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ペリオンが、学院島へ戻ろうと出発しかけたところへ、父デリオンが法座主府から戻ってきた。
険しい顔で執務室へ向かうデリオンを見て、ペリオンは何かあったのだと確信し、学院島へ帰るのをやめて、父の後を追った。廊下の途中で立ち止まったデリオンが、ペリオンを振り返った。
「執務室へ来てくれ」
父に従い、ペリオンは当主の執務室へ入った。
デリオンは、執務机の椅子に腰掛けると、机に肘をつき額を抑えて、しばらく無言だった。それから、呻くように言った。
「ドロメルを蹴落とすはずだったのに、このままでは、我々は破滅だ」
「父上、どうなさったのですか」
冷静さを欠いた父の言葉にデリオンは驚いた。これほどまでに絶望した父の姿を見たのは、初めてだった。
「エスメルが、何らかの方法でリーユエンを拉致したのは、間違いない。それに動力炉から魔石を強奪したのは、学院を退学処分になったカスパルだ」
ペリオンは、父の言葉を聞きながら、一体何が父をこれほど絶望させたのかと、不思議に思った。デリオンは、顔を上げ、ペリオンを見た。
「カスパルは、下層区のタウナギ横丁で、違法薬物を提供する店を営業していた。そこへ、一月ほど前から、ポルブが出入りしていたのだ」
「えっ、ポルブですか・・・」
ペリオンは、ポルブの始末を、父が配下へ命令したに違いないと思っていた。けれどそれは、自分の勝手な推測だし、命じたとあれば密命であろうから、口にはできなかった。
「死体の確認を怠ったのだ・・・愚か者めが・・・」
デリオンは唸るよう言い、歯軋りした。それから、また続けて話した。
「強奪事件があった時の、動力機関室の映像を見せてもらった。それには、水霧術を使い、エスメルの幻像が映し出されていた」
「水霧術?しかし、ポルブには、そんな高等術は、使えないはずですよ」
「私もそう思いたいが、水霧術は我らサラザルの秘術だ。ポルブでなければ、他のサラザルまで関わっていることになる」
ペリオンは、叙勲式の夜に会ったポルブの姿を思い浮かべた。充血した両目とその下の黒々とした隈、魔力覚醒剤に頼りきりの、魔力が枯れ果てる寸前の惨めな姿だった。
「私が見たとき、彼の状態は、魔力が枯れ果てるのも、そう遠い未来ではない印象でした。水霧術だけならともかく、人の幻像まで映し出すには、恐ろしいくらい魔力を消費するでしょう。彼には無理だと思います」
デリオンは、息子をまっすぐ見た。
「おまえは知らんだろうが、魔石が奪われたとき、機関室の技師と整備士、それに都の動力保安局の職員も殺された。それが、氷結させた後、粉砕されていたのだ」
ペリオンは、しばらく絶句した。
「・・・そんなバカな、粉砕できるほど凍り付かせるなんて、あり得ない」
「私も驚いたが、報告書にはそう記載されている。それに、青鷺洞というパスカルの店へ踏み込んだが、客用の椅子が粉砕されていた。木片が粒子状になっていた。おそらく氷結して粉砕したのだと思う」
「まさか・・・別の術なのでは?」
「その可能性もあるが、いずれにせよ、並の使い手ではないし、恐ろしいほどの莫大な魔力量がなければ、無理だろう」
「しかし、カスパルも、ポルブだって、はっきり言って魔力の点ではもう落伍者ですよ」
「何が起こっているのか全く訳が分からないが、背後にヨーダム太師、いや、それ以上の力を持つ魔導士がいるのかもしれない」
「ヨーダム太師を上回る魔導士なんて、もはや凡人ではあり得ないでしょう」
「なるほど、凡人でない可能性はあるな。ポルブを早急に拘束しなければならない。サラザルは一切関わりがないことを明らかにしなければ、明妃が絡むこととなった以上、猊下の怒りが何よりも恐ろしい。我々は、また居場所を失うことになる」
「そこまで深刻な事態なのですか?」
デリオンは、ペリオンを陰気な目で見上げた。
「深刻だ。猊下の明妃への寵愛は常軌を逸している。あのお方に危害を加えたのが、サラザル、ドロメルということになれば、両家ともにタダでは済まない。猊下がその気になれば、凡人の命など容易く奪えるのだからな」
「・・・・・私が何か手伝えることはありますか?」
「・・・そうだな、離宮へ行って、第三クラスの生徒たちの面倒を見てやりなさい」
「第三クラス?リーユエン先生は、生徒を離宮へ連れて行ったのですか?」
「ツカリーゼ先生によると、第三クラスの生徒は、家が遠方の者たちばかりだから、リーユエン先生は、離宮へ連れて帰り、そこでも授業を行なっていたそうだ」
ペリオンは、彼女がそこまで生徒を気遣っていたことを知り、驚いたし、自分は臨時休業の間の生徒の過ごし方など、全く注意を払わなかったことが恥ずかしくなった。
「わかりました。離宮を訪ねてみましょう」
その頃、離宮では、生徒たちが荷物を整理し、帰り支度を始めていたが、リーユエン先生はいつまで待っても戻ってこなかった。
ハンツォンは、自分がまとめた荷物を見下ろし、呟いた。
「先生、どうしちゃったんだろう。何の連絡もないなんて、誘拐されたのかなあ」
ロージーが、ハンツォンを睨んだ。
「バカなことを言わないで、この玄武の国内で、明妃殿下を誘拐しようなんて人はいませんわ」
マルテンが、ロージーを冷めた目で見た。
「何言ってるんだ。どこにだってバカな奴はいるんだぜ。明妃殿下だろうが、誰だろうが、誘拐する奴はいるさ」
モンシェンが反論した。
「でも、先生は魔導士の格好をしていたんだよ。魔導士なんて、面倒臭いから、普通は誘拐なんかしないと思うよ。たいしてお金を持っていないし、魔導術で反撃されるかもしれないからね」
さっきから黙っていたタロナが、思い詰めた表情で言った。
「私、リーユエン先生の行方を探せるかもしれない」
ロージーがタロナをのぞき込んだ。
「それ、本当なの、どうやって探すの?」
「大祖母ちゃんから聞いたことがあるの。共情したことがある人のことを一心に思えば、また心を繋げられるって、ただ、物凄く力がいるって・・・でも、先生を見つけ出さなくちゃ」




