表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
第二章『波紋に歪む理』
46/46

極ケラIF『極赤色彩のルベウスライン』(前編)

※先日4/25は主人公レティシア・パレットのお誕生日でした!(イリスは10/4、サンドラは8/13)

※レティシア生誕祭企画!『極ケラ』本編の平行世界線のお話、その前編となっております。

(遅刻してごめん、レティシア!遅刻してごめんなさい、皆様……!)

※どの時点での分岐かは《後編》の後書きで記しますが、第一章をお読みであれば十分楽しめるかと思います!

第二章6話まで読了済みの方にはかける言葉はございません!!存分にお楽しみくださいっ!

※「きょくせきしきさいのルベウスライン」と読みます。因みに『極相』は「きょくそう」と読みます。

※《後編》は書き上げ次第投稿します。

(あと半分くらいなので、今週中には更新できるかな……?したいな……?)


※以上、ご了承の上、お楽しみください。






 ただ、生きていただけだった。



 父に見送られ、兄と会話し、友と遊び、健やかに寝る。そんな、何不自由ない幸せな人生。


 欲するものも何もなく、常に満ち足りていた。

 けれど、強いて言うなら一つだけ――変わらない日常がいつまでも続くことをずっと願っていたし、信じてもいた。


 心の赴くままに楽しいことを考えて、皆とただ健康に生きられればいい。

 

 それだけで良かった。それ以外、要らなかった。



「ぅあァァァァァァァァっっ!!!」




 ――それなのに、どうして、こうなっちゃったんだろう。




 ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー




「……ふぁ」


 微睡みに生じた「意識」を手繰り寄せ、あくびを契機にゆっくりと身体を起こす。

 窓から差し込む日差しはまだ淡く、普段活気づいているこの施設も今は静寂に包まれている。


「……なーんてね」


 ちょっと難しく考えてみたけど、なんだか様になってそうな気がする! 誰にも言わないけど、自分で褒めちゃうもんねー。すごいよ、私!


 とと、そんなこと考えてる時間は無いんだった。

 思い直し、テキパキと身支度を進める。あ、このヘアピン可愛い。ちょっと試してみようかな。


「……今日の私、冴えてるかも」


 ビビビッときた直感に従い黒い短髪を整えて鏡を見ると、そこには花も恥じらう可愛い女の子がいた。


 くりりとした黒い目に、見てるこっちも口角が上がっていっちゃう満面の笑み、ピンクと水色の寝間着姿にもそれなりに自信があり、仕上げに左前髪に留めた桃色のヘアピンを確認し、先程の直感の正確さを確信する。


 これが今日の私――レティシア・パレットだ。


「――ってちがーうっ!!」


 まだ寝間着! 私服に着替えるのが先決っ!!

 クローゼットを開いてふと目に映ったヘアピンに心を奪われちゃってる場合じゃないの! 

「待ち合わせ」に間に合わせなきゃなんだから、優先順位をしっかり守らなきゃ!


「テキパキと……うん、テキパキとだよ……私……!」


 信用ならない自分にそう言い聞かせて、服選び服選び!

 色ごとに整理してるから、いつもはその日の気分に合わせて何となく選んでるんだけど……。


「確か……これと、これと、これ……あ、これ可愛い! じゃあこれも。そしてこれとこれ………………うん、今日はこれにしようっ」


 今日はお淑やかで可愛らしいので行きたいから、十着ほどあるお気に入りの服の中から選ぶことにした。

 第十七回レティシア投票を勝ち抜いたのは、探してる途中で見つけた紫のブラウスと、膝を少し覆い隠すぐらいのピンク色のスカート。それと黒の短い靴下。


 テキパキと着替え、仕上げに親友が似合うと太鼓判を押してくれた白リボンを胸元で結んで、似合っているかの最終確認も無事に終わり、腰に手をやり大きく胸を張る審査員の得意げな表情も見納めたところで、昨日内容物を準備しておいた水色のポーチを肩にかけて、部屋を出る。


 いつ見ても綺麗な廊下、小さい子供でも危なくないように設計された階段、掃除の行き届いた通路を音を立てないように気をつけながら進み――、



「おはよう、レティシア」


「あ、おはよう! お父様」


 リビングに入ったと同時、丁度休憩していたのか、椅子に座りエプロンをかけた青髪――お父様と鉢合わせした。


 いつも、こんなに朝早くからお父様は私たちの料理を作ってくれてる。そのことに感謝しながら、込み上げてくるワクワクを少し押さえ付けて、ゆっくりと椅子に座った。


「今日はあの子と遊ぶのでしたね。食事は…………聞くまでもないようですね」


「うん! 今日は何を作ってくれたの?」


「目玉焼きと野菜炒め、市販のパンです。それとは別に、あなたの好きなイチゴもありますよ」


「わぁぁ!! お父様の料理、私大好き!」


 と、勢いよく抱き着く私の言葉に苦笑しつつも、お父様は料理を乗せたお皿を一つずつ机の上に持ってきてくれた。


「準備、してくれてたんだよね? ありがとう!」


「これも父の務めです。あとは、そうですね……あなたの喜ぶ顔が見たかった、からでしょうか。ともあれ、この程度で礼は不要です」


「えへへ……なら、私もお父様の笑う顔がもっと見たいからもっとありがとうって言うね」


「ただの日常ですね」


 またふっと笑ってくれ、腕を離して席に座ると、そのままお父様も対面に腰を下ろした。

 目元を細めて私が食べるのを見守っているお父様は、私が「彼女」と遊ぶ時にはいつも、こうして一人で食べるのを防いでくれる。料理も最高に美味しいし、こっちが心配しちゃうくらい子供想い。

 そんなお父様に拾われたのは、間違いなく私の人生最大の幸運だと思う。


「ゆっくり食べなさいといつも言っているでしょう。食事は逃げませんし、私もここにいますから」


「……ん。熱とお父様の愛情は逃げるもん! アツアツの内に食べたいの!」


「…………」


 ――なんてことを思いながら無我夢中で野菜炒めを味わっていると、眉を下げたお父様に小言を挟まれちゃった。でも、伝えた通り、私としては出来立てほやほやを食べたい! だからこれはお父様相手でも曲げられないの!


