(13)
学舎内で一番高い物見塔の最上階で、非常事態発生を知らせる鐘が鳴り響いた。
三つある大鐘が全て無制限に鳴らされ、凄まじい音量で島全体に響き渡った。
その音に驚いた学院長まで、執務室から外へ飛び出した。
「どうした、何事じゃ、妖魔の来襲かっ」
そこへ捕縛綱や、制圧用の鉾や三又、槍、金棒を手にした騎獣医学部の教授と学生が走ってきた。学院長はピセツキーの姿に気がつき、声をかけた。
「ピセツキー教授、一体これは何事ですかっ」
教授は、学院長へ、大慌てで挨拶するや、
「学生が餌やりを二日忘れて、魔獣が演習場を徘徊しています。森は立ち入り禁止です。直ちに捕縛へ向かいます」と、大声で言った。それを聞くや、今度は学院長が
「大変だっ、二回生の第三クラスの生徒が、グリムエール老師の魔導士塔へ向かっておるのじゃ、リーユエン先生へ、危険を知らせないとっ」と、叫び、自身の畢方鳥を召喚するや大空へ飛び立った。
ピセツキー教授は、学院長の行動の素早さに呆気に取られたが、すぐ自分のなすべきことを思い出し、騎獣医学部の学生とともに、森の中の演習場へ向かった。
その頃、森の奥地へ入り、人が二人並んでも抱え込めないほど太い幹周りの古木ばかりが聳え立つ、薄暗い森の中を第三クラスの生徒とリーユエンは進んでいた。
突然、学舎の方角から、騒々しく鳴り響く鐘の音が聞こえてきた。リーユエンは、生徒たちに止まるよう指示し、鐘の音に眉を寄せた。
ロージーは、リーユエンへ近寄り、
「あの鐘は、どうして、あれほど大きな音で鳴らされているのかしら?」と、話しかけた。
「まずいな、何か、非常事態が起きたようだ」
リーユエンの言葉に、生徒たちは動揺した。一体何が起きたのだろうと思ったが、聞こえてくるのは鐘の音だけで、木立が密に茂る森の中では、学舎の方で何が起こっているのかは全く見えなかった。
その時、リーユエンは、巨大な生き物が茂みの向こうに潜んでいるのを察知した。そして、ロージーへ「騎獣の手綱をしっかり持っていてくれ」と、頼んだ。
ロージーはうなずき、手綱を受け取った。リーユエンは、男子生徒三人へ、
「結界を張るから、皆こちらへ来てくれ」と、指示した。
傍へ来たモンシェンは、リーユエンを見上げ、
「先生、何か危ないことが起きているのですか?」と、質問した。リーユエンは、近づいてきた他の二人も見ながら、
「あの鐘は、非常事態の発生を知らせる鐘だ。それに、この周りを大きな獣が徘徊しているようだ。金剛壁の障壁結界を張るので、その中にいなさい。我々が、魔導士塔へ向かっていることは、学院長がご存知だから、何かあれば、知らせがくるはずだ。それまで、動かない方がいい」と、説明した。
リーユエンの説明が終わらないうちから、彼らの周囲の茂みがザワザワ音をたて、獣の唸り声が聞こえ、赤子の泣き声に似た、耳障りな甲高い悲鳴も聞こえてきた。
マルテンは、鼻に皺を寄せ、「ウワッ、何か生臭い匂いがする」と、呟いた。
ハンツォンは、
(騎獣に乗っていれば、こんな森の中とうに抜け出せていたはずなのに、ひどいよ。俺たち、何か大きな獣に狙われているんじゃないのか〜、北荒の地までわざわざやって来たのに、魔獣に食い殺されて俺の人生は終わってしまうのか〜、あんまりだよ〜)と、すっかり悲観的になった。
リーユエンは、その場で右回りにスンコルの真言を唱え始めた。
いきなり、ぶつぶつと真言を唱え、独特の禹歩を始めたリーユエンを、生徒たちは何をしているのか理解できないまま、見上げた。ただ、魔導庁長官から直々に個人授業をみっちり受けていたロージーだけは、
(すごい、本物の真言ですわ。リーユエン格好良すぎますわ)と、大興奮した。その興奮は、たちまちのうちに他の生徒にも広がった。
リーユエンが真言を唱え、円を描いて進むに連れ、その後ろから黄金色に輝く壁が立ち現れ、球状の障壁を形成し、彼らを包み込んでいった。けれど、結界障壁を察知した魔獣の一頭は茂みから飛び出し、リーユエンを狙って飛びかかった。それは、豹の顔で牙を剥き出し、背中には蝙蝠の翼があり、尻尾は八頭の蛇に分かれた魔獣だった。前足は猛禽の足で、鋭いかぎ爪を蹴立てて飛びかかってきた。
「先生、危ないっ」
マルテンは叫んで、飛び出しかけたが、ロージーが、
「ダメよ、じっとしていなさい」と、暴れる騎獣の手綱を握り締め、必死で押さえつけながら、叫んだ。
リーユエンは、六尺棒を顕現させ、その魔獣の横面を容赦無く殴りつけた。次に鞭へ変化させ、翼が折れそうになるほど強く叩きつけた。魔獣は悲鳴をあげ、茂みへ逃げ込んだ。その戦いの恐ろしさに、ハンツォンは、腰が抜け、ひっくり返ったはずみで足首を捻ってしまった。
リーユエンは、そのまま右回りにスンコルの真言を唱え続け、障壁結界を完成させた。
騎獣が暴れ、引きずられそうになったロージーへ、マルテンが駆け寄り、
「俺が一頭押さえるから、手綱を貸して」と、叫んだ。ロージーは、マルテンへ一頭の手綱を渡し、ようやく一頭を落ち着かせた。
マルテンも、手綱をひきしぼり、
「どうっ、どうっ」と、声をかけ、騎獣を落ち着かせた。
ロージーが手綱を持つ騎獣の上には、タロナが乗っていたが、リーユエンに言われた通り、取手を握り締め、落下しないように足を必死で踏ん張っていた。
騎獣が落ち着いたのを確認したロージーは、
「もう大丈夫よ、タロナ、よく頑張ったわね」と、声をかけた。
タロナは、涙目で黙って頷いた。ものすごく怖かったが、ロージーが声をかけてくれたので、気持ちが落ち着いた。




