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ナーガムは、ドルチェンが明らかに不快がるのに、自分が瑜伽業に加わるなんてあり得ないと思った。そこで、断ろうと口を開きかけた。
ところが、リーユエンは稲妻のような一瞥で、ナーガムの萎縮に気付いた。
「総執行、辞退なんて有り得ませんからね。
この件については、あなたには、絶対に協力してもらいます。辞退するとか、遠慮するとか、そんな軽々しい問題ではないのです。
本人が核殻を作り出せない状態で、体内に生じさせた魔核の無効化を、どうあっても実現し、方法を確立しておかなければならないのです」
リーユエンは厳しい表情で、ナーガムへ告げた。
その声は真剣そのもので、一体どうして、明妃殿下は、そこまでこだわるのだろうかと不思議に思った。
リーユエンは、冷厳な視線をドルチェンへも向けた。
「猊下」
ドルチェンの法力の圧が一瞬微妙に弱まった。肩がビクッと揺らいだようにすら見えた。
「わかっておる。わしには、異存はない。
ただ、あなたが、また内傷を負わないか心配なだけだ」
ドルチェンに仕えて数百年、ナーガムは、猊下が異存はないと言いながらも、本音では異存だらけに違いないと確信した。
魔核を分解するためとはいえ、明妃と一対一で行うのが業の在り方なのだ。それにも関わらず、陽玄武、しかも、猊下より遥かに格下の自分即ちナーガムを混ぜて行うなど、大変な屈辱に違いないのだ。
ナーガムは、明妃の厳しい態度と、察してしまった猊下の苦悩との板挟みで、そのような不敬な行いを自らに課すのが嫌さに、涙目になった。そんなナーガムの反応を見ても、リーユエンの決意は揺らぎはしない。
リーユエンは席から立ち上がり、ドルチェンの前に跪くとその膝に手を乗せ、顎を乗せ、彼を見上げた。
「猊下がお辛く、情けないお気持ちになられるのは、お察し申し上げます。
けれど、私が見た光景を、猊下もご覧になられましたでしょう?
あのような結末は、あってはならないものです。どうか、あの未来を避けるために、私に力をお貸しください」
「・・・・・・」
リーユエンの潤んだように艶やかな紫眸が、長いまつ毛越しにドルチェンを見上げた。
ドルチェンは瞑目した。
昨日、口頭試験の最中、ドルチェンに抱かれながらリーユエンの意識は無意識界の深淵へ降りていた。そこで先見をし、彼女が何を目にしたのか、彼は知っていた。
だから、彼女の言う通り、魔核を無効化する法術を完成させることは重要だと、理解できてはいるのだが、感情の方がついていかないのだ。
(ああ、わしは、まだまだ修行が足りない未熟者だ)
「猊下〜」
さらに苦悩を深め、黙り込む猊下へ、リーユエンは、鼻にかかった甘い声を発した。
それを聞いた瞬間、ナーガムは背筋がゾワゾワし、体がカッと熱くなり、思わずドルチェンをこっそり横目に見た。すると、頭まで真っ赤になり、少年のように目をキラキラさせてリーユエンを見つめる姿が目に飛び込み、慌てて目を逸らした。
リーユエンは、ドルチェンの大きな手のひらへ、自分の手を添えて優しく言った。
「猊下、頑張りましょうね」
「・・・うむ」
その後、数時間、陽気の循環とナーガムの陽気を循環路へぶつける練習を繰り返し、タイミングを調整した。
法座主府宮の尖塔の鐘が三時の時報を打った時、宮殿内の大講堂に、法学院に学ぶ玄武僧が参集した。
その中には、パオディンと従者ヨーディンの姿もあった。
法学院に入学したばかりの新入り玄武には、十年以上在院する修行僧の先輩玄武が指導役に付く。
パオディンとヨーディンの二人にも、指導役の先輩玄武が一人付き添っていた。
「先輩、今から何が始まるのですか?」
パオディンの質問に先輩玄武は首を傾げた。
「さあ?今日は朝から昇格試験も中断されたままで、猊下と明妃殿下は、ここで業を行うとしか聞いていない。試験期間中に業を、しかも公開でやるなんて、聞いたことがない」
「へーっ、そんなに珍しいことなんですか?業って、まさか玄武洞の奥でたまにやっている瑜伽業ですか」
先輩玄武は、眉を顰め、パオディンを睨んだ。
「滅多なことを言ってはいけない。あれは、秘儀中の秘儀だ。公開などできるはずがないだろう」
先輩がそう言ったとき、講堂の側面の両開きの扉が開けられ、担架に乗せられ、凡人が二人運搬されてきて、床へ並べられた。
パオディンは、その一人に見覚えがあった。
「おい、ヨーディン、あの赤い髪の女、あれって学院の食堂で、リーユエンに喧嘩を売っていたエスメルって名前の教師じゃないのか?」
ヨーディンも、人垣の間から顔を前に出し、女の顔を確認した。
「そうですね、なんだか痩せこけて、面影がありませんが、あの赤い髪はエスメル先生でしょうかね」
先輩玄武が興味を持った。
「君たち、あの凡人の女のことを知っているのかい?」
パオディンは、垂れ目気味の目を細め、頷いた。
「俺は、ここへ入学する直前、魔導士学院島で、去年嵐の直撃を受けて壊れた魔導士塔を修繕していたんです。その時、学院島の食堂であの女を見かけましたよ」
「魔導士学院島・・・あの凡人は魔導士なのか?」
「そうですね。火精を召喚する使い手です。結構腕は立ちましたが、リーユエンと模範試合したら、完敗してましたよ」
他の修行僧も、何が行われるのかわからないまま、大講堂に集められ、私語が飛び交いざわついた雰囲気だった。
三時の時報鐘から十五分後、正面扉が音もなく大きく開き、六執行が整列して入室すると、あたりはしんと静まり返った。
法座主府の主、ドルチェン猊下の直属である六執行、その筆頭である総執行のナーガムが、講堂の中央まで進むと立ち止まった。
彼から一丈離れた床には、二人の凡人が並んで横たわっていた。二人の胸元がかすかに上下し、生きていることが辛うじて確認できた。
ナーガムは、手にした白い払子を払い、三方へ拝礼し、最後に正面扉へ向かって深々と拝礼した。
一際目立つ長身の法座手猊下が、白金色のヴェールで全身を覆った明妃を従えて姿を現した。