「んーー!! おいっっひぃ!!」


「それは良かったです」


 無色の目を細めて再び柔和に微笑むお父様に、私も微笑み返す。


 口に運ぶ幸福の味を噛み締めながら、大好きなお父様との朝を満喫して――。



 □ ■ □



「ごちそうさまでしたっ!」


「お粗末さまでした」


 食と料理人への感謝を込めて、手を合わせてご挨拶。ほんっっっとうに美味しかったっ!! 幸せ〜……!


「相変わらず綺麗に食べますね」


「私がすごいんじゃなくて、私の舌を好き勝手に喜ばせるお父様がすごいのっ!」


「であれば、シャルミも野菜を残さないはずでは?」


「う……そ、それは、野菜が悪いの! お父様はもう精一杯頑張ってます!」


 シャルミちゃん――年下のシュヴェルナくんとよく喧嘩してる、お花が好きなしっかり者の女の子の野菜嫌いを反例として使われ、私も全力で反論する。

 身振り手振りを余すことなく活用した私に何故かお父様の口元が綻んで――、


「はは、そうですか。――では、楽しんで」


「うんっ、いってきます! お父様」


「えぇ、気を付けて。レティシア」


 小さく手を振るお父様に、全身を使って手を振る。

 いつもありがとね、お父様!


「お父様、大好きだよっ!」


「ふ、私の愛に勝てますか?」


「むぅ、好きって勝ち負けじゃないと思いますっ」


「――そうですね。意地が悪い返しでした」


「はい。ちゃんと反省して、私の好きを受け取ってくださいねっ」


「私があなたの気持ちを蔑ろにした事がこれまでにありましたか?」


「んーん! 一回もなかったよ!」


「分かっているならよろしい。では、気をつけて」


「はーいっ! 夕方には帰ってくるからっ!」




「さて、と」


 お父様に半日分の別れを告げた後、リビングを出て、再び通路を歩いて玄関に辿り着く。


 去年お父様からお誕生日プレゼントで貰った水色の靴を履いて、茶色の扉を開けて――緑豊かな庭へと足を踏み出した。


「あ」


 と、視界の右側、汗を流しながら一心不乱に真剣を振り下ろす金髪のお兄さんが目に映った。

 騎士団の制服を着た、顔も性格もカッコよくて優しい非の打ち所のない自慢の兄さん――ミハエル兄さんだ。


 稽古に勤しむ兄さんは、私の思わず漏れ出た声に気付いたのか、弾かれるようにこちらを振り返った。



「お、レティシアか。おはよう! 今日はどこに行くんだ?」


「ミハエル兄さん、おはよう! えーっとね、サラと遊びに行くんだ!」


「おお、サラさんか! ……そういえば、今日非番だったな」


「一か月前から申請してくれてたんだって! 私も一か月前から楽しみにしてたの!」


「はは、通りでここ最近ソワソワしていたわけだ!」


「えへへっ。兄さんはお仕事?」


「あぁ。と言っても、鍛錬と王都巡視ぐらいだけどね。ほら、ここ二十年、大きな事件は起きてないだろ?」


「……兄さん、私十六歳」


「ははっ、じゃあここ十年に言い変えようか」


「あははっ、そうだね」


 ミハエル兄さんの言う通り、私たちの住むソランデュー王国ではここ最近目立った事件はほとんど起きていない。国民が胸を痛めた事件はそれこそ十年近く前の、フラリッテ王女様のお父様がお隠れになったことくらい。


 あの時は壇上で気丈に振る舞おうとしてでも身体が震えちゃって沢山泣き喚く王女様に、皆で同じく泣きながら寄り添ったんだっけ。今でこそ前向きな元の王女様に戻ってるけど、悲しみはずっと変わらないんだろうなと、お父様を思い浮かべつつそう思う。


「それに、戦争も長いこと停滞しているんだ。騎士の仕事は少ないに越したことはない。ははっ、フォレオス国王陛下様々だよ」


「だね……! おかげで私もこうして兄さんと楽しくお話できるし!」


「それはこっちのセリフだよ! まったく、この可愛い妹は……」


「えへへっ」


 ふっと笑う兄さんに、私もにこやかな笑みを咲かせて照れ隠し。

 剣を仕舞って大きく手を広げるミハエル兄さんの懐に飛び込み、ぎゅーっと抱き締める。兄さんの大きな手の平が、優しく抱き留めてくれた。



 そうしてひとしきり兄さんの好きを受け取って、私の好きを伝えたところで、どちらからともなく――正しく阿吽の呼吸でっ! 手を離した。 


「今日は早いんだろう? 引き止めて悪かった」


「そんなこと言わないでよ、兄さん! 遠征が少なくても、私が起きる前にはお仕事に行っちゃうんだから、こうして話せてすごい嬉しいんだよ?」


「ははっ、俺もだよ。じゃあ、サラさんによろしく伝えてくれ!」 


「うんっ――兄さん、大好きっ!」


「俺も、愛しているよ、レティシア」


 お決まりの、でも偽りひとつない文句を兄さんと交わして、私は重厚な門を押してくぐった。



 □ ■ □



「お待たせ、サラ! ――わぁーーっ!! 今日もすっごく可愛いねっ! 流石サラって感じっ!!」


「あ、レティーおっはよ〜! にっへへ〜、そーゆーレティーこそ、服装の節々からアタシへの愛が伝わってくるよ〜っ」


 満面の笑みを咲かせて、待ち合わせ場所に着いた私にそう返すのは、壁に寄りかかって手鏡を覗き込んでいた薄桃色の目の女の子――サラだ。


「えへへっ……お淑やかで可愛いのを選んでたら自然とこうなってたんだよね」


「ふむふむ……ということは、レティーは意識しなくてもアタシを常に思い浮かべてるってことかな〜?」


「ふふっ、そういうサラこそ、私と出会う前まではそのケープ、ホコリ被ってたんでしょ? 私のこと好きすぎじゃない?」


「あははっ! それもそっか!」


 軽口に軽口で返した返答に朗らかに笑うサラの今日の髪型は、いつもの編まずにそのまま後ろで一つに束ねたポニーテールじゃなくて、橙色のリボンで薄桃の長髪を結んだツインテールみたい。そのリボンから先がさらりと下に流れてて、髪のサラサラ具合が触らなくても分かっちゃう。……あ、ダジャレじゃないよ?


