第11話
視線が気になる。
いつもより深く、離してくれないその目線。
逸らしても逸らしても、突き刺さる視線。
まだ何も聞かれてないのに。
苦しい。呼吸の仕方を忘れた。
彼女の言葉を聞くまでは――
「ねえ、人って思い込みなんだって」
視線が痛い。
小野寺雪の視線だけで私は心の中を全て見透かされたように感じる。
それなのに、彼女は笑っていた。
まるでこの状況を楽しんでいるように 、余裕の笑みを浮かべている。
彼女とは高校生になってからすぐに出会って友達になった。
コスメや曲のジャンル、ファッション、ほとんど同じ趣味をしていて仲良くなるのは一瞬だった。
お互いの悩みやバイト先、恋人の悩み、愚痴をよく言い合っていた。
彼女はよく美咲って名前を口にしていた。
どんな人なのか度々気になっていた。
2年生になってから雪とはクラスが離れたけど、同じような趣味をした人達と新しいグループができた。
クラス替えをした春、名簿に目を通した時聞き覚えのある名前があった。
鷹野 美咲。
この人が雪の日常を構成してる人。
あの日偶然会えた彼女を見た瞬間感じた。
この人と仲良くなりたい、友達になりたい。
仲良くなれば3人で遊べるかもしれないと少し期待していたが、彼女が放つ雰囲気はとても近づくことを許してくれなかった。
仲良くなることは難しいかもしれない。
だけど、気になってしまう。
彼女はどんな趣味をしているのだろうか?
普段何をしているのだろうか。
バイトはしているのか。
付き合ってる人はいるのか。
気づかれない程度に観察をしていた。
彼女は色んな人に好かれる。
誰にでも優しいし、接しやすい。
上品でお淑やか。
だけど、彼女は自分のことを話さない。
近いところにいるのに、触れるぐらい近いのに、すごく遠く感じる。
でも雪から聞く彼女は私が見てる彼女とは違う。
感情豊かで口が悪く、テンションが高い、わがままで気分屋。
どれも見たことない、私の知らない鷹野さん。
ただのクラスメイトと幼馴染で親友では関係性が違う。
関係性が違えば見えるものも感じるものも変わる。
私はいつからか、クラスメイトとして見るだけじゃ物足りなくなった。
知りたい。口が悪い大雑把な鷹野さん。
「そんなに見ても私はみさきになれないよ」
雪の一言で現実に引き戻された。
彼女は今日私の家に遊びに来ていた。
いつもなら何も考えずに楽しんでいたが、何故か落ち着かない。
「考えてることあててあげよっか」
机に伏せていた顔が勢いよく起き上がった。
考えてることなんてない。そう言いたい。
私は逃げるように目を逸らした。
「大丈夫かも。」
「いいって、遠慮しなーいの」
あまり気が乗らない。
おそらく考えてることが顔に出ているのだろう。
彼女は楽しそうだった。
「まあ、どうせみさきのこと考えてるんでしょ」
「悪かったわね」
「あら、珍しい認めるなんて」
認める予定はなかった。けれど否定する言い訳も見つからない。
彼女からには隠し事が通用しない。
「教えてあげよっかそれ」
「なにを?」
「なんでみさきのことばっか考えてしまうのか」
彼女の提案に困惑する。
答えのない答えを探すつもりはない。
「変なこと言わないでいいから」
「えー、面白いと思うんだけどね」
彼女の面白いはきっと私にとって面白くないことだ。
彼女は性格があまり宜しくない。
人の不幸は蜜の味。
彼女に似合う言葉だ。
絶対敵に回したくない人。
友達で良かったと心底思う。
「そんなことよりなにそれ」
私は雪の持っていたアルバムを指した。
なぜアルバムを持ってきたのも、なんのためのアルバムかも誰のアルバムかも分からない。
一体なんの意図があるのか。
「これ見せるからさ、ひとつ言うこと聞いてよ」
「いやだし、大体なんのアルバムよ」
「これね、あたしとみさきのアルバム」
「……先に聞いて欲しいことだけ聞いとく」
気になる。
