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「ドカッ、ドカッ」
肋骨の下、脇腹に蹴りが二発入った。
治りきっていない内傷に響き、リーユエンは顔を歪めた。
「ったく、おまえは相変わらず生意気だな」
(カスパル先輩から蹴り二発、後で倍返しすること・・・あれ?この痛さ、それにこの場所って・・・)
リーユエンは、眉をしかめたままカスパルを見上げた。
「なんだ、文句があるのか」
カスパルは、何か言い返すのかと身構えた。
「昔、学院島で私を氷塊づけにしたのは、もしかして、カスパル先輩の仕業?」
カスパルは、嘲笑った。
「やっぱり、おまえは、あのチビだ。生意気なところなんか、全然変わってないな。だが、どうして、今頃になってそんなことを俺に聞くんだ?おまえ、何も覚えていなかったんじゃないのか?」
「この脇腹の痛い感じが、あの時の痛かったのとそっくりです。先輩、また同じところを蹴飛ばしたんでしょ」
カスパルは、リーユエンの前にしゃがみ込んだ。
「へえ、痛かったから、わかったのか。そうさ、俺がやったんだよ」
「カスパル先輩、私を氷塊の中に閉じ込めたとき、自力で魔力出動させてあんな大きな氷塊を作り出したんですか?」
カスパルは、得意そうに答えた。
「ああ、そうさ、おまえの全身、氷塊づけにしてやったんだ」
「あとで、疲れませんでしたか?」
怒リ出すとか、恐ろしがるとか期待したのに、リーユエンの反応は、予想外の、冷めたものだった。
「まあな、少し疲れたかな・・・」
リーユエンの紫眸が、カスパルをじっと見つめた。
「カスパル先輩は、私を氷塊づけにした後、魔力出動の力が落ちませんでしたか?」
「・・・・どういう意味だっ」
カスパルは動揺した。
(どうしてそのことを、こいつが知っているんだ。俺は、誰にも気づかれないよう、必死で隠してきたのに・・・)
リーユエンは、カスパルの動揺を見逃さなかった。さらに追い討ちをかけた。
「魔力出動の力が落ちて、調息や導引術も、思うような成果は上がらなくなったのではありませんか?」
「・・・・・・」
リーユエンとカスパルは、たっぷり十秒、視線を合わせたままだった。
「カスパル先輩は、ご自分では気づいていらっしゃらないようですね。経絡とチャクラへ風を流し循環させる修練を十分行わないまま、大きな魔力出動を行うと、どのような弊害が生じるのか、『魔導術概論第一巻基礎編 第四章 経絡・チャクラ・風について』の、注釈No.5に記載してありますよ。読んだことはありますか?」
「魔導術概論第一巻基礎編 第四章・・・」
カスパルの顔に戸惑いが現れた。そんな地味な本の、誰も読まないような注釈に、何の意味があるのか分からなかった。自分でも、読んだ記憶はなかった。
リーユエンは冷静な口調で、その注釈の内容を伝えた。
「調息法、導引術により、経絡とチャクラの結びつきを強め、風を取り込み体の内外で循環させる修行を十分収めないまま、魔力出動を頻繁に行ってはならない。
度々禁を犯せば、自身の経絡が魔力出動によって傷つき、チャクラとのつながりが絶たれ、体内の魔力の循環路が破壊され、出動はやがて困難となり、体内の霊力の泉は枯れ果て、魔力は失われる」
カスパルは、激昂した。リーユエンの顔も体を無茶苦茶に蹴飛ばし、頭を踏みつけた。
「この陰険野郎、嘘ばっかり言いやがって、俺は、今、魔力を使えるぞ、それも比類のない強力な魔力だ。出鱈目ばっかり言うなら、おまえの喉を踏み潰すぞ」
カスパルの後ろでは、リーユエンの言葉を聞いたポルブが呆然としていた。
(俺の魔力出動が弱まったのは、経絡が破壊されたからなのか、もう、若い頃の魔力は戻らないのか)
逆上し切ったカスパルは、リーユエンを執拗に蹴り続けた。リーユエンはたまらず、吐血した。
その時、突然、カスパルの動きが止まった。
「うわ、なんだ、熱い、熱い、やめろっ」
カスパルは大声をあげ、リーユエンから離れ、いきなり衣を肌けて胸を剥き出しにした。肉の焼ける焦げ臭い匂いがあたりに漂った。
カスパルの胸は、赤く腫れ上がり、刻印が黒々と浮き出た。
リーユエンはそれを見て衝撃を受けた。
(あれは、紋じゃないか、どうして、先輩の体に紋が入っているんだ)
その時、カスパルの脳へ念話が届いた。
「カスパル、リーユエンは、わしの客人だ。痛めつけてはならん。腹が立つのなら、他の者に手当てをさせて、おまえは離れておれ」
カスパルは、リーユエンをもっと痛めつけたかったが、胸が焼けるように痛くなり、後の手当てをポルブへ任せ、そこから出ていった。
ポルブは、リーユエンの上半身を抱え起こし、壁へもたれさせた。
リーユエンは、蹴飛ばされ、踏まれて、血だらけの顔で、ポルブを見上げた。随分老け込んでいたが、顔を見て、誰だか思い出した。
「ポルブ先輩ですよね。私の筆記用具と教科書を五回も隠したのは、先輩でしょう?」
ポルブは、頷いた。
「そうだよ、悪かった、あの頃も、今も、カスパルには逆らえないんだ」
リーユエンは、ポルブへも質問した。
「さっき、カスパル先輩の胸に刺青みたいなものが見えたんですが、先輩も、あれ、入れているんですか」
「あ、ああ、そうだな、入っている」
「誰に入れられたんですか?」
「誰って・・・カスパルの師匠という人からだ、魔力を強くしてやると言われたんだ」
「それ、契約の印である刻印でしょう?私に見せてもらえませんか」
ポルブは、おまえには関係ないと言いかけたが、リーユエンの真剣な眼差しに、不安な気持ちが募り、襟元を肌け、ツォンパが入れた刻印を見せた。
「背中側も見せて」
指示されるまま、背中側も見せた。
「両側に入ってますね。それ、玄武が入れた紋ですよ」
「ええっ、玄武だとっ、そんな馬鹿な、魔導士だと言っていたのに・・・」
ポルブは、奈落へ落ちるような絶望を感じた。
その時、部屋の扉が開き、小柄な老人が入ってきた。
「リーユエン、主であるわしの管理が行き届かず、先ほどは奴婢が失礼な真似をした。すまなかったな」
入ってきたのは、魔導士ツォンパであった。