 袖のない桃色のインナーがサラっぽくて、白い肩を覆い隠す黒色のケープとそれを留めるピンクのリボンはサラのお気に入りだし、丈が短い黄緑のスカートもサラにすごい似合ってる……!

 右腕には赤のブレスレットをつけててオシャレだし、示し合わせた訳じゃないのにお揃いの水色のポーチがすっごく嬉しくて、ちょっと大きい茶色の靴も細身を引き立てててバッチリ!


「そう。今日もサラは、『紅光』の名に恥じない輝きっぷりなのでした……」


「そして今日も今日とてレティーのアホ毛は生き物のようにぴょんぴょんって揺れていましたとさっ」


「揺れてないもんっ! ……揺れてないよね?」


 段々と語気が弱まっていった私にからかいの笑顔を浮かべるサラ――サンドラ・ミリエスタは、誰もが羨む騎士様。史上最年少で入団し、今では『紅光』という異名を欲しいままにしてて、副団長の次の位である分隊長を任じられている本当にすごい人なの!


 普通の女の子である私とは本来交わることの無いご身分。でも、二年前に道端で疲れきった様子の女の子に声をかけた瞬間、私たちの人生は交錯した。

 飲まず食わずでずっと誰かの飼い猫を探していたサラを家に招いて以来、サラとはお仕事がお休みの日に月一回くらいの頻度で遊ぶ仲になったの!

 私は親友と思ってるから、サラもそう思ってくてれると嬉しいな。


「冗談冗談。アホ毛、レティーっぽくて可愛いよっ!」


「むぅ……ちょっと、それどういう意味? いくらサラでも、言っていいことと良くないことがあるよ?」


「本心だし、褒め言葉だよ! そのヘアピンも、すんごい似合ってるっ! そのリボンも、付けてくれて嬉しいし、ずっと見てたいくらい」


「ふーん? なら、ずっと見てたらいいんじゃない?」


「それ天才っ! じゃあじゃあ、レティーも今日のアタシをその目にしかと焼き付けてよねっ」




「――ぷふっ」「えへへっ」


 そんなくだらないやり取りを交わすだけで、私の心は満たされる。一緒にいるだけでほっぺたが痛くなっちゃうくらいなの。

 あぁ、やっぱりサラは私の大切な親友だ。


「……じゃあ、行こっか」


「うん!」


 どちらからともなく手を繋ぎ、すごい数の人が行き来する大通りをサラと歩く。


「ねぇ、サラ。今日はどこに行って遊ぶ?」


「にっへへ〜、アタシとしてはレティーとこうしてお散歩してるだけで大満足なんだけどー」


 そこで切って、手を離したサラは私の前にたったっと出て、後ろ手にはにかんだ。


「今陛下がハーミアー広場の近くで演説やってるんだって! せっかくだし見に行かない?」


「いいね! 思えば、噴水最後に見たの二年前かも」


「よし決まりっ! じゃ、しばらくはのんびりお散歩を満喫しちゃお〜っ」


「おーっ!」


 勢いよく真白の右腕を突き上げるサラに合わせて、私も自分の握りこぶしを思いっきり天に向ける。


 再び手を繋ぎ直してから、私たちは王都ソファラ地区――今いる中央区の左上に位置する観光地へと向かった。




 ――そしてその道中、とにかく遊びまくったの!


「おっはよ〜ございま〜すっ! 焼き鳥二本ください!」


「おはよう、『紅光』さん。……あいよ。焼き鳥串、二本だ」


「わーい! ありがとっ!」


「おう。……そんで、ほい。そっちのお嬢さんの分も」


「え、私……?」


 屋台のおじさんに差し出されたカップ――その中にある二本の焼き鳥串に、私はつい目を丸くしてしまう。

 二本って、サラと半分こするって意味じゃないの? 


「お代は結構。ちょっとした気持ちだ。いつもありがとな」


「もー、あれはアタシがしたくてしてる事だから気にしなくていいのにぃ……! あんたは奥さんとお腹の子供と焼き鳥の事だけを考えてればいーのっ!」


「その奥さんきっての頼みなんだよ。俺たちだけじゃない――『紅光』さんにゃ、王都の住民全員が世話んなってる。ご友人にオマケしたくなる俺たちの気持ちも、少しは汲んでくれ」


「……うん。そこまで言われちゃったら仕方ないね。レティー、お言葉に甘えて受け取ってあげてっ?」


 もう一度、店主さんが持っているコップの中身を見る。

 …………そうだね。


「分かった。……店主さん、ありがとうっ!! 美味しく食べるねっ」


「おう、そうしてくれると店主冥利に尽きるってもんだ。じゃあな、『紅光』さんに黒髪のお嬢ちゃん。いい休日になるといいな」


「なるといいじゃなくて、するんだよっ! ね、レティー!」


「……うんっ! 今日も私たちで、最高の一日にしようねっ!!」


 にひひと笑うサラと顔を合わせ、私も心が望むままの表情をさらけ出す。


 その様子を和やかな表情で見守ってくれていた店主さんに手を振り、再び街路に繰り出した。




「ん? ……おぉ、こんなとこで会うたぁ奇遇だな!」


「げ……ニック…………」

「本当に奇遇だね、ニックさん!」


 誰にでも笑顔を振りまくサラが露骨に嫌な顔をする金髪の騎士様――ニックさんが機嫌良さそうに話しかけてくれた。


 何を隠そう、「げ、とは何だげ、とは」とサラの反応に抗議中のニックさんは、サラと同郷にして王国騎士団副団長という凄い方なのであります。


「あのさ、今レティーとデートしてんの。見れば分かるでしょ? 邪魔しないで」


「デート……? お前、言葉の意味分かってて言ってんのか?」


「ったり前じゃん。ただ遊んでるって言うよりも、こっちの方が特別感出ていいでしょっ?」


「そうかー? ……あー、それより、お前らソファラ地区に用があんのかよ」


「ちょ、何で流すわけっ!?」

「うんっ! 陛下の演説を聞きに行ったり、久しぶりに噴水を見に行ったりするのっ!」


 ニックさんと私が朗らかに会話している傍ら、サラはぐぬぬって納得のいってない感じだった。


「おお、いいじゃねぇか! 噴水っつったらあれか、二年前一緒に見に行ったよな」


「あーーー何も聞こえないアタシとレティーの綺麗な思い出を汚さないでっ」


「そこまで言うか!?」


 サラのあまりの暴言にニックさんの声が裏返る。

 ――うん。これはさすがにニックさんが可哀想。


「こう言ってるけど、サラは今もニックさんから貰ったウサギのぬいぐるみと一緒に寝「てない寝てない、寝てないからっ!! れ、レティーあんたはどっちの味方なの!?!?」」


