(16)
ソアラスの体は眩い輝きを放ち、神聖紋が現れた。
紋の形が崩れ神聖文字の連なる帯へと変化し、輝く体全体を包み込んだ。その瞬間光は消え、神聖文字も消え失せた。
それを間近かで目撃したモンシェンとマルテンは、顔を見合わせた。
(今の一体何?)
目で尋ねてくるマルテンへ、モンシェンも
(分からない、一体何だろう?)と目線で尋ね返した。
ハンツォンは、(ヒィィーッ、あの恐ろしい姿の魔獣の奴、リーユエン先生を主だなんて持ち上げているけれど、あいつは俺たちを守るなんて言いながら、こっそり食べる気じゃないのか)と、内心震え上がった。
自分たち目がけて真っ先に襲いかかってきた、あの恐ろしい姿が頭から離れないので、ソアラスからできるだけ離れようとこっそり後退りした。
ところが、その後ろから、ロージーが飛び出してきて、
「まあっ、こんな格好いい魔獣を使役獣にするなんて、さすがリーユエン先生ですわ」と、叫んだ。
ロージーにぶつかられたハンツォンは、前へつんのめり、後退るはずが、逆にソアラスの真ん前に飛び出してしまった。
ひょろひょろした少年が飛び出してきたのに気がついたソアラスは、その腕を掴み、よろめいたのを助け起こしながら、小さな牙の見える口元にニヤッと笑みを浮かべた。
「おい、気をつけろよ。リーユエンの受け持つ生徒たちは、俺が守ってやる。皆、大船に乗った気でいろ」
ハンツォンは涙目で人形のソアラスを見上げ、
「はい、よろしくお願いします」と、言うしかなかった。
そこへリーユエンが近づいてきて、
「君、足を挫いたのか?」と、ハンツォンへ声をかけた。左足を引きずっているのに、気がついたのだ。
ロージーも驚き、
「あら、ごめんなさい、私がぶつかったせいね」と、眉尻を下げて申し訳なさそうにした。
ハンツォンは、慌てて頭をブルブルと振った。
「違うよ。ロージーのせいじゃないんだ。さっき、魔獣が来た時に驚いて、尻餅をついてしまって、その時に・・・」
正直に言ったけれど自分でも格好悪いなと思った。
リーユエンは、ハンツォンの前にしゃがみ、
「左足だね、足を見せてごらん、ロージー、この子を支えてやって」と、言いながら、ハンツォンの足を自分の太ももの上に乗せ、靴を脱がせた。
それを見たピセツキー教授は、また目をひん剥きそうになった。これほど高貴な身分高い方が、生徒の靴を自ら脱がせるなんて、考えられないと思い、止めようとしたが、学院長に肩をそっと叩かれた。
慌てて振り返ると、学院長は、
「秘密にしてくれ、いいな」と、小声で言った。ピセツキー教授は、慌てて頷いた。
リーユエンは、靴紐を解き脱がせてしまうと、足首を触り、両手でいきなり捻った。
「ウンギャッ」
ハンツォンは、痛くて奇声を上げた。が、その瞬間、さっきまで動かなかった足首が動くことに気がついた。
「あれ?足首がちゃんと動く」
リーユエンは、足首へ包帯を巻きつけ、
「骨は大丈夫だから、しばらくテーピングして固定しておけば、十日ほどで治るだろう」と、言い、「今日は歩かない方がいい。君はもう一頭の騎獣へ乗りなさい」と指示し、ハンツォンを騎獣の側まで連れて行き、介助して乗せてやった。
ロージーは、それを見ながらマルテンへ、
「最初に欲張らないで、騎獣を二頭にしておいて正解でしたわね。五頭用意して、私たちが乗っていたら、魔獣に襲われた時に制御できなくて、大事故になるところでしたわ」と話した。
マルテンも頷き、
「そうだな。俺たちの力じゃ、暴れ出したら一頭だって制御するのに骨が折れるんだ。五頭いなくて、本当に良かったよ」と、応えた。
二人の会話を聞いたハンツォンは、騎獣の上で
(騎獣に乗せてくれなかったリーユエン先生を酷いと思ったけれど、本当は、僕たちが安全に行けるように考えていてくれてたんだ。先生、ごめんなさい)と、素直に反省した。
リーユエンは、学院長とピセツキー教授へ、
「魔獣の襲来で、予定が遅れてしまいました。今から塔まで行ったら、食堂の夕飯時間に間に合いません」と言った。
それを聞いた生徒たちは、(エエッ、俺たち(私たち)夕飯を食べ損ねてしまうの?)と悲しくなった。
リーユエンは続けて、
「騎獣医学部の学生さんに、この子達の夕飯を運ぶのをお願いしたい」と言った。
学院長も教授も頷いた。教授は、
「あなたの生徒たちには、多大な迷惑をかけてしまったのだから、是非そうさせてもらいましょう」といい、学生たちへ、「話は聞いただろう。お前たち、魔獣の管理怠慢の責めがあるのだから、第三クラスの生徒たちへ『夕飯セット』を運んできなさい」と指示した。
それから、ハッと気がつき
「リーユエン先生はどうされます?一旦戻られますか」と尋ねた。
リーユエンは首を振り、
「いいえ、塔に泊まります。私の夕飯は不要です」と答えた。
学院長はため息をそっと吐き出した。リーユエンが食事を断る理由の見当はついていた。ピセツキー教授が、夕食を断ったリーユエンへ何か言おうとするのへ、学院長は小声で
「彼女の言う通りにすれば良い、食欲がおありではないのだ」と、ささやいた。ピセツキー教授は、まだ納得いかないながらも、学院長の指示に従った。
(リーユエンの独白)
猊下がいきなり法力マックスで送ってきたから、もう食欲なんて無くなったよ、トホホホッ、法力で体中ガシガシに揺さぶられて、その上、内傷発生一歩手前まで無理をしたって、無茶苦茶怒られて、今度、こんなことがあったら、ウラナを寄越すなんておっしゃるんだ。
でも、魔獣が暴れたのは、私が悪いんじゃない。騎獣医学部の奴らが餌やりを忘れたせいじゃないかっ。それなのに、私は猊下に怒られたんだ・・・酷いよ。
ウラナが来たら、あんな事もこんな事もしようと思っている、楽しい魔導士塔生活が瓦解してしまう。絶対寄越さないでほしい。




