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「シュリナ、シュリナ、あなたは飲み過ぎよ」
「リーユエン、うわびゃみのあんたにしょんなこと言われたくにゃ〜い、もっと酒持ってきて〜」
リーユエンに肩を揺さぶられ、頭を上げたシュリナはそれだけ言うと、またテーブルに突っ伏した。
ナイナイは、煙管から爽やかな香りの煙を吐き出すと、鈴を鳴らし、男衆のハビを呼びつけた。
「ハビ、そのお嬢さんに、酔い覚ましを飲ませて、別室で寝ませてやりな」
ナイナイの指示を受け、ハビはリーユエンに一礼すると、隣のシュリナを抱き抱え、部屋から出ていった。
ナイナイは、ハビが扉を閉めるや、カンッと音を立てて、煙管の灰を落とし、中身を入れ替えながら、リーユエンへ言った。
「さあ、野次馬は消えた事だし、そろそろ本題へ入ろうか。まさか、飯だけを食べにきたわけではないんだろう?」
リーユエンは、ハビが持ってきてくれた瑠璃製の水入れで手を洗い、口元と手を丁寧にお手拭きで拭った。それから、懐から握り拳大の巾着袋を二つ取り出すと、テーブルに置いた。
それを見た途端、ナイナイの目は爛々と輝いた。
リーユエンは、小さな巾着袋を、ナイナイの方へ滑らせた。
「これは、差し入れだよ。みんなにも、三足鳥の丸焼きをご馳走してあげて」
ナイナイは、いそいそと袋を受け取った。
「はい、毎度あり〜」
次に、リーユエンは一回り大きな巾着袋をナイナイの方へ滑らせた。
ナイナイは、その袋の口を少し緩めて、中身を確認した。
ナーガムにも、金貨と銀貨が光るのが見えた。
袋をナイナイが受け取るや、リーユエンは椅子から素早く立ち上がり、音もなく扉へ近寄り、いきなり全開した。
扉の前には、髪を両脇に三つ編みにして垂らした、妓女見習いの少女が、盆を持って立っていた。
「す、すみませんっ、酒器が足りないから回収するよう、厨房から言われたんです」
少女は、真っ赤になって叫んだ。
リーユエンは無表情に少女を見下ろし、「どうぞ」と中へ通した。
少女は、オドオドと、盆へ酒器をのせた。
それへナイナイが、目を眇めて言った。
「おまえ、最近入った新入りなのかい?」
「はい、三ヶ月前からです」
「なら、言っておく。香車の客人には、私が声をかけるか、呼び鈴を鳴らすまで、部屋へは近寄らないのがここの決まりなんだ。
それに、ここの雑事は、ハビが担当なんだ。今度から気をつけなっ」
「はい、申し訳ございません」
少女は、大急ぎで部屋から出ていった。
少女が出ていくと、ナイナイがつぶやいた。
「あんな者を紛れ込ませるなんて、採用担当者も馘だね。尻を蹴飛ばして、叩き出してやる」
ところが、リーユエンは反対した。
「ダメだよ。せっかく正体がわかったんだから、泳がせておいて、知らせたいことだけ知れるようにしておけばいいだろう。勿体ないよ」
ナーガムは、二人の会話についていけなくなった。
「それは、一体どういう意味ですか?」
ナーガムが、その場にいることに、今気付いたような、わざとらしい笑みをナイナイは浮かべた。
「修行三昧、世の不浄な出来事にはご興味のない総執行さまが、関わるような事ではございませんよ」
あっさりいなしてしまうと、ナイナイは、再びリーユエンへ話しかけた。
「あんた、この金はどうやって工面したんだい?配当金は、惜春楼を貸切にして使い切ったんだろう?」
「これは、魔導士学院で教職について、もらった給料と賞与だよ。
私が、汗水流して稼いだ金を、こんな事に使わなきゃならないなんて、悲しいよ」
「地獄の沙汰も金次第っていうだろう。私から何か引き出したいなら、金を支払うのは当然だよ。諦めるんだね、それで、何を知りたいんだい?」
ナイナイは、お茶の用意をしながら、リーユエンへ尋ねた。
「サラザルの事を教えて欲しいんだ」
ナイナイは、眉をしかめ、口をひん曲げて、リーユエンを睨んだ。
「サラザルだって、ここは妓楼だよ。何で、ここに聞きに来るんだい?」
「当主の家族関係について教えてほしんだ」
ナイナイは、急須へ茶葉を入れ、熱い湯を注ぎながら、リーユエンの反応をうかがった。
一体、どこまで知りたがっているのだろう。金まで用意するほどだから、一般的な知識を求めているわけでないのは、明らかだった。
「あそこは、妻はオリナラ、彼女はサラザルの分家筋の出身、夫婦仲は良好、息子は学院島で教職に就くペリオン、それにリテデアとラナデラという双子の姉妹がいる。二人とも、花嫁修行中、家事手伝いってところかね」
「彼には、もう一人息子がいますよね」
リーユエンが抑揚のない声で指摘した。
ナイナイは、目を見開いた。
「おまえ・・・それをどこで知ったんだい?そんな事を口にしたら、命がないよ」
リーユエンは、ふっと笑い、肩をすくめた。
「どこで知ったのかは、秘密だよ。それより、ナイナイ姐さんが、サラザルの当主なんか怖がるはずないよね。教えてくれるよね?」
ナイナイは、お茶を茶碗へ入れて、ナーガムとリーユエンへ勧めた。
自分も茶を飲み、しばらく無言だった。
「おまえが、自分の給料までつぎ込んで知りたがるのは、それ相応の理由があるからだろう。
私も、金をもらう以上は、話をしてやるが、この話は絶対秘密にしておくれ。でないと、サラザル当主の逆鱗に触れる。
あの男は、普段は穏やかだが、実際のところは、ドロメル当主のグレゴルよりも、もっと気性の激しい厄介な男なんだ」
そう前置きすると、ナイナイは、三十数年前、自分が実際に見聞きした事を語り始めた。