「ふふっ、私は二人の味方だよっ」


 そう言って微笑むと、サラは不承不承といった様子で黙っちゃった。


 ――サラが一方的にいがんでるけど、実はこの二人、息ピッタリなんだよね。

 サラもこうして不貞腐れてるけど、ただ素直になれないだけなんだって、私知ってるんだ。

 あ、それか反抗期? っていうのなのかも?


「それで、何の話だったか――あぁ、演説聞きに行くんだったな。なら、朗報だ。今回も護衛としてレティシア、お前の兄ちゃん――ヴァインさんがついてるぜ」


「本当っ!? 教えてくれてありがとっ!!」


「気にすんな。俺も、団長補佐の事は尊敬してる。今すぐにでも副団長の座を譲りたいくらいだぜ」


「……それはパレット一族の寡占に繋がるから辞退したって話じゃなかった?」


「うぐ……お前、今日は一段とトゲあるな」


「そりゃ、アタシたちの楽しい楽しいデートが現在進行形で邪魔されてんだからねー」


 ありゃりゃ。そろそろサラが限界みたい。


「ごめん、ニックさん。そろそろ行くね」


「おう、レティシア! 思う存分楽しんでこいよ、お前ら!」


「………………ん」


 サラの返答は、私の耳にしか届かなかった。



 □ ■ □



「来ました来ましたーーっ、ソファラ地区っ!!」

「来たね来たねっ、ソファラ地区っ!!」


 サラの発言に便乗し、私もなりふり構わずはしゃいでみる。


 王都で一二を争う観光地として知られてるソファラ地区の街並みは、流石って言うべきか色鮮やかで、私たちみたいにウキウキしてる人達で賑わっている。

 レンガ造りの家々が立ち並ぶ中、私はサラと手を繋いで歩いていた。



「――レティー。大事なお話があります」


「え? いきなりどうしたの…………?」


 と、その矢先にサラがそんなことを言い出した。

 真面目な顔でじーっと見詰められ、思わず息を飲む。


「――お腹すいたから何か食べない?」


「……うんっ! 食べよ!!」


 ――けどそこはやっぱりいつものサラで、全然深刻な内容じゃなかった。

 分かってはいたけど構えちゃってたから、ちょっとびっくりしちゃった。


「あ、あそこのお店美味しそうじゃない!? 帝国料理が食べれて、しかもトーマネリ牛もあるんだって!!」


「トーマネリ牛!? そ、そんな高いの買えないよぉ……」


 声から逸る気持ちが滲み出ているサラが話題に挙げたトーマネリ牛。

 西のランゴルマージ帝国最高級のお肉で、とてもじゃないけどお父様に養われてる身の私には手が付けられない代物なの。


「大丈夫大丈夫っ! ちょーど昨日が給料日だったから、今日はアタシの奢り! 好きなだけ食べてくれたまえ」


「奢りって……サラ、私何も返せないよ?」


「返さなくていーの! アタシがレティーとトーマネリ牛を食べたいってワガママなんだからっ!」


 サラはそう言ってくれるけど……そうはいっても、値段が値段だし……。


「それに、こうして遊べるのも月一ぐらいじゃん? 我慢なんてしないで、今楽しめる最大限をめいっぱい楽しんじゃいたいっていうのがアタシの哲学なんだよね〜っ」


「…………はぁ、分かりました。その代わり、次は私が奢るから」


「やったぁ!! にっへへ〜、来月の楽しみが一つ増えたねっ!」


「まったくもう…………サラったら」


 無邪気に笑うサラに肩を竦め、やっぱり私も笑っちゃう。

 そうして人生で最初で最後になるだろうトーマネリ牛を堪能するのだった。



 □ ■ □



 お腹を絶品で満たし、再び仲良く道を歩いていると――、


「――そして愚者は地に落ちてしまう。でも、それでも残った身体を余すことなく酷使して太陽へと追いすがるんだ! そもそも太陽という決して触れられないものに命を賭して接近しようとするのが愚者のすご「フォレ君、そのくらいで……」あぁすまない。この話になるとつい熱が入ってしまって」


「あ! 多分あれだよあれっ!」


 聞こえてきた声にサラが大興奮。


 その指差す方に目を向けると、遠く、ハーミアー噴水広場の入口付近で、黒に近い赤髪の男の方と、橙色の長髪の女の方と、見慣れた青髪の団長補佐が民衆の前で立っていた。


「わーーっ!! 陛下だ! 王妃様だ!! ヴァインさんもいる!!」


 最高潮の盛り上がりを見せるサラが言うように、あの三人はそれぞれフォレオス・ソランデュー国王陛下、ミネア・ソランデュー王妃殿下、ヴァイン・パレット団長補佐その人だった。


「まだまだ話し足りないが、次の質問もある。申し訳ないがこの辺りにさせてくれ。――いや待てよ? 君さえよければ、今度『愚者と灼光』について思う存分語り合う場を設けようと思うんだが「フォレ君、それは後で打ち合わせしましょう」とと、そうだねミネア。この件については後日沙汰を出す。興味のある者は是非、参加してみて欲しい」


