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エスメルが、青鷺洞でカスパルに出会った翌日、第三クラスの生徒たちは、離宮で目覚めた。
夜明け前の真っ暗闇の中、ニエザの絨毯に運ばれ離宮についたため、敷地の全容を知ることもないまま、彼らは疲れ切ってベッドに倒れ込んだ。何しろ学院島は、玄武国の最北端、大森林の中を浮遊中のため、プドラン宮へ来るのに一日半近く飛行し続けたからだ。
いくら結界に守られた絨毯とはいえ、一日半も狭い絨毯の中で、ほとんど休憩も取らないのだから、乗っているだけでも結構疲れたのだ。
それでも育ち盛りの元気な生徒ばかりなので、皆、目が覚めればすっかり元気になっていた。それに早起きが習慣になっていたので、深夜を過ぎた就寝ではあったけれど、しっかり六時には目が覚めた。そして、着替えをして、洗顔して外へ出た彼らは、皆、驚然とした。
タロナは、自分たちが出てきた白亜の宮殿を見上げ、周囲を見回した。
美しく繊細な庭木が植えられ、瑞々しい青草は朝露を湛え、小川からはうっすら湯煙の上がる暖かい温水が流れ、その小川は庭園の中央の池へ注ぎ込んでいた。池のほとりから、池の水面へ突き出す形で、瀟洒な東屋が建っていた。
中央の館と左右に伸びた渡り廊下の端にそれぞれ建物が見えた。壁面は半透明の乳白色の石造りで、表面は細やかな草花紋がレース織のように浮き彫りにされ、窓も開口部の大きい上部が半円アーチの窓だった。
「ここって、何、お城なの?」
御伽話に出てくる、妖精のお姫様の隠れ家のように、美しいお城だと思った。
ロージーも、真っ青な目を、星のようにキラキラさせて、タロナの隣で城を見上げた。
「まあ、珍しい、比翼形式の建物ですわ。素敵だわ、悲恋の舞台には最高よね」
モンシェン、マルテン、ハンツォンの男子三人組は、建物と広大な庭園を見回し、無言で顔を見合わせた。三人とも考えたことは、ほぼ同じ。
(リーユエン先生って、超、超、超名門家の奥様なのか?)
マルテンがボソッとつぶやいた。
「お屋敷っていうより、ここ、お城?」
「宮殿?」と、呟いたハンツォンは、タイソンファ公爵の屋敷より立派だと思った。
モンシェンは、「俺は田舎から来たから、リーユエン先生のお宅の規模は理解不能だよ」と、肩をすくめた。
そこへ、魔導士服姿のリーユエンと、彼女より少しだけ背の低い、すらっとした剣士姿の若者が正面玄関の階段を降りて来た。
「へえ、あれが、リーユエンの生徒なのか」
漆黒の髪を総髪に結い上げた若者は、快活な声で言いながら、そば近くまで来た。
男に見えた若者は、そばまで来ると背の高い女人であることがわかった。ロージー以外の生徒は、凛々しい彼女を繁々と見上げた。
ロージーは、彼女へ駆け寄り、
「シュリナ、久しぶり」と声をかけた。
タロナは驚き、「ロージー、その格好いい人と知り合いなの?」と、尋ねた。
ロージーは内心では、しまったと思ったが、
「ええ、そうなの、私の国でお友達になったシュリナよ。久しぶりに会ったから、嬉しくて」と、開き直った。
リーユエンは生徒を見回し、
「朝の準備運動をしたら、朝食にします。ここに滞在中は、朝の運動は、こちらのシュリナも参加します」と、シュリナを紹介した。
シュリナは、右手をあげ、「シュリナだ。みんな、よろしくな」と、気さくに挨拶した。
朝の準備運動は、あのキッツイ柔軟体操である。
シュリナが来たのは、自分も体操する為でもあるが、ウラナに言いつけられて、リーユエンの体をグイグイ押して負荷をかけるためでもあった。
リーユエンの体の柔らかさに、皆、(凄い、人間の体ってあそこまで曲がるんだ)と、驚いた。
シュリナは、百八十度開脚したリーユエンの背中を押し、上半身がほぼ地面につくほどの負荷をかけながら、
「リーユエン、学院でも真面目に体操やってたんだね。全然固くなってないじゃない。これなら、ウラナにも怒られないよ」と、及第点を出した。
リーユエンはシュリナへ小声で、
「何日もサボったら、結局痛い目に遭うんだから、毎日やってる方がマシだよ」と、こぼした。
上半身を起こしたリーユエンの耳元で、シュリナは、
「あの子たち、ここがどこか分かってないんだろう?」と、尋ねた。
リーユエンは頷くと言った。
「毎日授業をする予定だから、ここがどこかなんて気にしている暇はないと思うよ」
その声を耳聡く聞きつけたロージーは、授業を受けるより、都見物や離宮の中を見学したくてたまらないので、思わず口を挟んだ。
「先生、学院長は臨時休業っておっしゃったそうですけれど、授業をなさいますの?」
リーユエンは、立ち上がると、授業より都見物を期待する生徒を見渡して言った。
「私は、臨時休業日を通常授業日に振り返ることで、第十月から第十二月の間、一日になった休業日を月に三日へ戻そうと思っている。厳冬期休暇の開始がずれ込むのは仕方ないが、ここに滞在する六日間を授業に振り替えれば可能だ」
生徒たちは、顔を見合わせた。
リーユエンは続けた。
「グリムエール老師の塔は、改修工事は済んだものの、学院の学舎からは離れた場所にある。休業日が月に一日では、君たちも不便ではないかと考えた」
生徒たちは、頷き合った。
モンシェンが発言した。
「先生のおっしゃる通りだと思います。僕は、六日間授業をしていただきたいです」
他の者たちも同感して頷いた。
学院島の中にあるとはいえ、購買部から遠く離れた塔は、買い出しに出かけるだけで一日潰れてしまうのだ。休業日が一日だけでは、勉強以外のいろいろな雑用が溜まってしまう。
リーユエンは、ロージーへ尋ねた。
「ロージーはどうしますか?」
ロージーもがっかりしたが、理由を聞かされたら仕方ないと思った。
「先生のご指摘の通りだと思います。私も授業を受けたいと思います」
ところが、リーユエンの計画通りには進まない事態が起こった。
妨害その一は、どこから聞きつけたのか、リーユエンが離宮へ戻ったことを知った伝奏部の役人だった。
今日も自分の身長を上回る書類を絶妙なバランスで崩れないように持ち上げて、生真面目なモンティンが離宮へ押しかけて来た。
導引術四神獣大鵬拳の動きを指導中に、離宮の中からウラナが現れ、リーユエンへモンティンが訪ねてきたことを耳打ちした。
リーユエンは露骨に顔を顰めた。




