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考え込んでいたリーユエンは、ついに決断し、椅子から立ち上がった。
「法座主府へ行ってくる。ナーガムに会う」
「殿下、おやめください。もう、遅うございます。
お願いですから、本日は、もうお寝みになってくださいませ」
必死の形相で引き留めるウラナへ、リーユエンは静かな視線を向けた。
「もう、決めた。三日しかない。助けられるかどうかわからないが、やれるだけの事はやる」
抑揚のない声、それは元来のリーユエンの声。
その声でリーユエンが宣告するとき、それは決して覆せない決断だと、ウラナも知っていた。それでも、言わずにはいられなかった。
「あなたのお力を、あのような者たちのために使うなんて、馬鹿げています。
あなたが何とかなさろうとお考えの方法は、どうせ、ご自身の五臓六腑を痛めつける碌でもない法術なのでしょう。おっしゃらなくてもそれくらい、私にだって分かります。
自ら望んであのような仕儀に陥った者たちに、どうして、あなたが、そこまで犠牲を払われる必要がありましょうか。どうか、お考え直しになってください」
リーユエンは、ウラナの両肩にそっと手を乗せた。
「ありがとう、心配してくれて・・・でも、魔導士ならば、強大な魔力を得たいと思うのは、当然の欲望です。そして、白玄武の法術がそれを可能にしてしまった。
ウラナは長生きだから、多分知っていると思うけれど、魔導士学院が創立された頃、魔導士の多くが勝手に魔石を体内に取り込み、死んだことがあった。あの時の過ちのせいで、魔導士の第七階梯到達者は激減し、未だ回復していない。
高位階梯者が激減したために、調息法と導引術の本当の大切さもわからない、満足に指導もできない者ばかりになってしまった。今回のことは、他人事として切り捨てることはどうしてもできない」
ウラナは、嘆息し、リーユエンの両手を取ってそっと肩から下ろすと立ち上がった。
「わかりました。ナーガムへ、先ぶれを出しておきましょう」
そう言うと、厳しい表情を消し、優しい笑みを浮かべた。
「決して、無茶をなさらないでください」
リーユエンも微笑み頷いた。
ウラナから知らせを受けたナーガムは、取調べの報告書を見ながら、眉を顰めた。
(明妃殿下が、昇格試験期間中だと知りながら、法座主府にやって来る。私で対処できることならいいのだが・・・)
ナーガムは、法座主ドルチェンには絶対的に服従する忠実な部下だった。けれど、ドルチェンが選んだ明妃には、いい感情がなかった。
明妃は、代々玄武から選ばれてきた。玄武の法力と、凡人の魔力など比べようもないほど、その力の差は歴然で、たとえ、近年の瑜伽業で質の良い太極石が現れたからといって、ナーガムは、そもそも凡人の明妃を認める気は皆無だった。それでもドルチェンには、絶対的な忠誠を誓っているので、明妃であるリーユエンには、慇懃な態度で接してきたのだ。
しばらく待っていると、ナーガム付きの修行見習いの玄武が、明妃の到着を知らせた。
開け放たれた扉から入室したリーユエンを一目見て、ナーガムは背中を仰け反らした。
(えっ、いつもの黒装束じゃない、明妃の格好か・・・ますます厄介だ)
執務机の前でリーユエンは両腕を胸の前で交差し、丁寧に揖礼した。
「このような夜分に面会を許していただきありがとうございます」
ナーガムも立ち上がり、明妃へ応接用の肘掛け椅子へ座るよう勧めた。
「第二位のお方でいらっしゃるあなたが、拙僧に感謝の言葉など不要ですよ。それで、わざわざこちらへ出向かれたのは、どのようなご用件なのでしょうか」
報告書に目を通したナーガムは、魔導士医師の説明に取り乱したグレゴルの記録を読了済みだった。明妃がここを訪れた理由には、おおよその見当がついた。
「エスメルとカスパルの体内から、魔核を取り除きたいのです」
ナーガムは、予想通りの言葉に、それはできないと口を開きかけた。
ところが明妃は、優雅な笑みを浮かべ、とんでもない事を言い出した。
「方法は、一応考えたので、それを試してみたいのです。それで、二人を牢から一度出していただきたいのです」
「方法を考えた?考えたって、どういうことですか。そんな方法があるなんて、私は聞いたこともありません」
リーユエンは明妃らしい笑みを浮かべたまま、さらにナーガムを仰天させた。
「聞いたことがおありでないのは、当然です。私が思いついた方法です。それを試してみようと思います」
「はあ?思いついたって、明妃殿下、いくら何でも魔核ですよ。それを思いつきで取り出してみたいとおっしゃるのですか」
リーユエンは手に持つ扇子を半開きにし、口元に当てて首を傾げた。
「ええ、試します。
どうせ、法力で魔核を抑えつけた状態です。それも期間限定の三日間、それを過ぎれば、魔核の力を抑えきれなくなり、あの二人は確実に数日以内に死ぬでしょう。
それなら、試して失敗しても諦めがつくのでは?何もしないよりは、マシでしょう」
ナーガムは口をハクハク動かしたが、言葉が出なかった。
(正気か?いったい、どんな方法を考えついたんだ。開き直った態度で、圧が凄すぎて、反論が思いつかない)
リーユエンは、半眼でナーガムを見据えた。
「それから、法力のある玄武を一人補佐につけてくださいな。魔核を植え付けたのは、白玄武の残党、ヨギ派魔導士を名乗るツォンパです。玄武が絡んでいるのですから、法座主府の皆様は、当然、私の実験に協力してくださいますわよね」
(えぇぇぇーっ、明妃殿下、昇格試験期間中に何と言うことを言い出すのだ)
ナーガムは、坊主頭を抱え込んだ。