 誰もが知る王様の愛読書『愚者と灼光』の話題で饒舌に話してた王様だったけど、王妃様の助言で結びに入った。


 その瞬間、私たちに気付いたのか、王妃様がお淑やかに手を振ってくれた。


「〜〜〜っ!?!? …………レティー。アタシ今……!」


「うん、サラ……王妃様に、手を……!!」


「「きゃーーーーっ!!」」


 言葉じゃ言い尽くせない感動に、どちらからともなく抱き着く。


「どうしようレティーっ、アタシ、え、どーしよ〜っ!!」


「えっと、こういうときは、えっと、あ、そう! 思いっきり笑えばいいんじゃないかな!」


「そ、そうだね、うん、笑、笑う? 笑うって、こーゆーのであってる?」


「合ってる合ってる! ふふっ、良かったね、サラ!」


「うんっ! そうだ、後でニックのやつに自慢してやろーっと」


 そこで自慢する対象に真っ先に上がってくるあたり、やっぱりサラはニックのことを憎からず思ってるみたい。



「そういえば、最近の王様、演説しなくなったよね。今の王様も好きだけど、演説してる時のカッコイイ王様も好きなんだけどなぁ」


「分かるっ! でもね、レティー。アイツが言うには、王様は今は演説よりも対面で行う質疑応答の方が需要があるって考えてるらしいよ。安心させたり、不信感を取り除いたり、信じてもらうための演説はもう必要ないんだって」


「そっかぁ。昔がどうかは知らないけど、王様のこと嫌いな人なんていないもんねっ」


「そうそうっ、そうだよレティー! 国民を愛し愛される素敵な陛下に直接質問できる幸せって、多分ソランデューぐらいでしか味わえないんじゃないかな?」


「確かにっ!」





「それにしても、あの時はびっくりしちゃったよ〜。まさか、あんたのお父さんが団長だったなんてっ!」


「えへへっ、凄いでしょ、私のお父様」


「うんっ! アタシの憧れでもあるんだ〜っ――それに引き換え、ニックのやつは……」


 満面の笑顔から一変、不機嫌になっちゃったサラは、「騎士なのに酒飲みって、マジで何考えてんの?」とか「てゆーかもう子供じゃないっての」とか、ぶつぶつ愚痴を言い始めちゃった。


 誰にでも優しいサラが唯一キツくあたってるニックさん。だけど、さっきもそうだったけど、サラもきっと嫌いって訳じゃないの。

 シュヴェルナくんとシャルミちゃんみたいに、仲が良いからこそ、相手の良くない所が目立って見えちゃうって感じなのかな?


「まぁまぁ。お酒飲んでても普段が適当でも仕事はちゃんとやってるんだし、いいんじゃない?」


「――やっぱレティーは優しいね」


「サラには負けるよ」



「えへへっ」「あははっ!」



 でも、やっぱり最後は笑い合うの。

 どんなに気分が落ち込んちゃっても、イライラしちゃっても、嫌な気持ちでは終わらせない。

 それがサラだし、それが私。

 そこが違えられたことは、今まで一度もない。



「――あ! サンドラちゃーん!」

「おいメーバル、馴れ馴れしすぎるぞ……」

「め、め、女神様っ!?!?!?!? お、御身がどうしてここに!?!?」


 と、サラのお花が咲いたような笑顔を目に焼き付けていると、どこからか賑やかな声が聞こえてきた。


 声の持ち主はお調子者のメーバルさんと、お目付け役のヴィーダムさん、そしてサラを信仰してるリノさん。


 私たちの顔馴染みの騎士様で、団長補佐としてお父様を助けてるヴァイン兄さん直属の部下十二人の内の三人なんだ。


「あ、おはよー! 今日は非番で、ご覧の通りレティーとデート中なんだ〜っ」


「もう、サラったら……。ただ遊んでるだけですよ」


「あぁっ! 西の皇帝も恥じらう女神様が天使様とお忍びデート……っ!! 理想郷は、ここにあったんですね……」


「おーい、リノー、戻ってこーい」

「ほんと、うちのバカ二人がすんませんほんと……」

「あ、ダム、お前今俺のことバカっていったなー?」

「事実だろう……」


 胸の前で手を組んでリノさんが祈りを捧げているそばで、薄い緑色の刈り上げを揺らしたメーバルさんが、腕を組んで目を瞑ってる禿頭のヴィーダムさんに突っかかってる。


「ふふっ」


 その安心感しかないやり取りに、思わず笑ってしまう。


「女神様っ! 私リノは、命を投じて応援していますからねっっ!!」


「いやー、命は抱えててほしいかなー」


「ぁ…………めがみさまの、いちべつが、わたしに………………パパ、ママ、リノは……幸せで、した…………」


「いやだから死ぬなって」

「鼻血まで垂らして……ほんと、うちのアホがすんませんマジで」


「あはは…………」


 平常運転のリノさんだけど、流石のサラも苦笑い。


 私も何回かこうした場面に遭遇してるんだけど、リノさんのサラ大好きっぷりはいつもブレない。

 三か月前なんて、サラに声をかけられただけで『は、はひ………………』という鳴き声を最後に意識を手放したくらい。


 ちゃんとお話したことはないけど、サラのことが大好きな私としては大変好感度が高いのです!


「ところで、三人はどうしてここに? 普通に勤務中でしょ?」


「周辺警備ですよ、サンドラちゃん。治安良好とはいえ陛下の街頭演説なんですから、ヴァインさんの部下である俺たちもこうして巡回「おいバル女神様の名前を軽々しく呼ぶんじゃないそれは天使様の特権だ女神様はにこやかに流してくださるだろうが私は見逃さない主は私の清らかな信仰心に沙汰を委ねてくださっているだけでお前の軽率な言動に心を痛めていない訳では無いそこを履き違えるなそして神は寛大な心で以て貴様の不敬をお許しになるだろうが貴様は二度も三度も同じ不敬を繰り返す常習犯である点を踏まえると出過ぎた真似とは百も承知だが女神様に代わって不肖このリノ・センゼルが誅を下さなければならない故に私はお前の両腕をもぎ取る」


