(104)
動力保安局の動力保安警備部は、学院島における太極石強奪事件発生の急報を受け、警備兵の増員配備を検討中だった。
大会議室には、動力警備保安部、動力資源配分部、動力資源保管管理部の担当者が集まっていた。そこへ、職員の一人が駆け込んできて、警備部長へ耳打ちした。
黒大イタチ族の部長は、会議を中断されて、太い眉を顰めたが、思いがけない大物の訪問を聞かされ、ごく低い声で「本当に秘書長官なのか」と、確認した。
「はい、パパディ殿で、間違いありません。明妃殿下をお連れしたと、魔導士服姿の若者を連れてきて、表玄関に来られてます」
警備部長は、会議中であることをも忘れ、大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
「明妃殿下だとっ」
その声に、会議資料を黙読中だった他の者たちもざわめいた。
突然、大会議室の扉が開け放たれた。
職員が話した通り、漆黒の髪に銀白色の髪が額から一筋流れる、目つきの鋭い秘書長官パパディと、その後に続いて、フードを目深に被る、長身痩躯、魔導士服姿の青年が現れた。
「秘書長官、今は緊急事態で会議中です。しばらくお待ちください」
入り口に近い場所にいた職員が声をかけた。
それを無視して、パパディと青年は、会議室の奥へ進んだ。
一番奥にいた局長が立ち上がった。
パパディの後ろに立つ青年が、フードを脱ぎ去った。青年だと皆が思った魔導士は、秀麗な面立ちの美女だった。しかし、その面には、いつもの優婉な微笑はなく、厳しい表情で、紫眸が鋭く光った。
局長の顔色が変わり、慌てて跪拝した。
「明妃殿下に拝礼いたします」
局長の反応に驚き、皆、一斉に席を立ち、慌てて跪拝した。
「立ちなさい、私の顔を覚えていてくれて、よかったわ」
リーユエンは冷たい口調で言うと、あたりを睥睨した。
「学院島は、あと数時間で墜落します。それを避けるため、今から動力保安局は、緊急措置発令により私、明妃の管理下に置きます」
その場の局員全員に大きな衝撃が走った。
しかし玄武国第二位のお方である明妃直々の命令に、逆らえる者は誰もいない。
「動力警備保安部から、学院島に派遣する新たな技師一名と整備士一名を、直ちに選任なさい。
それから、保管管理部長っ」
鋭い声で呼ばれ、部長は慌てて前へ出た。
「新たな太極石が必要です。先日行った瑜伽業で搬入した太極石の保管場所へ案内しなさい」
明妃であるリーユエンは、凄まじい陰気を周囲へ放射し、威圧しまくっていた。
肝の太いパパディでさえ、自分の尻尾を後ろ足の間に隠したくなるような恐怖を感じていた。
小娘のような明妃から命令されても、その威圧の恐ろしさに、皆、ガクガク頷いた。命令通りにしなければ、どうなるか分からないと、慌てて各部署へ駆け戻った。
(リーユエンの独白)
学院島が墜落するか、しないかの瀬戸際だと言うのに、のんびり大会議室で会議中だと、ふざけないでもらいたい。
こっちは、法力酔いの影響がまだ残っていて調子悪いのに、陰気を放射して威圧して、尻を叩きまくって言うこと聞かせるなんて、勘弁してほしい・・・
その偏屈な性格が災いし、若い頃から、都のあらゆる役所の様々な部署を経験したパパディは、もちろん動力保安局も経験済み、勝手知ったる古巣であった。
別にわざわざ案内を頼まなくても、太極石の保管場所は、目を瞑っていても案内できた。しかし、今は、宰相府秘書長官だ。後で越権行為と批判されないために、案内が来るのを待つことにした。
案内するために慌ててやって来たのは、パパディの以前の部下だった。
「パパディさん、お久しぶりです」
「おや、プーダリンじゃないか。まだ、保管担当なのか」
「はい、もうこれが私の天職ですよ。それより、どうしましょう、太極石は、すでに、資源配分部が九割方配分先を決定済みなんです。学院島へ三十個持って行かせたのですが、連絡によると全部強奪されたそうです。三十個必要なのに、ここの在庫は十二個出すのが精一杯なんです」
パパディは、リーユエンを見上げた。
「どうします?」
リーユエンは、プーダリンの小柄でふくよかな姿を見下ろした。
「この間の瑜伽業では、三極石を産出した。それを全部出してほしい」
「えっ、でも、あれは研究用にザカリン教授から抑えられてまして」
「ザカリン教授には、こちらから連絡を取った。浮上させるのに大きな出力が必要だ。何かあったら、責任は私が取るから、三極石を全て提供してもらいたい」
「・・・・わかりました。こちらへどうぞ」
パパディは、保管庫の方へ早足で歩きながら、リーユエンへ尋ねた。
「三極石は個数が五個ほどだと聞いております。それでは不足なのでは・・・」
「あれは特別なのよ。太極石の威力の三乗倍の力があるの」
「えっ、三倍ではなくて、三乗ですか?」
「そうよ、秘訣に関わることだから、詳しくは言えないけれど、太極石とは異なる、特別な石なの。威力は間違いなくあるけれど、ただ、取り扱いが難しい・・・一時的に学院島の軌道を安定させるために、なんとか使えればいいのだけれど」
彼らは、動力保安局の敷地の三分の一を占める保管庫へ入り、太極石が保管された棚から、三極の印(三つ巴)の入った円筒缶五本を取り出した。
リーユエンは、その円筒缶を、自身の信玄袋へ格納した。
「技師と整備士の選任は終わったのかしら?
私は、先に広場へ行くから、パパディは、二人を連れてきて」
そう言いながら、表玄関まで来たリーユエンは、黒い六尺棒を顕現し、空へ上がった。
リーユエンが、法座主府宮殿前広場の上空へ到着すると、すでにツカリーゼ教授がザカリン教授と連れ立ち、待ち受けていた。
「リーユエン先生、こっちよ」
上空に現れたリーユエンを見つけたツカリーゼが、大きく腕を振った。
彼女が着陸したところへ、法座主府宮殿の職員用扉が開き、そこから僧形の玄武が一人現れ、リーユエンへ近づいた。




