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目を開けると最初に見えたのは、眉がしっかり太いナーガムの顔だった。
「気がつかれましたか」
ナーガムの問いに、リーユエンはまだぼんやりした顔つきで頷いた。
ナーガムは、ドルチェンを呼びに行こうと寝台の脇から立ちあがろうとした。
「待って」
リーユエンが掠れた声で呼び止めた。ナーガムはリーユエンを見下ろした。
「今日は何日?」
「今日は第九月の二十三日です」
リーユエンは丸一日過ぎていたことに驚いた。真夜中にひどい痛みに苦しめられた記憶と翌日も夢現の中で、時間がそれほど経過したことの実感がなかった。
「では、今日中に魔核を取り出さないと間に合わない」
そう言いながら、リーユエンは寝台から体を起こした。
ナーガムは、彼女のそばへまた腰掛けた。
「大丈夫です。まだ早朝です、時間は十分にあります」
法力で、内傷も骨折も完治させたとはいえ、体は、実際に受傷した衝撃を覚えているものだ。骨折や内傷の痛みを感じた直後に治したからと言って、普通に動こうとしても、体は痛みに過敏になり、思い通りには動けないものなのだ。
だから、リーユエンが普通に動こうとするのは、まだ早すぎる、と、ナーガムは思った。
「二人の容体は、特に変わりありませんか?」
「ええ、一昨日の状態と変わりありません。結界の中に閉じ込めてありますから、ツォンパからの干渉も受けておりません」
「ありがとう、では、猊下とお話ししたいのですが」
「お呼びいたしますので、殿下は、まだお休みになっていてください。体は完治しても、ダメージを受けておられます。ご自愛なさってください」
真剣な顔で言うナーガムを、リーユエンは不思議そうに見上げた。
「でも、もう完治しているでしょう。普通に動けますよ。猊下が治してくださったのなら、もう絶対大丈夫なんですから」
「エッ」
ナーガムは、その後、絶句した。
リーユエンは、そのまま寝台から起き上がった。
「猊下には、何度も怪我を治していただいていますから、平気です。
それより時間が限られているので、猊下と早く打ち合わせをさせてください」
リーユエンに促され、ナーガムはドルチェンを呼びに行った。
(驚いた。あれほどの重傷を、法力で治癒したからと納得して動けるとは、猊下に対して、明妃殿下の信頼は、絶対的なものなのか。私なら、あのようにすぐに動くことはできない)
リーユエンが、椅子に腰掛けて待っているとドルチェンがナーガムを従えて戻ってきた。そして、椅子に腰掛けるなり切り出した。
「あなたは、魔核を取り出させると言うが、昨日一日、あなたの考えを私も共有してみたが、まだよく分からない。一体あれはどういう方法なのだ?」
白い夜着の上に青袍を羽織ったリーユエンは、ドルチェンへ微笑んだ。
「この間の瑜伽業のことを覚えておいでですか?」
「先日の瑜伽業か?」
瑜伽業の話は秘訣中の秘訣なので、ナーガムは席を外そうと椅子から腰を上げたが、ドルチェンが座っているよう手で合図した。
「あの瑜伽業では、三極石が生まれました。あれって、確か『不倫石』って、いうあだ名があるそうですね」
リーユエンは何だか楽しそうに切り出した。
ドルチェンは渋面となった。
「どこでそのような俗称を耳にされたのだ」
「ふふっ、それは秘密です。それより、あの石ができたきっかけは、私の体内に猊下の陽気と高祖様からいただいた陽気、二つの陽気の流れができてしまったのが原因です。
私は、二つの膨大な陽気の処理に困ってしまい、高祖様の陽気の流れを無理に止めず、方向転換させて逆流させていったのです。もし、無理に止めたら、陽気同士が激しくぶつかり、私は内傷で即死していたかもしれません」
ドルチェンは文字通り、真っ青になった。
「リーユエン・・・そんな・・・」
リーユエンは慌てて、顔の前で手をヒラヒラ振りながら、ドルチェンへ微笑みかけた。
「大丈夫です。ちゃんと今でも生きておりますでしょう?
私は、流れを変え、そこからまた調節しながら、二つの陽気と私の陰気を練り込んでいったのです。
それで思いついたのですが、カスパルとエスメルの体内の魔核は、もともと猊下と私が瑜伽業で作り出した太極石が元になっている、それにツォンパが自分の法力を混ぜ込んで、それを移植したのです」
ナーガムは頷いた。
「確かに、エスメルは、ツォンパが太極石をバリバリ噛み砕いて食べたと話していた」
リーユエンはそれを聞くや、うつむき、口を尖らせて、「気持ち悪い奴」と、呟いた。
ドルチェンは、腕組みして無言だが、眉間の皺が不快を示していた。
「それで私は思いつきました。
魔核に、私の陰気と猊下の陽気を流し、元になった太極石の陰陽と繋ぎ、次に高祖様の陽気に相当する、そこまで強力でない陽気をぶつけ、その衝撃で、太極状態から陰陽が分裂した状態へ分解させ、陽気は猊下、陰気は私が引き上げてしまえば、魔核は消滅すると思ったのです。
ただし、ツォンパの忍ばせた妖力が残るので、それを猊下のお力ですぐ捕まえて頂かねばなりません」
リーユエンは、『そこまで強力でない陽気』と話したとき、ナーガムを見てニコリと笑った。少なくともナーガムには、そのように見えて、すっかり怖気付いた。
「殿下、お待ちください。つまり、その作業は、猊下と殿下以外にもう一人玄武が必要ということですか?」
リーユエンの笑みはさらに深まり、ドルチェンの顔はこれ以上ないというほど、不機嫌で陰鬱なものとなった。
「ええ、そうなの、だから私は、一昨日、あなたへ『法力のある玄武を一人補助につけてくださいな』と、お願い申し上げました」
ナーガムは、表情を取り繕えないほど動揺した。
(嘘だろっ、そんな意味で言ったのか?それは補助の範疇を逸脱しているだろっ)
猊下がいらっしゃる前で寵妃である彼女を叱りつけることもできず、ただナーガムは、口をハクハクさせるばかりだった。




