(14)
金剛壁へ、他の魔獣も殺到した。
三つ目の猿顔に、体は魚の鱗に覆われ、手足は熊、背中には甲羅を背負い、尾の先が尖り毒針のついた魔獣五匹が、金剛壁を登ろうとしたが、雷電に撃たれ感電して地面へ落下した。
一つ目の熊面に羚羊の角があり、体は長毛のジャコウ牛、手足の先は蹄で、膝の辺りにも目のある魔獣が三頭現れ、金剛壁へ何度も激突してきた。金剛壁は激しく振動し、大地も揺れた。
タロナは必死で取手にしがみつき、悲鳴をあげた。
ロージーとマルテンは、手綱を決して離すまいと、手が擦りむけて血が滲んでも我慢した。
リーユエンは、凄まじい衝撃に今にも砕けそうな金剛壁を自身の陰の力と陽の力を循環させ、それを障壁まで通して強化した。しかし立て続けの攻撃に、陰陽の極を同時に操りながら、真言を唱え続けるのは、負荷が大きすぎて、今にも吐血しそうになった。
(ダメだ、今吐血して、真言が途切れたら、結界が破れてしまう)
迫り上がってくる血をこらえ、リーユエンは真言を唱え続けた。その時、突然、退散した魔獣が戻ってきて、猛烈な勢いで他の魔獣を攻撃し始めた。
三つ目のサル顔の胴に噛みつき、茂みの向こうへ、次々に投げ飛ばし、次に熊面の有角には、後ろから飛びかかり、首根っこに齧り付き、地面に押し倒した。熊面も悲鳴をあげ、森の奥へ逃げ出した。
そして、豹面はゴロゴロと低い声を出し、金剛壁の前にゆったりと座り込んだ。
足首を捻って尻餅をついたままのハンツォンは、恐ろしい魔獣が金剛壁の前で座り込むのを見て、絶望に目を見開いた、
(もうダメだ。あいつは、リーユエン先生の力が尽きて障壁が消えたら、中へ入ってきて俺たちを食おうと、あそこで座り込んで待っているに違いない。お父さん、お母さん、それに俺を魔導士学院まで留学させてくださった公爵、ごめんなさい。俺は、魔獣に喰われる運命で、卒業できそうにありません。本当にご期待を裏切り申し訳ありません)と、心の中で謝った。
その時、上空から、
「リーユエン先生、生徒たち、皆、無事かっ」
学院長の声が響いた。
ハンツォンは、金剛壁の障壁の向こう、木立の隙間から見える空から大きな鳥が降りてくるのを見た。
鳥の翼の羽ばたきで、辺りに大風が起こり、木々の梢がザワザワと騒々しい音を立てた。首と嘴が長く鶴のような体型で、尾羽と翼の先は白色で、それ以外の全身は緑、青、赤へと目まぐるしく変化する光沢のある構造色の羽根に覆われ、長い一本足が目立つ大きな鳥が、大空から金剛壁の前に降り立った。
その鳥の背から学院長はひらりと地面へ飛び下り、自身の渦巻状の頭飾り付きの大きな杖を、魔力を込めて振り動かした。地面から槍が数十本現れ、黄金壁の周りを徘徊する魔獣たちへ襲いかかった。槍が体に刺さった魔獣たちは、驚き、その場を逃げ出した。
遅れて現れた騎獣医学部の面々が、魔獣を次々に捕縛した。
けれど、金剛壁の前に立ち塞がる大きな魔獣はそこから去ろうとせず、座り込んだままだった。前足の上に顎を乗せ、地面にずっとうずくまり、唸り声ひとつあげず、ただ黄金壁の向こうにいるリーユエンをうるうるした目で、何だか熱っぽく、じっと見つめ続けた。
学院長は、その魔獣の様子を見て、
「おや、こやつ、もしかして・・・」と、呟きながら、その魔獣のそば近くを平気で通り抜け、黄金壁越しに、リーユエンへ声をかけた。
「おーい、リーユエン先生、障壁を解除してくれ、もう魔獣は追い払ったぞ」
それから、残った魔獣を振り返り、慌てて
「こやつは、もう襲う気がないから、心配不要だ。わしがついておるし」と、付け加えた。
リーユエンは黄金壁を解除し、学院長を中へ入れた。
リーユエンは、力が尽きて蹲っていた。
顔を上げて、学院長へ話しかけようとしたが、血が喉元へ迫り上がってきて、手で口元を押さえた。彼女の異変に気づいた学院長は駆け寄った。その時、彼女の全身が黄金の光に包まれた。
学院長は、飛び上がってその全身を自分のマントで覆い隠した。そこへちょうど、魔獣を捕縛し終えたピセツキー教授が現れた。
「学院長、ご迷惑をおかけし申し訳ございません」と、平身低頭で謝罪した教授は、学院長の後ろで蹲る人影に気がつき、慌てて「怪我人が出たのですかっ」と叫んで、近寄りかけた。
けれど、学院長が両手を広げて、阻止した。
「大丈夫だ、ちょっとお疲れなだけだ」
ピセツキー教授は、学院長より頭二つ分背が高いので、学院長の頭越しに後ろをチラッとのぞいた。どうして、そんなに慌てて隠そうとするのか気になったのだ。
そして、見てしまった。黒い外套で全身を隠し蹲る魔導士の体が、黄金の霊光に包まれていた。
(黄金の霊光、いや、これは法力だ。これほど、強い、黄金に光り輝く法力なんて・・・まさか、この魔導士は、玄武の主がいるのか・・・だが、これほど強い黄金の法力なんて・・・あのお方がわざわざ法力を寄越すなんて、その相手は第二位のお方しかありえない)
考えるうちにピセツキー教授の顔から血の気が音を立てて引いていった。ピセツキーを見上げながら、その顔色の変化を見てとった学院長は、
(あーあ、バレちゃったかな)と、思い、ため息をついた。
ヨーダム太師から、リーユエンに少しでも異常があれば、猊下は必ず法力を送ってよこされるから、その姿を、決して他人の目に触れさせないようにしてほしいと、念入りに頼まれていたのに、もう、他人の目に触れてしまったのだ。
ピセツキー教授は、もう腰を抜かして驚愕した。
(私は、もう終わりだ。こんな高貴なご身分のお方を傷つけてしまったら、私の命は蝋燭の炎のように一瞬であのお方に吹き消されてしまう。どうしよう〜)
学院長は、教授に近寄ると、その肩を軽くポンと叩いた。そして、耳元で囁いた。
「もう、事情は理解できただろう。お怪我はされていないから、心配せんでも良い。わしの方から、彼のお方へは取りなししておくから安心せよ。それより、あそこに座り込んでおる魔獣を早く獣舎へ連れて帰ってくれ」
学院長に言われ、ピセツキーは、まだもう一頭魔獣が残っていることにやっと気がついた。




