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ツォンパの口から、二寸近い長さの牙が、リーユエンの白い胸に突き立てられ、あらわになった双丘が大きく揺れた。
彼女の眉間に深い縦皺がより、悲鳴に似た呻きが、弱々しく漏れた。
牙が皮膚を食い破り、鮮血が溢れ出た。
それをツォンパは、「ピチャピチャ」と音を立てて舐め取った。
「ああ、うまい、うまい、極上の甘露だ。堪らない」
あたりに、花の匂いを濃縮したような香りがたち込めた。
(一体、俺は何を見せられているんだ?)
ポルブは、目の前の醜悪な光景から目を背けたいのに、そうすることができなかった。
ツォンパの姿はすっかり崩れてしまい、もう凡人とは言い難いものに変容していた。
その顔は、口元が嘴のように尖り、皮膚は剥がれかかり、ところどころ骨が露出していた。
ところが、リーユエンにのしかかるツォンパの皮膚は、血を舐め取り、吸い上げるにつれ、白い皮膚に光沢が戻り、面積を増し、再び凡人らしい外観を取り戻していった。
一方、リーユエンは、苦痛に顔を歪め、抵抗しようとた。しかし、持ち上げようとした腕は、ツォンパが手に持つ杖で押さえつけてしまった。
「ほれほれ、そのように辛がることはない、すぐ終わる。少し、血をいただくだけじゃ。
あなたの血は何よりもご馳走だ。わしに力を取り戻させてくれるのじゃ」
ざらざらとした長く黒い舌が、皮膚を行き来し血を舐めとっていくたびに、そこからツォンパの唾液が浸透した。それは、底なし沼の奥底に、何百年も溜まり続け、腐敗し切ったヘドロのようにリーユエンの体の中に毒を撒き散らした。
体の中を満たしていた清浄の気が、その腐敗した毒気によって、駆逐されていった。
「どうじゃ?わしの気は?
あともう少し、わしが力を取り戻したら、あなたへ、わしの法力を与えよう。そうすれば、わしとあなたは、もう分かち難く結ばれる。あなたは、再び、白玄武に仕える生き神として、甦るのじゃ」
(穢らわしい尸の気が、私の体へ入り込む。いやだ、出ていけ)
リーユエンが、心の中で抵抗した。突然、胸に青白い円陣が現れ、炎を吹き上げ、ツォンパの体へ燃え移った。
「ギャアァァー、熱い、熱い、何だ」
ツォンパは、大慌てで、リーユエンから飛びのき、彼女の体に浮かび上がった法陣を見るなり、それを指差し、忌々しげに叫んだ。
「それは、神聖紋ではないか!紋が見当たらぬから、消えたのかと思っていたが隠し持っていたのか」
神聖紋の外側には玄武紋が浮かび上がり、そこからは黄金の炎が燃え上がった。
「神聖紋に玄武紋まで、活性化しておるではないか。これでは、簡単に手出しできぬな。
何か対策を考えねば。ふん、よかろう、その紋両方とも、わしの法力の力が戻り次第、両方まとめて焼き尽くしてやる」
ツォンパはそう言うと、エスメルへ視線を向けた。
「リーユエン様の傷の手当てをして、身綺麗にしておけ。ちゃんと世話を致さねば、お前もカスパルのようになるぞ。わかっておるな」
「畏まりました」
リーユエンにどれほど反感があろうとも、エスメルは、あまりの恐ろしさに、ただ言いつけ通り従うしか無かった。
一方離宮では、ペリオンの来訪を知らされたウラナが、正門まで行き、彼を出迎えた。
「ペリオン先生、わざわざこちらをお訪ねになるとは、どのようなご用件でございますか?」
「明後日から学院の授業は再開されます。しかし、リーユエン先生もツカリーゼ教授も、すぐには戻れそうにないと聞いております。それで、私が、生徒を学院島へ連れて帰ろうと思い、訪ねて参りました」
ウラナは、一瞬追い返そうかと思ったが、サラザルの一員であるペリオンに嘘をついても意味がないと考え直した。
ペリオンは、中庭の方を指差し、「ウラナ殿、先ほどから、中庭の方に光柱が立っているのだが、何か術式を展開しているのか?」と、尋ねた。
ペリオンの指さす方向を見たウラナは、仰天した。
「まあ、あれは一体何なの?あの子たち一体何を始めたのかしら」
二人は、中庭へ急いだ。
みんなから魔力をもらったタロナは、結跏趺坐したまま、深い瞑想状態に入り、リーユエンへ呼びかけた。
『リーユエン先生、リーユエン先生、どこにいるんですか。タロナです。
先生を探しているんです、返事をしてください』
タロナは、無意識界の、自分自身が潜れるギリギリの深さまで到達し、そこから懸命にリーユエンへ呼びかけた。
ツォンパに吸血され、意識を失ったリーユエンは、誰かが自分を呼ぶのに、気がついた。
可愛らしい女の子の声、不安そうな、今にも泣き出しそうな声、それは、自分がよく知っている誰かの声だと思った。
深淵の奥底まで沈んでいきかけた意識が、その声で辛うじて、そこに留まった。
『誰、私を呼んだ?』
『リーユエン先生、私はタロナです。先生、いたら返事をしてください』
『タロナ、エッ、本当にタロナなの?』
リーユエンの意識は完全に覚醒した。リーユエンは、返事をした。
『タロナ、本当にタロナなの、ここは危ないから来てはだめよ。戻れなくなるわ。早く、戻りなさい』
『先生、見つけた』
霊体だけのタロナが、リーユエンにしがみついた。
中庭の池の辺りで、円陣を組んだ生徒たちを、ペリオンが見つけた。
「君たち、何をしているんだ?」
ロージーが振り返った。
「タロナが共情して、先生を見つけると言うから、私たち、霊力から魔力を増幅し、協力していたんです。
ウラナ、タロナはリーユエンを見つけたみたいなの」
それを聞いたペリオンは、自分の眼鏡から、法座主府に詰めているデリオンを呼び出した。
話を聞いたデリオンは、それをすぐさまナーガムへ伝えた。その瞬間、ナーガムは、離宮へ姿を現した。
「殿下と共情しているのは、どの子供だ」
皆が、結跏趺坐するタロナを指差した。
ナーガムは、小さな彼女へ近寄ると、その額に自分の手のひらをそっと押し当てた。




