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ナーガムは騎獣を駆り、都の大路を下層区へ下った。その後を、三十騎の玄武兵が従った。警告の鐘を鳴らし、都大路を全力疾走する玄武騎兵に、往来する者は慌てて、道端へ避難した。遅れれば、容赦無く蹄にかかり、大怪我どころか命を失いかねない。
ツカリーゼは、転身したデリオンとともに、空から彼らを追った。
「まあ、あんなにスピードを上げたら、人を轢いちゃうわよ。
あら、総執行が、道で転んだ子供を法力で拾い上げて、親へ投げ渡したわ。凄いわ」
その横で、大きなワシミミズク姿のデリオンは、悠々と翼を羽ばたかせて言った。
「総執行は、明妃殿下を早く救出しなければと、相当、焦っておいでのようだな」
下層区の西の外れ、十三条西下るタウナギ横丁の手前で、彼らは、一旦停止し、隊列を整えた。下層区の貧しい住人たちは、蹄の音を轟かせ、突然現れた玄武兵に驚き、粗末な木造の建物の影からチラチラとのぞき見た。
ナーガムは、十人の玄武兵を引き連れ、青鷺洞へ向かった。
タウナギ横丁路地裏の突き当たり、間口の狭い五階建雑居ビルの地下、薄暗い廊下に店の扉が見えたが、臨時休業の札がかかっていた。
玄武兵は、扉を蹴破り、室内へなだれ込んだが、店内は無人だった。
粉々に砕けた椅子を避けながら、彼らは用心深く店の奥へ進み、闇の中、隠し扉を見つけ、そこを開けて地下へ降りた。地下は、あの癖のある薬草の匂いが立ち込めていたが、上階と同じく無人だった。
玄武の目は、闇の中でも真昼のように見ることができた。
ナーガムは、細かく仕切られた地下室全体を見渡しながら、彼らはどこへ行ったのか、考えた。
しばらく経つと、玄武兵の動きで空気が動き、ナーガムは、あの茉莉花の匂いに気がついた。その瞬間、彼の瞳は一気に縦長へと細まった。その匂いのする地下の一室へ、ナーガムは早足で向かった。
そこは、一番奥まった場所で、大きな長椅子が壁際に置かれた広い部屋だった。
ナーガムは、その長椅子の前で跪いた。そして、よく匂いを確認した。
「間違いない、これは明妃殿下の血の匂いだ。お怪我をなさったのだろうか・・・」
床にも、血の匂いがし、一部が血で汚れていた。
「何ということだ。許せん、見つけ出し、厳罰に処さねば」
ちょうど、そこへツカリーゼとデリオンが追いついた。
闇の中、激しい怒りのために、金色がかった紅蓮のオーラが火焔となって全身から立ち上るナーガムの姿に、二人は、思わず立ちすくんだ。
普段の、伶俐な能吏の印象は消え、そこには、怒れる玄武、恐ろしい形相のナーガムがいた。
「総執行、どうなさったの?何だか、お顔が普段と違うわ」
恐々と尋ねるツカリーゼへ、ナーガムは振り向いた。
「ここにいらしたのだ。それは間違いない。それに怪我までされている」
ナーガムの反応を目にしたデリオンは、微かに首を傾げた。
(私の得た情報では、玄武と明妃の間は、常に緊張があり、関係は良好ではなかったなずなのだが、総執行は、明妃が傷つけられたことを本気で怒っているようだ。どうしてなのだ?)
ナーガムは、デリオンへ視線を移した。
「デリオン、この店の店主であるカスパルが他に立ち回りそうな先があれば情報を提供していもらいたい。それに、この店を利用していた者が分かるなら、それも提供してもらいたい」
デリオンは、彼らから離れ、部屋の隅に行くと、灰色の眼鏡の縁を触った。
この色眼鏡のレンズは、魔鏡として機能する。サラザル一族の幹部だけが使える魔道具だった。
そのレンズ越しに、サラザル下層区担当の責任者を呼び出し、青鷺洞について、追加の情報を求めた。
数分して、デリオンは、総執行とツカリーゼの元へ戻った。
「カスパルは、父親から勘当されているが、その前に、土地や家屋をいくつか譲り受けているようだ。一覧表を作って提出しよう。それから、この店へは、灰色熊族の大男が二人、店員として働いていたそうだ。それから・・・」
突然、デリオンは絶句した。メガネ越しに眉を険しくしかめるのが、ツカリーゼにも見えた。
デリオンは、また部屋の隅に行った。しかし、冷静さを失った声で、誰かと激しくやり取りし始めた。
ナーガムが、ツカリーゼの傍で、デリオンの後ろ姿を見ながら言った。
「サラザルの言葉で喋っているな。どうやら、サラザルの誰かが、店に来ていたようだな」
「総執行は、サラザルの言葉をご存知なの?」
「サラザルの言葉は、マリード国の言葉に近い。元々サラザルは、マリード国周辺の部族の出身だ。彼らの棲み家であった土地は、数十年続いた旱魃のため、荒地と化したのだ。彼らは棲み家を失い、この地まで流れてきた。彼らの話す言葉は、マリード語がわかれば、ほぼ理解できる」
「へえ、総執行は、博識ですねえ」
デリオンは、命令した事を不徹底にされたことに怒り心頭であったが、隠しておけば一族の立場を悪くするだけだと考え直し、ナーガムへ報告した。
「私は先月、ある者を一族から放逐するよう命じたが、その者がこの店に最近出入りするようになっていた」
「誰なんです?その人って」
尋ねるツカリーゼへ、デリオンは冷たい眼差しを向けた。
「ポルブだ。あと、誰も姿は見ていないそうだが、灰色熊の男二人は、時々『師匠』と呼ぶ者のことを話していたそうだ」
行方の手がかりが掴めないまま、デリオンは、カスパルの潜伏先候補を調べるため、一旦屋敷へ戻った。
総執行とともに法座主府宮へ戻ってきたツカリーゼは、学院長と魔鏡で連絡を取った。カスパル、灰色熊族の二人、そしてポルブの関与の疑いと聞いた学院長は、立派な髭を撫で付けながら、ツカリーゼへ言った。
「その三人は、学院在学中もよくつるんでおった。灰色熊の大男二人というのは、恐らくゴーズリー、バーカンダーのことじゃろう。あの二人は、身体強化の魔力しか使えなかったし、学業もあまり振るわなかった。いつもカスパルに腰巾着のように引っ付いておった。
それにポルブは、浪人して遅くに入学したため、年の近いカスパルの使い走りのようなことをしておったはずじゃ、だが、カスパルが退学してからは、縁が切れたと思っておったのだがのう」
学院長は、ここで一旦言葉を切った。そして、話を再開した。
「その連中は、皆、リーユエンが在院中、氷づけになった一件の時、カスパルの犯行に関わっておったはずじゃ。あの時は、罪に問えるだけの証拠がなかった。リーユエンの拉致に関わってくるとは、どうにも救いようのない連中じゃ」




