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「お、おまえは・・・」
リーユエンは傷の痛みを忘れるほど驚いた。
扉を開けて現れたのは、あの魔導士、西荒で自分の指先全部に銀針を突き刺したツォンパではないかっ!
(ツォンパは、あの時、私が術で焼き殺したはずなのに、どうして生きて現れた?)
ツォンパは、目玉をギョロリと動かした。そして、リーユエンを見つめ、ニタッと笑った。
「お久しぶりですな、リーユエン様、わしの姿を見て、ずいぶん驚いておいでだな」
ツォンパは、リーユエンへ近寄った。
ポルブは、押し除けられ、慌てて後ろへ下がった。
「どうして、おまえが生きている、あの時、焼き尽くしたはず・・・」
「お忘れかな・・・中有の幻身であった、あなたを引き摺り下ろし、現世へ連れ戻したのは、わしなのだ。逆のことだって、当然できる」
「中有へ逃れたのか」
「さすが、法座主の薫陶を受けておられる方は、理解が早い。そう、わしは、中有と現世を自由に行き来できるのだ」
「おまえは玄武だろう」
ツォンパは、さらに、リーユエンへ近寄った。そして、瞑目し、深々と息を吸い込んだ。
「ああ、素晴らしい芳香だ。もっと早くカスパルを抑えたかったが、この芳香を味わいたい誘惑に負けてしまった」
ツォンパから離れたいのに、腕も足も縛りあげられ、魔力も使えないリーユエンは、身動きできなかった。
ツォンパは、両手でリーユエンの頬を挟みこんだ。その口元から、信じられないほど長く、黒い舌が現れ、顔に流れる血を舐めとった。リーユエンは湧き上がる嫌悪に身震いし、目を固く閉じた。
「ああ、美味い、美味い、この味わいをずっと夢見てきた。これこそ、天上の甘露だ」
ツォンパは、クリームを舐めとるように、リーユエンの顔についた血を丁寧に舐めとっていった。そして、横で、腰を抜かして震えるポルブへ、暗い声で指図した。
「カスパルは、わしの大切なお方をずいぶん痛めつけてくれた。罰を与えに行く。その間に、おまえは、リーユエン様の傷の手当てをしておけ」
そう言うと、ツォンパは、袂から、薄灰色の水晶石がはまった黒い首輪を取り出し、それをリーユエンの首へ嵌めると、縄を、一瞬で全て断ち切った。そしてリーユエンの耳元で囁いた。
「この首輪、懐かしいでしょう、極光山の白皇子の宮殿で、あなたの美しい首元を飾った首輪ですよ。これで、法座主がどれほど手を尽くそうとも、あなたを法力で探し出すことは、もう、不可能だ」
ツォンパが舐めとった皮膚から、禍々しい何かが体へ入り込んでくるのがわかった。けれど、それをどうすることもできなかった。それは黒い蛇となり、リーユエンの経絡とチャクラに絡みつき、力を弱めていった。
玄武国へ来て、手に入れた力の全てが失われていくのを感じた。体の中が冷え切り、リーユエンは、ぐったりと壁に背中を預けた。
ツォンパが出て行ったあと、ポルブはリーユエンへ近寄った。
ポルブは、必死で恐怖を押し殺し、リーユエンに尋ねた。
「あいつは、本当に玄武なのか?」
リーユエンは薄目を開けてポルブを見、大儀そうに話した。
「ポルブ先輩、調息法を覚えておいででしょう。深く息を吸って、ゆっくり吐いて心を沈めてください。あれは玄武だけれど、あなた達とのつながりは弱い。あなたの心が大きく動揺したり、あいつの方からのぞこうとしなければ、心の中を知られることはない」
リーユエンに言われるまま、ポルブはその場で結跏趺坐し、懸命に心を落ち着けた。
「ポルブ先輩、あなたは、卒院して魔導士の仕事をしていたはずですよね。どうして、カスパルと行動しているのか教えてください」
ポルブは、リーユエンの傷ついた頬に傷薬を塗りつけながら、事情を話し始めた。
「俺は、卒院して五、六年経った頃から、魔力出動がうまくできなくなった。禁止されている魔力覚醒剤も使ってみたんだ。一時的には、魔力が発現したが、この1、2年、水精を召喚できなくなっていた。
今年、叙勲式があっただろう?あの夜、ペリオンが、俺の行きつけの飲み屋に突然現れた。学院時代のことを色々聞かれたんだ。それで、仕方なく、おまえが氷漬けになった事件の真相を話した。多分、それがいけなかったんだ。当主の怒りを買ったに違いない。
俺は、一月ほど前、数人の男に襲われ、殴られ、袋詰めにされて、運河へ投げ込まれたんだ。溺死寸前で、運河で材木運びをしていたたゴーズリーとバーカンダーが、偶然袋を見つけ、俺を助け出してくれた。その後、カスパルのところへ連れて行かれた。
サラザルのところへ戻っても、もう居場所がない。カスパルのところでそのまま働くことになった」
「学院島の動力炉から石を盗み出したのは、あなた達ですよね」
「そうだ、俺たちがやった、当日の早朝呼び出されて、最初は、魔力が戻るからと師匠と契約を結べと進められた。
その時、カスパルは、店の椅子を氷結させて、それを粉々にしてみせた。あれを見たら、断る気がなくなった。契約をしたら、確かに水精を召喚することができた。
そのあと、動力炉に侵入して動力源の魔石を盗み出す計画を聞かされた。もう、手伝うしかなかった」
(ポルブ先輩ったら、『すぐ仕方がなかった』って、ばっかり言って。主体性ないのかよっ、おかしいと思ったら、機転を効かせて途中で抜けるとかしろよ)
リーユエンは心の中で呆れたが、誰でも、彼女のような修羅場人生ばかり歩んできたとは限らない。根は小心者で、善人であるポルブは、ただ強い立ち場の者の都合に巻き込まれたに過ぎない。
リーユエンは、ぼやくのをやめて、質問を続けた。
「契約は、あなたとカスパルの他は誰が結んだ?」
「俺が知っている限りだと、ゴーズリーとバーカンダーも一緒に結んだ。それからカスパルから聞いた話だと、エスメル先生もだ」
「エスメル先生まで・・・どうして?」




