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オオルリカケスは、梢から飛び立った。
リーユエンが魔導術を使える状態なら、その鳥に鳥瞰術がかかっていることに気がついたかもしれない。けれど、今は、法力を得られないまま時間をかけて内傷を治療中で、そのことに気づかなかった。そして、離宮の中の誰一人として、オオルリカケスに術がかかっていることに気がつかなかった。
オオルリカケスに鳥瞰術をかけ、離宮の様子を探っていたのは、魔導士ツォンパであった。
ツォンパは、青鷺洞の一番奥、闇の中で、水晶玉の中に見える離宮の様子をじっと眺めていた。
「ふむ、明日あたり外出するようじゃ、やっと機会が巡ってきた」
独り言つと、カスパルを呼んだ。
「カスパル、カスパル」
ツォンパの呼び出しにカスパルがカウンターを出てやって来た。
「御用ですか」
「うむ、エスメルに会いに行く。あの女に、決心をさせねばならん。おまえも一緒に行き、説得してくれ」
カスパルは、カウンターまで引き返し、店の番をするようポルブへ頼むと、ツォンパとともに隠し扉を開け、さらに下の階へと降りていった。
青鷺洞の地下には、玄武国では禁止されている、効き目の強い麻薬を使用できる隠し部屋がいくつかあった。会員制で、紹介のあった者だけが、この部屋を利用し、カスパルが、色々な伝手で取り寄せた、ありとあらゆる薬物を楽しめるのだ。
その一室に、エスメルが監禁されていた。
カスパルとツォンパが入ってくるなり、エスメルは叫んだ。
「こんなところへ何日も閉じ込めて、一体何のつもりなの。早く出してちょうだい。私は、ドロメル当主の娘よ、こんな真似をしてタダで済むと思っているの」
カスパルは、エスメルへ肩をすくめて、嗤いかけた。
「そんなに叫んだら、美人が台無しだ。落ち着いてください。せっかく師匠に来てもらったんだから」
「師匠・・・」
エスメルは、カスパルの後ろに異様な風体の小男がいることに気がついた。
目玉ばかりギョロギョロと目立つ、小柄な体の割に頭の大きい、不気味な老人だった。
「初めまして、わしは、ツォンパ、西荒から来た魔導士じゃ」
「西荒?どうして、わざわざ北荒へ来たの?」
「わしの力を受け継げる優秀な魔導士を探しに来たのじゃ。西荒には、眼鏡に叶うものが見つからなかったのじゃ。エスメル、そなたは、圧倒的な魔導の力を持ちたいと思ったことはないかの」
エスメルは、突然、魔導の力のことを問われ、戸惑った。身代金目的だろうと思っていたのに、肩透かしにあい、話が見えなくなった。
「それは、力はあるに越したことはないけれど、安易に手に入るものではないでしょう」
ツォンパは、カスパルへ目で合図した。
カスパルは、大きなナイフを取り出した。
エスメルは、切りつけられるのを恐れ、身を強張らせた。けれど、カスパルは、エスメルの前のテーブルにナイフを置いた。
「そのナイフ、ただのナイフだ。確認してくれ」
魔力発動を防ぐ手錠が嵌められた手で、エスメルはナイフに触れた。
「そうね、ナイフだわ」
カスパルは、ナイフへ向けて、手を振り上げた。
「えっ!」
カスパルの体から、黒い靄が現れ、それがナイフを包み込んだ。靄が消えると、ナイフは霜に包まれ凍りついていた。
カスパルは、黒い手袋をはめた手で、ナイフを持ち上げ、両手でそれを真っ二つにへし折った。
(嘘っ、ナイフが真っ二つに折れたわ。どうして、さっきは硬い金属だと思ったのに・・・)
「どうです?先生。俺の氷結術、なかなかのものでしょう」
「氷結術って、凍ったくらいで、どうしてナイフが折れるのよ」
「ふふっ、並の氷結術じゃ達しないほど、低い温度で凍らせたからですよ。先生、これが俺の言っていた圧倒的な力です。先生だって、この力を手に入れれば、もっと強力な火焔術を扱えるようになりますよ」
「・・・・もっと強力な火焔術」
「エスメル先生、もっと強い魔導士になりたいんだろう?あのヨーダム太師並みの強さだって夢じゃないんだ。
あいつら、偉そうにしている長老魔導士たちには、秘密がある。あいつらは、それを独占して隠しているんだ」
エスメルは、カスパルをきつい目で睨んだ。
「どうして、あなたがそんな事を知っているのよ。あなたの言うことなんて、当てにならないわ」
カスパルは、冷笑した。
「そんな事言って、本当は知りたくてたまらないんでしょう。リーユエンの奴をギャフンと言わせるためには、どうしたって、もっと力が必要なんだから」
「どういう意味よ」
エスメルは、動揺した。
「どういう意味って、そのままですよ。
この間、お酒に酔って、先生は俺に、リーユエンとの勝負に負けたって、悔しそうに話していたじゃありませんか」
カスパルと最初に会った晩のことは、どうした訳か途中から記憶が曖昧になっていた。そんな事まで、自分が話していたことは、衝撃だった。
「でも、先生、あいつに負けたからって、そんなの気にすることはありませんよ。
あいつは、色々狡い手を使っているんだから、勝つのは当たり前なんだ。あいつは、法座主の力が利用できるから、強いだけなんですよ」
「法座主の・・・どういう事?」
「あいつは明妃なんだよ。知っているだろう」
エスメルは、身体中から力が抜けるのを感じた。父グレゴルが言った通り、リーユエンは明妃、あの叙勲式典で法座主の隣に腰掛けていた美しい女、美貌と強大な魔導の力を持ち、玄武国の第一位、最高権力者に寵愛される第二位の最も高貴な女、やはりそうだったのだ。
そんな相手に、自分がいくら対抗しようとしても敵うはずがないのだ。




