、当分使えない。しばらくの間は天幕で寝泊まりしてもらう。今日は、午後から、私は学院長のところへ行き塔の修繕について協議してくる。それから、午前中は、君たち一人ずつと面談を行うから、本日は荷物の整理をして自習しなさい」と指示した。
面談に最初に呼ばれたのは、モンシェンだった。
結界が張られた北側の庭園には、東屋があった。嵐のせいで柱が折れ、屋根も壊れていたのを、リーユエンは錬成術で、すべて元通りに直し、中のテーブルと椅子も錬成し直した。そこへ呼び出されたモンシェンが緊張した面持ちでやって来た。
モンシェンとテーブル越しに対面したリーユエンは、容易に反応が伺えない冷たい光を放つ紫眸で彼を見ながら、単刀直入に尋ねた。
「一回生の学年末試験で、玄武岩が粉々になったそうだね。どうして、そうなったのか、自分自身ではどう考えている?」
モンシェンは、うつむき、唇を噛んだ。
皆から散々揶揄われたネタを、先生がいきなり持ち出してきたので、悲しくなった。けれど、原因は、自分自身にもはっきり分かっていたので、
「僕は、緊張しやすい性質で、これに失敗すると落第するかもしれないと思って、意識しすぎてしまい魔力の制御に失敗しました」と、正直に告げた。




