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日没後、ナーガムは、明妃に言われた通り離宮を訪れた。
ウラナは、彼を応接室の一つへ案内した。
しばらく待っていると、魔導士服の上からフードつきの外套をまとうリーユエンが、包みを両手で掲げ持つシュリナを連れて現れた。
「お疲れまさま、総執行、この服に着替えてちょうだい」
部屋へ入ってくると明妃は、シュリナが持ってきた包みを、いきなりテーブルの上に広げた。
テーブルの上に、目も鮮やかな青いターバン帽、白いシャツ、紫蘇色の短胴衣、焦茶色のチュリダールに、金糸の縁飾り付きの黒いブーツが広げられた。
「これに着替えるのですか?」
「今から、慰労会兼潜入捜査に行くから、あなたも法座主府庁の者だとわからない格好をしてもらいます」
納得はいかないが、猊下から、明妃の面倒を見るよう念入りに頼まれた以上、彼女が行くところへついていくしかない。ナーガムは、用意された衣装へ着替えた。
着替えると青いターバンで禿頭も見えなくなり、彼はどこから見ても、大商店の若旦那にしか見えなくなった。
明妃とシュリナは歓声を上げた。
「よく似合っているわ。さすがはツカリーゼ教授の見立てだわ」
「ツカリーゼ?」
ナーガムは眉を顰めた。シュリナがニヤニヤ笑いながら説明した。
「ツカリーゼ教授に、潜入捜査用の衣装を見繕って欲しいってお願いしたら、その衣装を一式、一晩で縫い上げてくれたんだ。すごいよね。
この衣装は、総執行に、絶対に似合うって自信満々で置いて行ったけれど、本当、似合ってるわ」
ナーガムは、着心地は大層良いと思ったが、ツカリーゼの見立ては派手な組み合わせで、普段地味な色目しか身につけない彼は、落ち着かない気分だった。
明妃に連れてこられたのは、とんでもない場所だった。
(ここは、惜春楼ではないか・・・ここに、潜入捜査ってどういうことだ?)
先代の頃、宴会好きの座主のお供で、惜春楼をよく訪れた。しかしドルチェンが座主となり、ナーガムも総執行となってからは、訪れたことがなかった。
(今は、昇格試験の最中だと言うのに、私は、こんなところに来て良かったのだろうか?)
千年余変わることのない惜春楼自慢の八層の高楼を見上げ、ナーガムは疑問に思った。
「ナーガム、ここでは、若旦那様って呼ぶから、そのつもりでいてね。
私はリーユエン、シュリナもそのままでいいから、さあ、潜入捜査に行きましょう」
そう言うと、リーユエンはさっさと中へ入って行った。
彼らを出迎えたのは、香車ナイナイだった。
リーユエンは、ナイナイに金貨を握らせながら、
「ナイナイ、あれはもう焼けたの?」と、尋ねた。
ナイナイは吊り目がちの猫目を細めて笑った。
「三足鳥の塩釜焼き三人前、もうできているよ。こちらへどうぞ」
その後通された客室で、リーユエンは、可愛らしい小ぶりの金の金槌で、真っ白に焼きしまった塩釜を割り、中から三足鳥の丸焼きを取り出し、手づかみで食べ始めた。
リーユエンとシュリナの前には、大きな盃に、蒸留した蜂蜜酒が並々と注がれた。
ナーガムは二人の食べっぷりと飲みっぷりに呆れ、自身の手は止まっていた。
(この、手づかみで鳥肉を引きちぎり、大口開けて齧り付き、酒を流し込むように飲むのが、あの明妃なのか・・・まるで、山奥の、腹をすかした山賊みたいな食べっぷり、飲みっぷりではないか・・・)
ナーガムは、目の前のリーユエンの姿をただぼうっと眺めた。そこには、一昨日、自分の前で平伏した嫋々嬋娟とした美女の面影の欠片すらなかった。
リーユエンにお酌するナイナイが、目をすがめて、注意した。
「リーユエン、どうしたんだい、行儀の悪い食べ方をして、飢え切った狼より酷い食べ方じゃないか」
リーユエンは、もも肉のついた骨を手づかみしたまま、ナイナイへ言った。
「ナイナイ姐さん、私は、本当にもう少しで餓死するところだったのよ。もう一月近く肉を全然食べていないのよ」
「はあ、大牙出身のあんたが肉を食べないなんて、どう言うことだい?そりゃ餓死しそうなくらい辛かったろう」
「そうなのよ、最初は潔斎で一週間、それで済むと思ったら、トラブルが起こってそのまま療養させられて、その間麦のお粥しか食べられなかったの・・・それでやっともういいだろうって時期にまたトラブルが起こって・・・多分今日食べる肉は一月ぶりだと思う」
ナーガムも、リーユエンの話を聞くうちに、行儀が悪くなっても無理ないなと納得した。
法力は傷を癒し、体力が落ちることは防げるが、飢餓感の解消はできないのだ。
その後二時間ほど、食事と酒盛りが続き、シュリナは酔い潰れ眠ってしまった。
ナーガムは、昇格試験のことも気になるし、そもそも明妃の護衛役としてついて来ているので、あまり飲まなかった。そして、冷静に観察していると、リーユエンはかなりの量を飲んでいるのに、全然酔った様子がないので、不思議に思った。
もちろん、ナイナイはずっと素面のままなので、不思議がるナーガムを面白がって見ていた。
「若旦那、リーユエンが、どうして酔わないのか不思議なんだろう?」
ナーガムは素直に頷いた。ナイナイは、ヒヒッと陰険に笑った。
「この子はね、金杖王宮の酒蔵を半分空にするほど大酒飲んで、そのまま逃げ出すほど酒に強いんだよ」
リーユエンはまだまだグビグビ酒を流し込みながら、ナイナイへ抗議した。
「ナイナイ姐さん、人聞きの悪いこと言わないでよ。それではまるで、私が食い逃げしたみたいに聞こえる」
「何言っておいでだい、王太子を張り倒して逃げ出したんだろう。食い逃げと大して変わりないだろう」
「もうっ、どうしてそんなことまで知っているのよっ」
ナーガムは、決して飲みすぎたわけではないが、頭痛がしてきた。一体明妃殿下はどういうお方なのだと、ますます理解不能になってきた。