「とか言ってるっすけど柔術で関節技キメられるだけなんで安心してくださいっす」


「…………お前のそのタフさだけは見習わなくてはな、メーバル」


 ……うん。こうして二人がじゃれ合ってるのをヴィーダムさんと観賞するのまでがいつもの流れ。

 メーバルさんとリノさん、いっつも喧嘩してるけど、やっぱりシャルミちゃんとシュヴェルナくんみたいに仲がいいからこその仲の悪さにしか見えないんだよね。


「ちょ、リノ、それ限界俺が、俺が悪かったからもうしないから!!」

「そう言ってお前が心を入れ替えた試しがあったか? 今日ここで、私がお前に裁きを下す。――見ていてくださいね、女神様!」

「はぁ。なぁリノー、それ、少しでもいいから俺にもってあだだだだ痛い痛い分かった分かったから戯言だから冗談だから!!」


 ほら。楽しそうっ。


「ともあれ、うちの問題児がご迷惑をおかけしました。後でちゃんと、言い聞かせておくんで」


「ううんっ、むしろ笑顔になっちゃった! 三人には今のままでいて欲しいな〜」


「私も。リノさんとは今度二人だけでお話してみたいし、メーバルさんは見てるだけで嫌なこと忘れちゃうし、ヴィーダムさんは……二人の面倒見るの大変そうだけど、嫌じゃないんでしょ?」


「………………はぁ」


 私の問いに、筋肉質なヴィーダムさんはやれやれとため息。

 その大きな「はぁ」が何よりの答えだった。


「バカの手網は俺が握ります。お二人はこれからもお好きなように観賞してください」


「うんっ、そうさせてもらうね!」


「ヴィーダムさん、またね! 次もこうして一緒に観賞しよ!」


「はい。また後日」


 ヴィーダムさんは首を縦に振ると、いつの間にか腕相撲を始めていた仲良し騎士様たちの方へ向かっていった。


「バカども、そろそろやめないか……」


「あ! ダムが私の事バカって言った!」


「事実だろう……」


「おいダム、こいつと一緒にされるのは流石の俺も黙っちゃいないぜ?」


「お前はいい加減客観視を覚えろ……」


 後ろから聞こえるそんなやり取りにサラと笑顔を合わせつつ、私たちはその場を離れた。



 □ ■ □



 メーバルさんたちと別れた私たちは、まだ続いている王様の質疑応答からも少し離れて、広場の中、噴水の前で立ち尽くしていた。


「わぁぁ――! 綺麗……」


 太陽の光を反射して煌めく水飛沫!

 水溜まりを囲う質素だけどオシャレな石造り!

 そして勢いが一定じゃない、噴水の水が出るところ!

 この、強弱、高低が不規則なとこが、ハーミアー噴水広場がこんなにも愛されている理由の一つなの!


 浮きがあれば沈みがある。勢いのある時もあれば、その逆もある。まるで自由気ままに私たちを翻弄する天気みたい!

 ――なんて言ったら、サラに詩人みたいって笑われちゃうかな。


「久しぶりに見たけど壮観だね……! ――じゃ、座ろっか」


「うん!」


 一通り初見を楽しんだところで、サラの提案に頷き、噴水がよく見える場所のベンチに二人並んで腰掛ける。


『――たのは王国が三回滅ぶぐらいの賠償金の請求だった。戦争が終わっても国家資金が底を尽きれば意味が無いだろう? だから、終戦は見送ったまま、攻撃を止めたんだ。元々帝国側に王国と対峙する理由は無い。これまでの戦闘もかかる火の粉を振り払う形だった。故に、王国が沈黙すれば実質的な終戦状態に持ち込――』


 背後、王様の質疑応答の声が僅かに聞こえてくる。

 今は真面目なお話をしてるみたい。


「あ〜〜、たまにはこうして、ぼーっとするのも悪くないね〜」


「ねーっ。心が安らいでいくのを感じるよー……」


「それはいつもじゃない?」


「あははー、サラのからかいも子守唄みたいに聞こえるなー」


「そっちの安らぐ!?」

「くすっ」


 驚天動地してるサラの反応に堪え切れずにくすくすしちゃった。

 いつも良いようにされてる分、今日くらいはサラを手の上で転がしちゃうんだ! ――と思ってたんだけど、私には難しいみたい。

 からかってる最中もおかしくって、こんな感じで誤魔化しきれないくらい笑っちゃうから。


「……ぴょん」

「ぴゃっ!?」


 と、突然むくれ顔のサラが、私の可愛く曲がってるだろうアホ毛を人差し指で弾いた。

 頭の上でアホ毛ちゃんが楽しく踊っているのが感覚として伝わってくる。


「――って、もうっ、人の髪の毛で遊ばないのっ」


「にっへへ〜、レティーがアタシをからかおうなんて五分早いんだよ」


「思ったよりすぐだった!?」


 サラの軽口に今度は私が驚天動地しちゃって、我に返った時にはしたり顔のサラの綺麗な瞳が私をじーっと見つめていた。


「むぅ……いつか、絶対サラをからかい通してやるんだから……!」


「うんうん。アタシはいつまでも待ってるから。レティーの今後の成長に期待していまーすっ」


「絶対の絶対っ、絶対にサラをぎゃふんと言わせて――」

「レティー」


 ――瞬間、ふっと空気が静かになる。私の地団駄を踏む音も、先程とは別の内容っぽい王様の応答も清らかな水の音に溶け込んで、見えるのも聞こえるのもサラだけ。

 その、私をじーっと見て離さない薄桃色の「光」に身体が吸い込まれるような錯覚を覚えて――、



「――レティーはさ、騎士になるつもりは無い?」


「騎士……?」


「うん! そしたらアタシもレティーと毎日話せるし、嫌な事は全部アタシが代わってあげられるし、一緒に皆を助けて回れるなって思ってっ!」


 指を合わせてニカッて微笑むサラの提案が、思っていたのと違ってホッとした。

 だって、あんなに真剣な面持ちで切り出されたら、「実はアタシ……好きな人が」とか、「今日で、騎士辞めようと思うんだ」とかっ、もっと深刻な内容を想像しちゃうじゃん!! いや、この提案もちゃんと大事な内容なんだけどね!?


