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その日の夕暮れ近い頃、リーユエン捜索に捗々しい成果が上がらないナーガムは、自身の執務室で、学院島で起きた事件の資料を見ながら、考え込んでいた。
(明妃殿下が連れ去られたのは、やはり事件と関連があるのだろうか?
しかし、法座主の力が遍く及ぶこのプドランの地で、そんな大それた犯行に及ぶとは・・・
猊下は反応を感じるが、どこにいるのかが分からないと悩んでおられた。大切な昇格試験の期間中だ、猊下のお心を悩ます問題は、早々に解決せねばならないというのに、足取りすら掴めないとは・・・)
何度も見落としたところはないかと、資料を見返すのだが、何も手掛かりが見つからない。そこへ、総執行に仕える見習い玄武の一人が、扉を叩き、中へ入ってきた。
「総執行、サラザルのデリオンと名乗る男が、面会を求めております」
総執行の机の傍で、彼と同じように手がかりを探そうと、資料を読み耽っていたツカリーゼ教授が顔をあげた。
「デリオンってサラザルの当主だわ」
ナーガムは、見習い玄武へ、「お通ししろ」と指示した。
薄灰色のメガネをかけたデリオンが、入ってきた。
分厚い資料の束を見て、デリオンは目を細めた。
「サラザル当主、デリオンでございます」
デリオンは胸元へ手を当て、総執行へ丁寧にお辞儀した。それから、ツカリーゼに気がついた。
「おや、ツカリーゼ教授もいらっしゃったのですか」
「ええ、少しお手伝いをしているのよ。ご多忙なサラザル当主が、わざわざ法座主府へ来られるなんて、一体どうなさったのかしら」
デリオンは、ツカリーゼと総執行へ素早く視線を走らせた。
「総執行もご多忙のようだから、単刀直入に申し上げる。明妃殿下の捜索に協力します」
ナーガムは眉毛を微動だにせず、デリオンを見た。
「何のことだ?」
ツカリーゼも、眉毛を動かさず、ナーガムとデリオンを見比べた。
(サラザル当主、明妃殿下が行方不明って、もう情報をキャッチしたわけ・・・どれだけ情報通なのよ、恐ろしい・・・)
デリオンは、執務机の資料へ視線を落とし、微笑んだ。
「東三条通 山猫筋交差点の噴水広場、あの周辺には、サラザルの一員がよく屋台を出しているのです。今日の正午ごろ、噴水池の縁石に、長身で細身の魔導士が腰掛けているのを、その屋台の店主が目撃している。そして、その魔導士にもう一人の魔導士が近寄り、しばらく立ち話をした後、二人で姿を消した」
「もう一人の魔導士・・・」
思わず呟いたナーガムへ、デリオンはさらに告げた。
「もう一人の魔導士のフードの隙間から、燃えるように紅い髪が見えたそうだ」
これには、ツカリーゼが椅子から腰を浮かせた。
「縁石に腰掛けていたのはリーユエン先生でしょう?
その後、玄武兵が周囲を封鎖し、捜索していた。私は、取引に来たのではない、本当に捜査協力のため情報提供に来たのだ」
ナーガムとツカリーゼは、視線を合わせた。
(さすが、サラザルの当主だわ、玄武兵が動いたというだけで、ここまで気がついてしまうなんて・・・それに凡人関係の情報は、総執行がいくら有能だとは言っても玄武だから、集めるにも限界があるわ。確かにサラザルの情報網が利用できれば、捜索しやすいわね)
ツカリーゼは、微かに頷いた。ナーガムはデリオンへ座るよう勧めた。
「サラザル当主、どうぞ座ってくれ。わざわざご足労いただいて、感謝する」
ナーガムは、学院島の動力炉から魔石が盗まれ、機関室付きの技師と整備士、それに都から派遣した技師も殺されたこと、犯人がエスメルの職員証を利用して、機関室へ侵入したこと、エスメルは行方不明なこと、そして、今日、噴水広場を最後に、リーユエンの行方が分からなくなったことを話した。
デリオンは、動力室へ侵入した者たちの映像を見せてほしいと言った。ナーガムは機関室の魔鏡に記録されていた、侵入者の映像を映し出した。それを見るなり、デリオンは激しく動揺した。
「このエスメル先生の姿、これは水霧術を使った幻像だ。これはサラザルの秘術で、誰でも使えるものではない」
(エエッ! サラザルの連中まで関わっているの。何てことなの、ドロメル、サラザル両方だなんて・・・)
ツカリーゼが呆然とし、ナーガムが難しい顔で考え込んでいるところへ、玄武見習いが書類を持ってきた。
「ツカリーゼ教授、本草科のハイメル教授から、分析結果が届きました」
「あら、ありがとう」
ツカリーゼは、男前の玄武見習いから封緘された報告書を受け取り、中身を取り出し、すぐ目を通した。
「さすがは、ハイメル先生、一回洗った服だったけれど、成分を抽出できたみたい」
(うわっ、これって中毒性のある幻覚作用や、麻酔作用のある禁止薬物じゃないの・・・性格は最悪だけれど、生真面目なエスメル先生は、薬物になんか、絶対手を出さないタイプのはずなのに、どうしてこんな薬物の匂いが、服に染み付いていたのかしら?)
ナーガムも分析結果が記された報告書を一読し、それをデリオンへ渡した。
デリオンは、それを見るなり、
「この薬物を扱う店は、下層地区に一軒あるだけだ」と言った。
ナーガムが鋭く、彼を一瞥した。
「それは、どこの店だ」
「下層地区十三条西下るタウナギ横丁にある青鷺洞だ。あそこは、確か、魔導士学院を退学処分になったカスパルが店主のはずだ」
ナーガムは、デリオンへ詰め寄った。
「そこへ、すぐ連れて行ってくれ。手がかりがあるはずだ」




