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しばらく待つと、 魔鏡の中から、アデレンが返答した。
「九時半頃に入室者があります」
「「誰だ」」
学院長とヨーダムが同時に聞いた。
アデレンは、答えるのためらったが、仕方なく答えた。
「エスメル先生と、他三名で記録があります」
「エスメルじゃと・・・そんな馬鹿な」
学院長も信じられない様子だった。
「エスメルとは、何者だ?」
ナーガムの問いに、ツカリーゼは簡潔に答えた。
「学院の教師です」
「専門は何だ?」
その問いには、学院長が答えた。
「実践魔導術、得意分野は、火精召喚による攻撃術じゃ」
「実践魔導術・・・それは、犯人像と合わない。その先生は、動力機関学は、専門外なのか?」
ナーガムに問われ、学院長は、一寸考えて頷いた。
「わしの記憶にある限り、エスメル先生は、動力機関関係の学科を履修したことはないはずじゃ」
「しかし、主犯格の者へ、協力した可能性は否定できないな。その先生も、拘束し取り調べるべきだ」
ナーガムは、法座主府内府付きの玄武僧だから、俗世である学院島や魔導士内でのエスメルの立ち位置など一切斟酌しなかった。
しかし、学院長は慌てた。
「待ってくだされ、いきなり拘束するのは影響が大きすぎる。エスメル先生は、おそらく、ドロメル当主の屋敷におるはずじゃから、今から行って、事情を聞けば良かろう」
学院長は、同意してくれ、と、ツカリーゼへ必死に目で合図を送った。
ツカリーゼは頷いた。
「そうね、彼女が主犯でないのなら、警邏隊を動かして拘束したら、主犯格が逃げてしまうかもしれないわ。密かに尋問して、黒なら拘束すればいいわよ」
「なるほど、確かに、そうだな。では、すぐに、そのドロメル宗主の屋敷へ行こう」
ところが、上層区に近い中層区一条の区画にあるドロメル家へ行くと、応対に出た執事は、彼らを客間へ通した後、エスメルへ取り次ぎしに行き、しばらくすると侍女を連れて戻ってきた。
「エスメルお嬢様は、一時間ほど前に外出されました」
学院長が、内心は焦りながらも、長い顎髭を撫でながら、にこやかに尋ねた。
「どちらへ出かけられたのか、わかりませんかな?」
年若い侍女は、大男ばかりに囲まれ、学院長を戸惑った顔で見た。
「いいえ、何やら、文が届きまして、それをご覧になった途端、慌てて外出されました」
そこへ、執事から一報を受けた、当主のグレゴルが現れた。
彼は、客間へ入ってくるなり、鉄灰色の目を眇めた。
「重鎮方が、わざわざ娘を訪ねて来られるとは、一体何用でいらっしゃるのか?」
グレゴルは、そこに、ヨーダム大師と見慣れない僧形の男までいるのに、内心動揺していた。
僧形の男は、抜きん出た長身で、全身から放たれる気は、ただならぬ気配がみなぎり、明らかに人外の存在だった。
グレゴルは、丁寧に辞儀をし、名乗りをあげた。
「私は、ドロメル家当主のグレゴルと申します。
お見受けしたところ、学院長、ヨーダム太師、ツカリーゼ教授まで、それにそちらのお方は、もしや、玄武でいらっしゃるのか」
ナーガムは進み出て、揖礼した。
「拙僧は、法座主府内府付き総執行ナーガムと申す」
グレゴルは、驚愕した。
「法座主府・・・猊下の使いでいらっしゃるのか?」
グレゴルは、彼らがエスメルをわざわざ訪ねてくるとは、娘は一体何をしでかしたのかと、不安になってきた。けれど、そんな内心の動揺は、顔には一切出さなかった。
「もう一度、お尋ねするが、エスメルに何の用なのだ?」
相手がどれほどの権力者であろうと、ここはドロメル当主の屋敷、そして彼は当主である以上、一歩も引く気はなかった。
ナーガムは、グレゴルを見下ろし、冷厳な声で言った。
「私は、猊下のご指示を受けて動いている。エスメルに確認したいことがある。彼女の口から直接聞きたい。探して出して、至急連れてきてもらいたい」
玄武がこのような口調で言うとき、たとえ、魔導士界の二大勢力の一方の旗頭であっても、楯突く真似はできなかった。
グレゴルは、執事へ、すぐにエスメルを探し出し、連れてくるように命じた。
その数時間前ー
カスパルと飲み明かした翌日、エスメルは、酒には強いはずなのに、ひどい二日酔いで、起き出したのは、もう昼近くだった。まだ、頭痛がして重苦しく、外の空気に当たろうと中庭へ出た。そこへ、トンボが空から降りてきて、東屋の中、腰掛ける彼女の膝の上に、紙切れを落としていったのだ。
それを取り上げ、中身を読んだエスメルは、顔色が変わった。そして、慌てて自室へ戻り、大慌てで身なりを整え、外出したのだ。
エスメルは、待ち合わせによく使われる噴水広場へやって来た。そこへ、もう相手が待ち受けていた。黄色の色メガネをかけ、冷笑を浮かべるカスパルだった。
「お待ちしてましたよ、エスメル先生」
「私の忘れ物を、早く返してちょうだい」
エスメルは、目を見開き、カスパルへ詰め寄った。
使い魔の文に書かれていたのは、
『職員証を店に忘れておいででした。お屋敷に届けに行くのも外聞が悪いでしょうから、東三条通り、山猫筋交差点の噴水広場でお待ちしてます。カスパル』
という内容だった。
職員証を落としたのなら、それは大問題だった。本来なら、教務課へ届けを出す必要があった。それでなくとも、リーユエンのことで、父は不機嫌になっているのに、これ以上失態が増えたら、教師を続けることができるかどうかすら怪しかった。
エスメルは取り返そうと必死だった。