 ともあれ、そうした感じのじゃなくて心の底から安心した。



 ――サラの提案は正直嬉しい。

 私ともっと一緒にいたいって思ってくれてるのも、何の変哲もない一般人の私には分不相応な幸せだし、私もサラともっと一緒にいれるんだったら、それも良いかなって思う。


「――サラ。せっかくの提案だけど、遠慮するね」


 ――でも、私にはその手を取れない。

 きちんとサラの顔を見て、身体を向けて、そう伝えた。


「……そっか。何で、って聞いてもいい?」


「まず、戦いとか怖いなって。私、人に剣を向けられただけで倒れちゃいそう」


「納得の理由だね。なにせ、包丁も最初持つ手が面白いくらい震えてたもんね〜」


「そ、それはもういいでしょ!? 今はちゃんと使えてるんだからっ」


「もうっ!」と頬を膨らませてぷんすかぷんすか。私を怒らせた張本人は「ごめんごめん」と手を振って平謝り。

 絶対反省してない。でも、私は偉いので許してあげます。えっへん。


「それで次の理由だけど……それだとサラを私が独り占めしちゃいそうだから」


「えー? じゃんじゃんしちゃってよっ! むしろ嬉しいな〜っ」


「うん。ありがとね。でも、やっぱり良くないよ。だってサラは皆の光で、一人を照らす灯りじゃないから」


「…………」


「だから、今くらいの頻度が丁度いいと思うの! 一ヶ月に一回、サラがお休みの時に会うくらいが!」


「…………じゃあ、最後は……?」


「私、将来は美味しいお菓子を作る店主さんになって、素敵なお嫁さんになるのっ! だから、サラがそう誘ってくれるのは本当に嬉しいんだけど……頷けないの」


「……ふふーん? お嫁さんねぇ――じゃーあー……素敵なレティーちゃんはアタシがさらっちゃおうかな〜っ」


「……サラなら良いかも」


「へ?」


「だって、それならサラの光を邪魔しないで毎日一緒にお話できるでしょ? お嫁さんじゃなくなっちゃうけど、一緒に住むの、楽しそうだなぁ」


「…………」


 朝はサラにお料理作ってあげてお見送り。お昼はお掃除とかお料理とか洗濯とかして留守を守って、夜は皆を照らし終えたサラを私が独り占め……。

 きゃーーっ!! 想像しただけでワクワクしてくるよーっ!!


 それにしても、お泊まりとかしたこと無かったからそういう発想はなかったなぁ。やっぱサラはすごいや。


「……じゃあ、約束」


「約束?」


「アタシが騎士団長になって、レティーがお菓子屋の店主になったら、一つの家で一緒に住むのっ! どう、かな……?」


 ……顔を赤くしてるサラ、新鮮だなぁ。


 とと、まだお返事してなかった!


「うん……! 約束、だよっ!」


「…………っ! うんっ、アタシ絶っっ対騎士団長になってみせるからっ!! レティーも、諦めないで頑張ってねっ!!」


 サラの応援の言葉をしかと耳に刻んでから、私たちは約束の証としておでこをコツンとした。

 それからは、また他愛のない雑談に花を笑顔を咲かせた――。



 □ ■ □



「じゃ、アタシはニックのやつを探してくるから〜」


「うん。今日もありがとうっ! サラと一緒にいるの、ほんっっっとうに楽しかったよ!!」


「それはアタシのセリフ。――また遊ぼうねっ、レティー!」


「もちろんっ!」


 気付けば日も暮れ出し、お別れの時間になった。


 最高の半日を一緒に形作った最高の親友に大きく手を振って見送り、そのルンルンな足取りとご機嫌になびく黒のケープに頬が緩むのを自覚しながら、私も帰路につく。



「……それにしても、楽しかったなぁ」


 頬の緩みをそのままに、だんだんと通行人が少なくなっていく大通りを歩きながら、サラと過ごした楽しい時間の一つ一つに思いを馳せていた。


「ふふっ」


 こうして定期的にサラと遊べるなんて、私って世界で一番幸せかも。

 そうだ、今日のことをお父様やミハエル兄さんにも話してあげよっと! そして皆の楽しい話もたっっっくさん聞いて――、


「がァァァァァァァァッ!!」


「ひゃ!?」


 絶叫と地響きと共に鼓膜を突き破る轟音。瞬間、後ろから凄まじい突風に煽られ、吹き飛ばされそうになるのを必死に耐える。


「な、なに……!?」


 訳も分からず、風が吹いた方角――後ろを振り返る。




「――――ぇ?」


 なに、これ……。炎? 燃え、てる……?


 それに、あの方角ってさっきサラと別れた……。


「サラ――っ!!」


 気付いたら身体が動いていた。燃え盛る炎を目印に全速力でかけ出す。


 謎の爆音に逃げ惑う皆の波に逆行し、正面、もくもくと煙が立ち上る区間にそのまま突撃する。


「ぅ……」


 煙たい。袖で鼻を覆う。

 目が痛い。左目を瞑り、右目を薄く開いて前へ進む。

 ついさっき歩いた道。灰色の煙に包まれていて、更に所々瓦礫が散乱していて見る影もないその道を、ひたすらに慎重に走り抜ける。


 そうして疾走しているうちに視界が段々と晴れていく。その中に一際輝く紅色の光が見えて――、


「サラっ!!」


『レティー!!! 無事だったんだね!』


 余裕のない私の呼びかけに、子ども三人を抱き締めて紅色の球体の中でかがんでいるサラが顔を上げた。

 それだけで涙が溢れそうになるのを全力で我慢し、紅くて透明な球体――サラしか使えない『防御魔法』に近付き、中に入れてもらう。


 そうして安全な場所から改めて辺りを見回す。

 崩壊した建物。赤く染まった地面――ぶにぶにしたのと、白い破片が色んなところに張り付いている。


「なに、これ……?」


「分かんない!! でも、多くの人が、やられちゃった…………」


 肩を震わせ、サラが悔しそうに目を伏せる。

 ――じゃあ、この赤いのは……。


「ひ」


 気付いてしまった瞬間、下半身から力が抜けた。

 私の体を支えていた足も腰も言うことを聞いてくれず、硬い地面にお尻が衝突する。

 咄嗟についた手は軽く擦りむけたのかヒリヒリしてて、ゴツンっていったお尻は多分アザになってる。


 ――そんな中、偶然顔の向いた方向に、「火」が見えた。

 勢いよく燃え盛る炎の周りを見てみると、噴水広場の入口があって――。


「さ、サラ……確か、あそこって…………っ」


「…………。うん。陛下、王妃様、ヴァインさん含めた見張りの騎士…………」


「そ、んな…………」


 声を落として告げられた言葉に、言葉を失った。





『――女神様っ!!!!』


 静寂。それをくぐもった女の人の声が打ち破った。

 ちゃんとは聞き取れなくてもその声の持ち主には心当たりがあって、実際、そっちを見てみると思った通りの人達がこっちに走って来ていた。


 知人の安否確認ができて、こんな状況だけど、安堵に顔から力が抜ける。


 リノさんとヴィーダムさん。片手に剣を持って必死な表情をした二人が、私の時みたいにサラの『防御魔法』の中に迎え入れられる。


 ――でも、あれ? メーバルさんは……?

