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デリオンは、椅子の背にもたれ、宙を睨み肘掛けを指先で叩いた。そのコツコツという音が室内に響いた。
「おまえは、数日前、念入りなアリバイ確認を受けたそうだな」
「はい、臨時休業日の開始から四日間どこで何をしていたのか、警邏局から細かく聞き取りされました」
「その、聞き取りは凡人が行ったのか?」
「凡人です。中層区の警邏隊長です。ですが、警邏隊庁舎の中に、玄武兵がおりました」
「休業日開始から四日の間に、何が起こったのか、聞いていないのか?何も報告が上がってきていない」
デリオンの声は冷たく響いた。報告に重大な不備があるとき、デリオンの声は冷たくなる。
ペリオンは、背筋を伸ばし緊張した。
「私も色々当たってみたのですが、厳重な箝口令が出ていて、何も情報が入ってこないのです」
「通常のルートからの入手は無理なのか・・・そもそも学院島が臨時休業になった理由は何だったのだ」
そう言いながら、ペリオンは、自身の記憶を確認しつつ、手元の書類も見つけ出した。
「動力炉のメンテナンスか・・・学院長に直接当たってみるか」
学院長室の空中に突然、巨大な魔鏡が現れた。書類を睨んでいた学院長は、驚いて顔を上げた。
「学院長、いきなり連絡を入れて、申し訳ない。今、少し、お時間をいただけないだろうか」
魔鏡に映し出されたのは、サラザル当主ペリオンだった。
(うわっ、嫌な奴が現れた。わしは、この男が苦手なのじゃ)
そう思いながらも、学院長は愛想良く返事をした。
「お忙しいサラザル当主自ら、どうされたのじゃ?わしは、もちろん、構いませんぞ」
薄い灰色の色眼鏡越しに、サラザル当主は、何を考えているのか分からない笑みを浮かべた。
「単刀直入にお聞きするが、臨時休業の第一日目から第四日の間に、一体何が起こったのか教えていただきたい」
あまりに直球な問いかけに、学院長は言葉が出なくなった。まさかサラザル当主が、いきなり核心を聞いてくるとは完全に予想外だった。
「そ、それは・・・」
「箝口令が敷かれているそうですね。学院長が事情を説明できないことは理解しております。誰に聞けば、教えてもらえるか、それを私に教えていただけませんか?」
「な、何のためにじゃ?」
サラザル当主は、また、あの笑みを浮かべた。
「捜査に協力するためですよ。玄武兵が動き出したそうですね。けれど、彼らは凡人の情報には疎いのではありませんか?そのような情報でしたら、サラザルがお役に立つだろうと思いましてね」
学院長は、一瞬、徹底的に否定して誤魔化してしまおうかとも考えたが、リーユエンが行方不明になった以上、借りができたら後が怖かろうとも、サラザルの情報網は是非利用するべきだと、すぐさま考え直した。
「わしの一存では話せないのだ。ご当主よ、法座主府総執行ナーガムを訪ねて行ってはもらえないだろうか。彼が、すべての統括者なのだ」
デリオンは、承知し、魔鏡術を解いた。そして、魔鏡の死角に控えていたペリオンを見上げた。
「おまえも聞いただろう。法座主府の内府付き総執行が出張ってくるとは、事は重大だぞ」
デリオンは、立ち上がり、ペリオンを連れて、法座主府へ向かった。
リーユエンは意識を取り戻した。
(頭が痛い・・・後頭部を殴るなんて、酷い奴らだ。あとで絶対倍返しにしてやる)
エスメルに無理やり噴水広場から連れ出されると、広場の前に騎獣車がとまっていた。彼女に続いて、車の後ろから乗り込もうとしたところを、いきなり殴りつけられ、気を失ったのだ。
足も、腕も、がんじがらめに縛り上げられ、埃臭い床に転がされているようだった。目隠しされているため、何も見えなかったが、数人の足音が聞こえ、扉を開ける軋んだ音が聞こえて、意識が戻ったのだ。
「こいつがそうなのか」
目隠し越しに周囲が明るくなったのがわかった。そして、誰かが、顔の近くに灯りを近づけてきて、フードをめくったのがわかった。
「おい、髪の色が違うぞ。黒いはずだ。人違いじゃないのか?」
「それが、広場にいた時は黒かったのに、車から下ろした時はその色に変わっていたんです」
(変形薬の効果が切れたのか・・・内傷に触るし、離宮にいる間はいいだろうと思って一昨日飲むはずだったのをやめたから、効き目が切れたんだ。今晩飲もうと思ってたのになあ)
誰かが、髪に触った。
「そういえば、明妃の髪は白金色だったな。これが本来の髪色なのか・・・あいつとは、別人なのか?」
(あいつって、誰のことだろう?)
そこで、目隠しを乱暴に捲られ、眩しさに、思わず目を眇めた。
「おい、もう気がついてるんだろう、目を開けろ」
リーユエンの目の前に、薄黄色の八角形の色眼鏡をかけた、痩せた男がいた。
頬はげっそり削げ、顔色もひどく悪く、噴水広場で見たエスメルと同じように、干からびたミイラのように見えた。
「紫眸だ。やっぱりおまえは、あのチビのリーユエンなのか・・・信じられない、あのチビが、おまえだなんて」
男は、彼女の髪を一房掴んだまま、呆然とつぶやいた。
リーユエンは彼を見ながら、どこかで見たことがあるなあと考えた。
八角眼鏡、薄黄色のグラス、鼻筋が細く、陰険な目つき、意地の悪そうな薄い唇、そして、学院島時代の記憶が甦った。
「あれ、あなたは、カスパル先輩?」
カスパルは、驚いてリーユエンを見下ろした。
「おまえ、俺のことを覚えているのか」
「留年していたカスパル先輩、調整魔獣学の試験のとき、私の騎獣を横盗りしようとしたカスパル先輩」
抑揚のない声で話すリーユエンの腹を、カスパルはいきなり蹴飛ばした。




