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黒いフードの端から燃えるように紅い髪が見えた。けれど彼女は別人に見えた。
顔の造作こそ同じだが、印象が違いすぎた。緑色の目は、澱んだ沼地のように暗い緑に変わり、目の下には黒々と隈が浮き、目線もリーユエンを見ているのに、どこか焦点が定まらない。
「あなたの方こそ、大丈夫ですか?」
リーユエンは思わず尋ね返した。勝気な、若い娘らしさが消え、何百年も時を経て干からびたミイラのように見えたのだ。
「私のことに構っている余裕なんてすぐなくなるわよ。リーユエン、あなたに会いたいという人が待っているの。一緒に来てちょうだい」
口調だけは、以前と変わらず高飛車だった。
リーユエンは両手をあげ、肩をすくめた。
「すぐなんて、無理ですよ。私は生徒を引率中で、ここで休憩しているだけなんですから」
そう言いながら、警ら隊が重要参考人として探し回っているはずなのに、どうして、中層区に現れることができたのだろうと、不思議に思った。
「ダメよ、今すぐ来てもらうわ。これをご覧なさいな」
そう言うと、エスメルは左手をリーユエンの前へ出し、手のひらを開いた。
「えっ・・・」
リーユエンは珍しく動揺した。
左手のひらの上に、眩く輝く真珠の粒ほどの球体が浮いていた。その球体全体から、青白い火焔が吹き上がり、激しい放電が起きていた。それは、火精の究極形態で、球体の中には、数千度に達する火精が閉じ込められているのだ。
(一体、いつの間にこんな危険な術をものにしたんだ。下手したら術者も火傷で死ぬぞ・・・)
「これを放てば、中層区は一瞬で火の海になるわ。そんな事はしたくないから、一緒に来てちょうだい」
リーユエンは即断した。
「わかった。案内して」
『紋白蝶の隠れ家』で、デザートまでしっかり食し、お喋りも大いに楽しんだ後、シュリナ、ロージー、タロナは、ご機嫌で噴水広場へ戻ってきた。ところが、リーユエンの姿はなかった。
シュリナは、噴水広場の周りを方々探し回ったが、彼女は見つからなかった。
「あれ、おっかしいな。ここで待っているって言っていたのに・・・待ちくたびれたのかなあ」
タロナが、シュリナを見上げ、半泣き顔で言った。
「私たち、ゆっくり過ごしすぎたのでしょうか。先生は、待ちくたびれて、もうお帰りになってしまったのですか?」
ロージーも、浮かない顔で頷いた。
「待たせすぎちゃったのかしら、お疲れになって、離宮へ戻ってしまったのかしら・・・」
そう言いながらも、あの律儀なリーユエンが伝言も残さず、一人で先に帰るなんてありないと思った。
シュリナも、帰ったとは思わなかったが、生徒といつまでもあてもなく彷徨くわけにはいかないし、明日は学院へ戻る予定の生徒を、早く離宮へ連れ帰る必要があった。
「ここでいつまでも待ってもしょうがない。あなた達、一旦離宮へ戻りましょう」
三人は、離宮へ戻った。
シュリナから、リーユエンが戻ってきていないかと問われて、ウラナは驚いた。
「いいえ、リーユエン様はまだお戻りではございません。あなた達の引率をなさっておいでだったのですから、先に帰るなんて、そんな無責任な事はなさいませんでしょう」
そう話しているところへ、男子生徒を連れた、ツカリーゼ教授も戻ってきた。
シュリナと、ウラナからリーユエンが戻っていないと聞くや、ツカリーゼは、自室へ駆け込んだ。
二人も慌ててツカリーゼの後へついてきた。
ツカリーゼは、猊下の特別注文で制作中のリーユエン人形を取り出し、術をかけ異常がないか確認した。すると、突然、人形の後頭部が激しく揺れて、前へ倒れた。
「大変よ、誰かが、リーユエン先生の後頭部を殴ったわ」
「ええっ」
緊急事態に直ちにナーガムが駆けつけた。
ツカリーゼは、人形へ追跡術をかけたが、反応がなかった。
「ダメだわ、誰かが強力な術をかけて、妨害しているわ」
「妨害だと、誰か魔導士が関わっているのか?」
「そうね、おそらく第五階梯の私よりも上の階梯の魔導士だわ」
ナーガムは眉を寄せ、難しい顔で考え込んだ。
第五階梯を上回る魔導士は、玄武国内には十数名しかいない。彼らは、皆、明妃を拉致などしないはずだ。それは、玄武も同じだ。
明妃がどこに拉致されようと、猊下の目を眩ますことは不可能、猊下からの恐ろしい報復があるのは確実なのだ。
一方、明妃だと知らない凡人なら、拉致する可能性はあった。ただ、その場合、何が目的なのかが分からない。裕福な家のご令嬢なら誘拐すれば身代金にありつけるだろうが、魔導士服姿の魔導士をわざわざ拉致する利点が分からない。
魔導士は財に執着しないから裕福な者は少ない、うっかり誘拐したら、魔導術で反撃される恐れもあるのだ。
「とにかく噴水広場の周辺をもう一度徹底捜索させよう」
日没までの半日近く、噴水広場は封鎖され、徹底的に捜索された。そして噴水池の底から、紅い魔石付きの指輪が見つかった。エスメルの侍女、ミラが、指輪はエスメルのものだと確認した。
サラザル当主デリオンも、噴水広場が封鎖され、日没過ぎまで、玄武兵が動員され、周辺を徹底的に捜索したと、配下のものから知らされた。
「玄武兵が動き回るとは、一体奴らは何を捜索していたのだ」
その日、、毎日、噴水広場の周辺で綿菓子の屋台を出し、噴水広場を行き交う人々を監視しているサラザルの一員が呼び出された。
「私も、玄武兵から尋問されました。奴らは、六尺ちょとばかしの痩せた若い魔導士の行方を探しております」
デリオンは、目を眇め、口をへの字に曲げた。
綿菓子屋を帰らせた後、彼は、ペリオンを呼び出した。
デリオンは執務室へ入ってきた息子へ話しかけた。
「明日は、学院島へ戻るのだろう?」
「はい、その予定ですが」
「リーユエン先生は、臨時休業の間、離宮へ戻っていたのか?」
「さあ、本人に直接聞いていないのでわかりません。ただ第三クラスの生徒は、リーユエン先生が、全員連れて行きました」
デリオンは、ペリオンへ、今日噴水広場に玄武兵が現れたことを伝えた。
「六尺余りの身長の痩せた若い魔導士ってリーユエン先生でしょうか?」
「玄武兵がわざわざ出動したのだ、たかが凡人の魔導士の行方が分からないくらいで、玄武兵が動員されるはずがない、それしか考えられないだろう」




