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(あっ、折れた)
ナーガムは、動揺し、一瞬力を緩めかけた。
「ナーガムッ、力を抜くなっ、押さえつけろ」
すかさずドルチェンが叱咤した。
ナーガムは、力を入れ直したが、リーユエンは失神し抵抗がなくなった。
「経絡の末端近くまで絡みついている」
ドルチェンはそう言いながら、法力を流し込み、邪毒の蛇を少しずつリーユエンの体内から引き摺り出した。それは、繊細な法力の操作を伴う、長時間にわたる施術だった。
リーユエンの腕を、念のため抑え続けるナーガムにも、経絡から蛇が剥がされていくのが感じ取られた。それは、一寸刻みに骨から肉を削ぎとるようなもので、非常な苦痛をもたらし、失神してさえ、経絡から剥がされいくたび、リーユエンの体が苦痛に反応するのがわかった。
ナーガムは、もう耐えきれず、思わず言った。
「猊下、今日全て取り除かず、結界に封じ、何度かに分けて施術された方がよろしいのではっ」
猊下が施術の手を止め、透き通った緑の眸をナーダムへ向けた。その眸には、苦悩の色があった。
「今夜中に施術し、全てを取り除き、明日一日経絡の傷を治療し、そして明後日、魔核を取り出す施術をリーユエンと行う。それが、リーユエンの望みだ。今、全て取り除くしかないのだ」
「・・・・殿下は、蛇のことに気がついておられたのでしょうか」
「異常を感じ取っていたようだが、昇格試験が終わるまで、本来は待つつもりだった。グレゴルのことがなければ、今夜、法座主府へ来ることはなかっただろう」
「明妃殿下は、お体がこのような状態なのに、試験期間が終わるまで、我慢なさるつもりだったのか・・・」
ナーガムは、経絡にこんなものが、からみついたら、玄武でも耐え難いと思った。
昇格試験が終了するのは、第十一月だ。二ヶ月以上も、その期間、我慢するつもりだったと知ると、明妃を哀れに思った。
ナーガムが考え込んでいる間にも、ドルチェンは、また一箇所経絡から蛇を引き剥がし、外へ投げ出した。黒い蛇が床で蠢いた。
「リーユエンは我慢強い。相当な苦痛でも耐えてのける。それで無理をしすぎるので、目を離せないのだ。しかし、今回の件は、悪質すぎる。
ツォンパを何としても探し出し、罰を与えねばならん。それに、魔核を仕込まれた者も、何とか生かさねば、凡人との信頼関係が揺らぐこととなるだろう」
(凡人との信頼関係か・・・)
ナーガムは、巽家の者、カーリヤの兄の直系だ。
千年齢を越えてすぐ法学院へ入り、修行を始めた。法力に非常に恵まれ、将来を嘱望される玄武だ。
ナーガムは、ドルチェンには遠く及ばないが、圧倒的な法力を持っている。それは、凡人の魔力など遠く及ばないほど強力無比の力だ。
だから、ドルチェンがしばしば凡人を気遣う発言や態度を見せることには、法座主の姿勢としては、もの足りなく感じていた。
一方、優秀であるからこそ、ナーガムが玄武の優位を疑わないことを、ドルチェンも理解していた。けれど、叱りつけたりはしない。叱りつけるよりも、玄武にとって、何が危機をもたらすのかを自覚させたかった。
「ナーガム、玄武は確かに強大な法力を有しているが、人外の存在であり、この北荒の地には五千年前にやって来た他所者なのだ。そして忘れてはならないのは、我らが力を得るのは、生まれて百年を越え、さらに千年の時を経なければならないということだ。
凡人が全て我らの敵に周り、百齢に達しない玄武の子を全て殺し尽くせば、我らはいずれ滅ぶことになる。実際、白玄武はそうして、じわじわと追い詰められ、滅ぼされたのだ。
凡人に比べ、我らの数は圧倒的に少ないのだ。強大な法力にばかり頼ってはならないのだ」
ドルチェンから直接受ける教えは、ナーガムに取っては、常に新鮮な気づきをもたらした。今回も、ナーガムはまだ己の修行の階梯は、猊下に遠く及ばないと反省した。
施術を続けながら、さらにドルチェンは続けた。
「おまえは、凡人の力を低く見ているが、リーユエンの力は、玄武に匹敵するのだ。
日中、わしは一日、昇格試験の出題を続けながら、リーユエンの治療を行う。おまえは、その蛇を他の試験官に見せ、明妃をやむなくその場で治療しながら、出題することを了承させよ。その代わり、明後日の行は、試験官には公開で行おう。玄武で希望する者がいれば、見学させれば良い」
「承知仕りました。しかし、行まで公開する必要があるのでしょうか?」
「わしは、しきたりを破ってしまった。そのことで、わしが非難を受けるのは、全く構わないが、おそらく、非難は明妃に集中するだろう。それを避けるには、明妃の力を皆に示すしかないだろう」
(ナーガムの独白)
猊下は一睡もされず、明妃の体から邪毒の蛇を全て取り去った。
経絡から無理に引き剥がしたために彼女の体内はボロボロになった。法力を流すにも、彼女は先日の瑜伽業で重度の法力酔いを発症した。一気に法力を入れられない。
本日は口頭試験のため、猊下は受験者へ次々と質疑応答を続けなければならない。
私は、明妃とお身体を密着させて法力を送り込みながら、集中力が必要な質疑応答を行うなんて、絶対無理だと思った。もし、猊下が受験者に論破されたら、とてつもない醜聞になる。どちらかを選ぶべきだと思った。
けれど、猊下はやり切った。
猊下の質疑応答は、常以上の鋭さだった。
それに不思議なことに、明妃殿下はずっと猊下に抱かれておいでなのに、御簾越しにその気配は全く伝わってこなかった。まるで、そこにはいないかのように、気配が全くなかったのだ。
私は、試問の間中そのことが気にかかり、なかなか集中できなかった。
試問が全て終了し、御簾を巻き上げると、やはり明妃殿下は、猊下に抱かれておいでだった。一体、彼女の気配をどうやって消したのだろう。不思議でならなかった。




