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その日、エスメルを見つけ出すことはできなかった。
ドロメル屋敷へ戻って来たナーガムは、父親のグレゴルがエスメルを匿っているのでは、と疑った。
しかし、学院長から島で起こった強奪事件、それに死者まで出たことを聞くと、グレゴルは非常な衝撃を受け、配下の者全員に、エスメルを探し出し連れてくるよう、学院長の前で命令を出した。その態度からは、グレゴルが、エスメルを匿っているとは思えなかった。
ナーガムは、玄武軍の中の警邏隊も動員して捜索させたが、手がかりは何もつかめなかった。
学院長とツカリーゼは、グレゴルと、エスメル付きの侍女ミラから、前日の彼女の様子を聞き出した。
グレゴルからは、エスメルが、最近、当主の命令に従わない事が多いことを、かなり厳しい口調で叱責したことを、聞き取った。
学院長は、穏やかな表情で、グレゴルへ尋ねた。
「命令に従わないとは、具体的にはどういう事があったのですかな?」
「・・・・・・」
黙り込んだグレゴルへ、ナーガムが圧をかけた。
「我々に話せないような事なのか」
「わしは、学院内での勤務態度のことで注意をしたのだ。そのう・・・・・・リーユエンという教師へ、敵対的な態度を取らないようにと、娘は気性が激しく、好悪の情に極端なところがある。同じ学年の担任同士で、トラブルを起こすなと、注意したのだ」
ナーガムは、娘の勤務先である学院内のことにまで、父親のグレゴルが口出しすることを不審に思った。一方、内部事情をよく知る学院長もツカリーゼも、なるほどと納得した。
ツカリーゼは、心の中で大きく頷いた。
(そりゃ、そうよね。いくら隠したって、あれだけ噂が広がったんだから、グレゴル当主は、もうリーユエン先生が明妃だって分かっているわよね。それなのに、エスメル先生が、リーユエン先生に突っかかってばかりでは、叱りつけて注意したくもなるわよね)
学院長は、厚顔ぶりを発揮し、グレゴルへさらに尋ねた。
「お父上からの注意に、エスメル先生も、少しは、リーユエン先生への態度を改める気になったのですかな?」
「ひどく不機嫌になり、憤慨しておった。なぜ、あれほど依怙地になるのか、訳がわからない」
グレゴルは、眉を顰め頭を振った。
その斜め後ろに控える侍女のミラは、顔に出さないよう押さえつけてはいたが、グレゴル当主は、お嬢様に対して冷たすぎると思っていた。
ツカリーゼは、侍女の微妙な表情の変化を見逃さなかった。それで、手がかりを探したいからと、ミラへ、エスメルの自室への案内を頼んだ。そして、エスメルの自室で、ミラを慰め、グレゴルの話を補完するミラの話を聞き取った。
「お館様は、ドロメル全体のことを考えて、いろいろ指示をお出しになっていらっしゃいます。それはお嬢様も、よくお分かりになっていらっしゃいます。
でも、リーユエン先生と勝負するのが決まった時、叩きのめせと、お嬢様をけしかけられたのはお館様でございます。その上、リーユエン先生の、何か落ち度を見つけるようにと、お館様は、最初、そのようにご指示なさったそうなのです。
それなのに、最近急に、リーユエン先生と仲良くしろ、女同士なのだから、話も合うだろう、などと、エスメルお嬢様に、リーユエン先生という方との仲直りを、一方的に押し付けたのです。
そのう、私めには詳しいことは分かりませんが、リーユエン先生という方は大層ご身分の高いお方なので、エスメルお嬢様は、頭を下げなければならないと、お館様から命じられたようなのです。でも、お嬢様は、あの先生が、高貴なお方のはずがないと信じてはおられませんでした。
昨日、お嬢様は腹立ちのあまり、外へ出てしまわれて、お戻りは深夜を過ぎていました。それにお召し物から、普段嗅ぎなれない、お香のような匂いが強く漂っていました。
次の日は、酷い二日酔いに苦しんでいらっしゃったのですが、お昼過ぎに急に慌ただしく外出してしまわれたのです」
ツカリーゼは、お香のような匂いというのに、引っ掛かりを感じた。
「昨夜、エスメル先生が着ていた服ってあるかしら」
「お洗濯して、ちょうど乾いて取り込んだところです」
「手がかりがあるかもしれないから、それをこちらへ預からせてちょうだい」
ツカリーゼは、衣服を全部一式信玄袋へ入れた。そして、律儀に預かり証を、侍女へ渡した。
教授は、その衣服を薬草学のハイネル教授へ、特急便で送り、分析を依頼した。
(洗濯しちゃったから、無理かもしれないけれど、何か手がかりが見つかればいいのに)
その後、数日間、捜索は続いたが、エスメルは見つからなかった。
一方、離宮に滞在中の生徒たちは、魔導術基礎編の魔導幾何学をよく勉強し、魔法陣を自分である程度作図できるまでになった。そして、リーユエンの行った試験で、全員大変優秀な成績を収めた。
試験の講評を行った後、相変わらず寝椅子に寝そべったままの格好で、リーユエンは彼らへ告げた。
「勉強をよく頑張ったから、明日一日は、都の中を観光していいことにします。ただし、単独行動は禁止、行きたい場所を整理して、グループ単位で行動しなさい。付き添いは、私とツカリーゼ先生がします」
ロージーが、寝椅子のそばへ行き、リーユエンへ尋ねた。
「リーユエン、外出していいの?まだ、具合が悪いのでしょう」
リーユエンは肩をすくめ、ロージーを見上げた。
「ずっと寝たきり状態で、腰が痛い。私だって、そろそろ外出したい」
「ウラナはどうするの?」
「大丈夫、もう、許可はもらっているから、そのかわり、シュリナが護衛でついてくるの」
リーユエンの寝椅子の近く、紅扇花が満開の枝に、一羽のオオルリカケスが止まっていた。北嶺の春から秋にかけて、オオルリカケスは、ありふれた鳥だった。だから、誰もその鳥に注目することはなかった。けれど、オオルリカケスの方は、ガラス質の目で、リーユエンをじっと観察していた。