私の知らない鷹野さんがこんなにも近くにある。
多少の犠牲は仕方ない。
聞くだけならタダだから、できそうにないことは断ればいい。
また今度お願いするか、家に行った時に勝手に探せばいい。
「難しそうな顔しないーの、簡単よ」
「はあ、、なによ」
「元カノちゃんとの話聞かせてよ」
「……大体は教えた気するけど」
思ってたお願い事とは違って、過去に何度も話してることだった。
もっとこう、無茶ぶりをしてくるのだと思っていた。
「じゃ私がいまから聞くこと教えてよ」
「まあそれならいいけど」
教えるぐらい大したことじゃない。
だって、何もしてないから。
いい思い出もなければ悪い思い出もない。
感情移入しすぎた。ただそれだけの事。
「何から聞こうかな、じゃ、元カノの好きなところは何でしたか」
「……好きだったところ、、かわいい?」
「顔かよ」
好きだったところが思い出せない。
そもそも好きになったから付き合った訳じゃない。
顔はいい。それだけは憶えてる。
「次!一番楽しかった思い出!」
「思い出……映画観に行ったこと?」
「それ絶対映画が面白かっただけでしょ」
否定できない。
私の好きな映画を観に行ったから、映画の記憶がほとんどなのは仕方ない。
「なんで付き合ったの?」
「告白…されたから…」
「それだけ?」
たしかに、告白はされた。
泣きながら付き合いたいとお願いされた。
困った私は断る勇気がなかった。
「じゃなんで別れた時悲しかったの?」
「振られたから…」
「好きじゃないのに?」
「……好きにはなろうとした、ちゃんと彼女のためにできることを考えたし」
「それ好きって思い込んだからでしょ」
図星だ。
好きになった訳じゃない。
私は付き合ってるから好きにならないといけないって自分に言い聞かせた。
彼女の求めてる私じゃないと行けない。
その結果がまるでテンプレのようなデートが続き、彼女のやりたいことを優先した。
彼女は私を見てくれていたのに。
私は彼女を付き合ってる人としか見れていなかったことに気付かされた。
振られた日泣いてたのは悲しかったからじゃない。
自分の不甲斐ない姿に落ち込んだ。
出会い方が違えばもう少しまともに彼女を見れたのかもしれないなんて幻想をしていた。
「人は思い込みで生きてる」
「ちゃんと順調に付き合えてるって思い込んでた…」
「違う。いや、違わないけど違う」
雪を見ると彼女は苦そうな表情をしていた。
言葉を選んでいるのか。
それとも、私のことを叱ろうとしているのか。
「自分の気持ちを思い込むな、素直に受け止めろ」
重い。
言葉が深く、重く体を蝕む。
消化できない言葉が残り続ける。
理解できない、できそうにない、したくない。
「自分の感情に嘘をつくな、背を向けるな。」
追い討ちをかけられたように言葉が刺さる。
「できるなら…そうしてるよ」
「美咲は少なくとも、友達を見捨てることはない。七瀬が美咲を必要とする限りね」
「なんで鷹野さん?」
「未来の自分に聞くんだな」
雪は時々人を突き放す。
優しいのか厳しいのか。
「そういえば待って」
「次はなに」
「私鷹野さんに恋人いるって誰にも言ってないって過去言ったかも」
「私人じゃないって思われてる?」
「私のために黙っといてね」
彼女は無言でアルバムをめくり始めた。
私は約束通り、知らない鷹野さんを見せてもらう。
「あげないからな」
「何を?」
「このアルバム」
「え?」
貰うつもりはないけど、たしかにほしい。
フリのように聞こえるが、恐らく本気でくれないだろう。
雪のことが脳内なら離れない。
鎖のように私の思考に絡みつく。
なぜ別れたはずの元カノの話をしたのか。
もうただの他人の話をするのは、少し心が痛む。
もう少し彼女のことを見ればよかった。
今更後悔しても仕方ない。
いつかは好きな人が出来ればいい。
今度はちゃんと……
未来の自分に託すしかない。




