(15)
「先生、魔獣は全て捕獲して、獣舎へ戻しました。餌も直ちに与えます」
学生三人が、報告に来た。が、一頭残っているのに気がつき、体を硬直させた。
「あれっ?十八号が残っていたのか。すみません、この仔もすぐ回収します」
そう言って、学生たちは十八号へ近づいた。
学院長の後ろでリーユエンがゆらゆらと立ち上がり、目深かに被ったフード越しにピセツキー教授を睨んだ。そして、地を這うような声で、
「魔獣が森を徘徊しているって一体どういうことなんだ。獣舎で管理しているはずだろう」と、尋ねた。
教授は殺気を孕んだ声に顔を引き攣らせた。
「申し訳ない。当番の生徒が餌やりを忘れてしまい、腹を空かせて獣舎から出てしまったのだ」
その答えを聞いたリーユエンは、学院長の前に出て、自分と同じくらいの背丈の教授を睨み、紫眸をギラギラと不穏に光らせた。
「魔獣の餌やりの確認もしていないのか。獣舎から魔獣が逃げ出すなんて、私のクラスの生徒は危うく食い殺されるところだったんだぞっ」
リーユエンがこれほど声を荒げて怒るところなんて、ドルチェン猊下でも、ヨーダム太師でも、見たことがないだろう。あまりの剣幕に、ピセツキーは
「ヒィィー、どうかお許しください」と、土下座した。
学院長が両者の間に入り、
「まあ、無事で済んでよかった。よかった。教授、とにかくあと一頭残っているから、早く、獣舎へ連れて帰ってくれ」と、穏やかに指示した。
モンシェンは、リーユエン先生が激怒しているのを見てびっくりした。
先生は無表情で感情を表さないので、冷たい厳格な先生だろうと思っていたのだ。これほど、生徒のことを気遣ってくれていたなんて意外だったし、自分で勝手に血も涙もない先生だと思い込んでいたのを、申し訳ないと反省した。
そんなやり取りの傍で、三人の学生は十八号と呼ばれる魔獣を立ち上がらせようと、槍で恐る恐る突つきながら、「十八号、早く獣舎へ戻ろうね。君の大好きな三足鳥のお肉が待っているよ」と、声をかけた。
十八号はすっくと立ち上がったが、学生を無視し、ゴロゴロと喉を鳴らしながらリーユエンへ近寄り、子猫のようにその体へ鼻面を擦り付けた。鼻面をくっつけられたリーユエンは、眉をしかめ魔獣を睨んだ。
魔獣の態度を目の当たりにしたピセツキー教授は、目玉が飛び出しそうなほど目を見開き、口まであんぐり開けた。それほど衝撃的な光景だったのだ。三人の学生も、教授に負けず劣らずの驚愕の表情を見せ、
「ええぇぇっ、十八号が懐いているぞっ」と、叫んだ。
学院長はため息をついた。
十八号は、魔獣舎の中では最強の魔獣で、気位が高く、誰も使役できなかったのだ。好物の三足鳥と、おやつタイムに与える『チャオ⭐️⭐️⭐️ル』という特別なおやつがお気に入りで、それで餌付けをして辛うじて制御できる状態だった。その気難しく、気位の高い十八号が、飼い猫のようにリーユエンへ鼻面を擦り付けて甘えているのだから、それはもう、驚くのは当然だった。
「どうやら、十八号は、リーユエン先生のことが気に入ったようじゃな」
学院長の指摘に、ピアツキー教授は、学院長、十八号、リーユエンへ忙しく視線を動かしながら、
「リーユエン先生、一体どうやって十八号を手懐けたのですか」と、恐る恐る尋ねた。
リーユエンは、自分へ鼻面を擦り付けてくる十八号を煩わしげに見ながら、
「別に何もしていませんよ。飛びかかってきたから、六尺棒でぶん殴っただけです」と、無愛想に答えた。
ピアツキー教授は、またもや顔を引き攣らせた。これほどの貴人へ、自分の学部獣舎の魔獣が襲いかかったと聞き、またもや寿命が削り取られる思いだった。
ところが、教授の立場なんか全然忖度しない学生たちは、
「うわっ、十八号ったら、ぶん殴られたんだ。そんなことした人は、きっと先生が初めてですよ。十八号は恐っろしく強いから、誰もそんな事をしたことがなかったんです」と、話した。
十八号は、さらにリーユエンへ体を密着させ、いきなり前足を肩へ引っ掛けるや、口元へ鼻面をつけ、唇にほんのわずかついていた血を素早く舐めとった。それは、一瞬の早技で、リーユエンですら避けられなかった。すると、十八号の周りに旋風が起こり、体が金色の粒子へ変わり、その粒子は高速で旋回しながら新たな形を成した。粒子が作り出した光の靄が消えると、現れたのは、目が金色で黒髪の、見目麗しい若者だった。
若者は、リーユエンに向かって恭しく跪拝した。
「ご主人様、契約は成立しました。どうぞ、俺に名をつけてください。俺は、十八号なんて呼ばれるのは、もううんざりなんです」
リーユエンは、若者姿になった十八号の姿とアスラの姿が重なってみえ、一瞬涙が出そうになった。けれど、これはアスラではないと、冷静さを取り戻し、冷たい声で
「私には、使役獣は不要だ。契約はしない」と、拒絶した。
ところが、十八号は、その答えなんかお構いなしで、リーユエンへ抱きつき、
「もう、契約しました。俺は主を守ります。主は使役獣は要らないって言うけれど、俺は役に立ちますよ。俺がいたら、他の魔獣は近寄れませんからね。生徒だって、森の中でも安全に過ごせますよ」と、巧みに自分を売り込んだ。十八号はただ強いだけではなく、非常に知能の高い魔獣だった。リーユエンが今必要としていることを見抜き、その気になってくれるようにアピールしたのだ。
リーユエンは、口をへの字に曲げ、しばし考え込んだ。魔獣は眸を輝かせ、答えを待った。
「本当に生徒を守れるのか」
「主のご命令とあれば、守り抜いてみせます。あなたが担任の間、生徒の安全は、俺が責任を持ちます」
「お前は、対価に何を望む?」
その問いに、十八号はデレッと表情を緩め、
「俺は、主みたいな強い凡人は初めてです。俺のことをもふもふ撫でて、いい子、いい子してください。俺は、餌は自分で取れるし、自分のことは自分で面倒見れます。だから、俺のことを撫でていい子いい子して褒めて欲しい」と、訴えた。
アスラのように生気をくれと言われるのかと警戒していたリーユエンは、脱力した。
「そうか、そんな事でいいのか。わかった、名前をつけるよ。どうしようかな・・・ソアラス、お前はソアラスだ」
名付けを受けたソアラスの体が、一瞬眩しく輝いた。




