宮下さんが来ない夏休み
今年の夏は今までよりも暑い気がする。
家から出るという選択肢は夏休みの初日から消えていた。
「ひーちゃん珍しいね恋愛漫画なんて」
ゆきの姉。日菜は夏休みになってからこの家に頻繁に来ていた。
理由は何となくわかる。
おそらく妹が夏休みになってからバイトと友人との遊びに時間を費やして、遊んでくれないから仕方なくこの家に来ている。
そして何よりこの家は日菜にとって資料の宝庫。
本が沢山ある。
必要な本も普段読むことのない本もある。
彼女にとってこの家は都合いい。
家から数秒でつく図書館みたいなもんなんだから。
「たまには純粋な恋みたいからね」
「ふうん、そういう感情あるんだ」
いつも変なものばっか見てるから、普通の恋愛に興味ないのかと思っていた。
好きな人でも出来たのかな。
いや、ひーちゃんに限ってそういうことないはず、アシスタントさんと編集さんの打ち合わせ以外で家に出ることはないし、そもそもひーちゃん男運ないし。
でも私知らない…ひーちゃんの学生時代の同級生が卒アルを見て連絡してきたのかもしれない。
「ひーちゃん好きな人いるの?」
「なんだ藪から棒に」
「いやだっていきなり恋愛漫画読むから」
「私をなんだと思ってる」
恋愛運のない引きこもり。
さすがにこんなことは本人に言えないので、言葉を飲み込む。
本当にただ恋愛漫画を読んでいるだけなのだと認識する。
ひーちゃんは私を怪訝そうな顔で見ていた。
何かが納得行ってないんだろうけど、私も納得はいってない。
恋愛漫画を読むことなんて珍しくはない。
だけど違う。
日菜は恋愛漫画は読まないし。
興味無い、当てにならん。ってずっと言ってた。
なのに突然恋愛漫画を読み始めるなんて、おかしい。
「人生何起きるかわからんねえからな」
「なにか起こったの?」
「まあ、そんなところだ」
教えてはくれない。
最近この姉妹は私に何かを隠してる。
直感で感じてる雰囲気。
私に言えないことなんて一つや二つあるだろうけど、これはきっと私が関わってる。
じゃなければ姉妹揃って人の顔を怪訝そうな表情で見ない。
私は悩んで、ついくせで日菜を睨んでしまった。
「悪いことじゃないから安心しろ」
「いいことなら言えるでしょ」
「いいことでも言えないことだってある」
「なんだそれ」
大人とまだ子供の私には感じることが違うのだろうか。
それとも私だけか気づいてないのだろうか。
「ひーちゃん」
「なんだ」
「人って思い込みじゃん」
私はいつからかこのテーマについて考えるようになった。
思い込みでどこまで通用するのか。
「……思い込みでも人の感情を操作することはできない」
「というと?」
「…最初から嫌いな人に私はこの人のことが好きだって思い込んでも無理だろ?それと同じで最初からこの人気になるって思うからこの人好きって思い込めるんだよ」
なぜ思い込みだけで好きか嫌いかの話になったのかは何となく予想つく。
日菜は隠し事が下手だ。
私と同じ。
私は表情に出るけど、日菜は言葉に出る。
そういうことか。
この姉妹はお節介だ。
嫌な所ばかり気づく。
「私別に好きな人いないからね」
「本音と建前はそこそこに。」
日菜は、ひーちゃんは昔のように私の眉間を突っつく。
眉間に皺を寄せ、斜め上を見る癖。
「黙って笑えば可愛いのに」
「え、失礼。これでも高嶺の花って呼ばれてるんですけど」
「はっ、みんな目腐ってるな」
ひどい。
ひーちゃんは本を閉じて、私の隣に座った。
「だれだっけ、みやうち?」
「……みやしたじゃない?」
「あ、そうそうその人」
なんでみんな私に宮下さんの話をするのだろう。
「考えるほど好きになるぞ、人って言うのは単純なんだから」
「何その経験談みたいに言うの」
ひーちゃんは私を我がの子ように愛おしい目で見つめてくる。
初めてこんな顔をされたから、どうすればいいか分からず。
ただ辛そうだった。
思わず手を握ってしまった。
私がいるよ。そう思う。
「失ってから気づくなんてよくあるさ、でも気付かないふりをして失うなんてあまりにも後味が悪い。」
「ひーちゃん……」
「自分にも相手にも後悔が生まれる、愛にだけは素直に生きろ」
こんな話をされるとは思わなかった。
精々ちゃんと向き合えよぐらい軽い気持ちで言われると思った。
こんなに辛そうな日菜を見て私は剣山に刺さったように全身が痛い。
どこを見たらいいか、何を思えばいいか。
日菜はどんな後悔をしていたのか。
日菜の言葉がずっと頭に残り続ける。
日菜の手を握る力がより一層強くなる。
ごめんね。
勇気が出ない私でごめんね。
過去の日菜。
今の日菜。
同じように後悔させたくない気持ちなのだろうか。
私はもう少し考えるべきか。
この感情に気づくべきだろうか。
この感情は誰かを傷つかないだろうか。
気づいてた感情と思っていた感情に混乱する。
「雪は美咲がみやしたさんの恋心に気づかないって騒いでたよ」
「ゆきの方が気づていないくせに」
間違ってないかもしれない。
気づかないふりをしていた訳じゃない。
あれはきっと、友達として仲良くなりたい感情だよ。
「ひーちゃん……私ね…」
「…なに」
ひーちゃんの手を握っていた手は力が抜け、離れようとしていた。
今度はひーちゃんが私の手を強く握って、私の傍に居てくれる。
「私……宮下さんのこと好き…」
ひーちゃんは何も言わずただ、手を強く握っていた。
「なら、告白しないとね」
この感情に正面を向いたのは初めてだった。
目をつぶって思い返す。
私は素直じゃない。
私はずるい人なの。
宮下さんが仲良くなりたい感情を利用して隣にいる。
告白すらできない私なのに。
この感情は正しいものじゃない。
だから――隠さないと。
隠し事が苦手な私でも恋心を隠すぐらいしなければならない。
雪も自分も騙せたのに。
ひーちゃんにはバレた。
なんでバレたかは分からないけど、少しだけ前に進めた気がする。
何をすればいいかは私にもわかる。
正しい道がどんなものから分からない。
だけど、進むべき道は見えた。
「アタックしちゃうか」
「程々に応援しておく」
好きな人ができるのは初めてじゃないけど、愛おしいと思う人は初めてだった。
目が離せない人。
友達になれただけで十分と思っていた。
だけど、私は欲深い人だった。
友達の関係だけでは足りない。
彼女が欲しい。
「宮下さんってね、まじでかわいいの」
「まじ、どんぐらい」
「私が付き合いたいぐらいかわいい」
「やべえじゃん」
「スタイルもまじでいいの」
「まじか」
「私が付き合いたいぐらいにね」
何かが吹っ切れたように、私は自分の心に素直で居ようと思う。
楽しい。
ひーちゃんと話すのは楽しい。
ゆきとは違う安心感がある。
「私の人生のヒロインになって欲しい」
「恋してんなあ。眩しいなおい」
ひーちゃんに肩をゆらされ、ふらふらする。
これも楽しい。ひーちゃんはいつも私の先を行くすごい大人だ。
明日からの自分に期待してしまう。
臆病な私に幸あれ。
そう、願っている。
「早く宮下さんに会いたい」
早く来週になればいいのに。
早く夏休みが終わればいいのに。