 さっきまで、一緒だったよね……?


「お二人とも、ご無事で何よりっす」


「それはこっちのセリフ! それに丁度良かったっ! ヴィーダムっ、リノっ、もう一走りする余力、あるっ!?」


「女神様のお言葉とあらば……!」

「何でも言ってください」


「助かるよっ! ――この子たちを、安全な所まで連れて行って欲しいんだ」


 そうして眉を下げるサラの視線の先、サラの手によって守られ、サラに体を寄せる三人の子供が身を固くした。


 その様子を見たリノさんとヴィーダムさんがお互いの顔色を確認してから頷き合って、


「お任せ下さい、女神様!」

「傷一つ付けさせません」


「……ありがとう。さ、おゆき。リノお姉さんとヴィーダムお兄さんから離れちゃダメだからね」


「…………ぐす、うん。僕、頑張るよ」

「リノお姉さん、ヴィーダムお兄さん、お願い、します……!」

「サンドラお姉ちゃんも、死なないでね……!」


「えへへっ、アタシは強いから心配ご無用っ! 後で、皆で遊ぼうねっ」


「……っ、うん!! 楽しみにしてるねっ!!」


 心細さを「光」で上書きした子供たちが、泣きながらサラの元を離れていく。でも、最後、サラがかけた言葉に、三人全員がなけなしの笑顔を取り戻した。


「……じゃ、俺らは行きます」


「女神様に天使様、どうかご無事で」


「うんっ、二人も絶対生きて乗り切るんだよ……! メーバルにもよろしく伝え――あれ、メーバルは…………ぁ」


 別れ際、レティシアが言わなかったそれを、サラが言葉にしてしまった。言いかけた段階で「気付いた」ものの、既に形を得たものは無には戻らない。

 サラの何気ない投げかけらヴィーダムさんとリノさんの顔に悲痛な表情を刻み込み――、


「…………。勇敢な、最期でした」


「…………………………バル。お前……あなたは………………どうして…………っ、私のこと、嫌ってたんじゃ、ないの…………?」




「…………ごめん」


「……いえ、女神様が謝ることでは…………」


「それより、今は人命救助っす。この子供たちは俺たちに任せてください。『紅光』さんはご友人を連れて外に」


「――ありがとう、二人とも」


「……生きて、会いましょう。女神様」


 その言葉を最後に、二人の騎士は悲運な子供たちを連れて『防御魔法』の外に出る。


「――アタシたちも行こう」


「…………うん」


 頷き、差し伸べられたサラの手を握り返す。

 その強い力に引っ張られながら、必死にその頼もしい背中を追うように走る、走る、ひたすら走る。


 目指すは中央区。王都の中枢であり、騎士団本部もパレット孤児院――私の家もあるそこでなら、王国騎士団団長であるお父様の庇護を得られるし、態勢も整えられる。


 でも、遠い。

 それに地面に注意しながら走らないと足元を掬われちゃいかねず、精神力が削がれていく。

 いつ終わるか分からない逃避行の中で、ずっと足元に意識を割かなくちゃいけない。――声を上げて泣き喚いてしまいたかった。


「――は、は……レティーは、アタシが、護るから」


 でも、辛うじて私が発狂せずにいられているのは、ずっと周りに『防御魔法』を展開し、額に冷や汗を浮かべながらも、こうして励ましてくれて、たまに振り返って顔色を案じてくれるサラのおかげに他ならない。


 たまに爆弾が投げ込まれるけど、音が凄いだけでそれ以外の影響は何も無い。

 何も無いと分かっていても「きゃっ!」と声を上げてしまう以外、被害もなかった。大きい音も『防御魔法』に遮られてくぐもって聞こえるから、鼓膜も何とか耐えられてる。


 切りかかられても同じ。

 サラの『防御魔法』が全てを弾いて、道を塞ぐ人には遠慮のない突進をお見舞いする。

 そうして悪い人の妨害を正面から打ち砕いて、サラの牽引のもと、走り続けていた。


「大丈夫。アタシのコレは、何があってもあんたを護るから……っ」


 ――もう、かなり走った。

 身体が悲鳴を上げている。足も、重い。力が入りにくい。

 それでも。諦めない。サラの言葉を、護ってくれているその気持ちを、裏切れない。


「――れ、てぃー……あと、すこし、だよ……っ」


 息も絶え絶えのサラの言葉に、顔を上げる。

 高く、そびえ立つ王城。それが、ちゃんと見えてきた。

 ――でも、まだ遠い。

 気の遠くなるような長い道と数え切れない路地裏の数々が、正面に広がっていた。


「――ぇ」


 そこで、突然、視界から「紅」が消えた。


「――ちっ、こんな時にっ、魔力切れ……っ!」


 …………『防御魔法』が、切れた。

 私たちを護るものは、何も無い。

 もう、いつ死んでもおかしくない。


「ぅ、あ、あぁぁ「大丈夫! 大丈夫だから! アタシを信じて。ね?」ぁ………………」 


 ………………。


 いや、だ。死にたく、ない。


 サラを…………信…………じ……る……。



「――路地裏回るよ」


 抜剣。右手で愛剣を握り締めるサラに促されるがまま、息を殺して慎重に走る。


 狭い路地裏を通り、曲がり、通り、曲がり、通り――、


「――ぁ」


 左、キラリと光る刃物が視界を掠めた。


 え、なに、これ。

 私、死、ぬの…………?

 いや……。やだ……やだやだやだやだやだやだやだやだ来ないで来ないで来ないで来ないで来るな来るな来るな来るな来るな来るなやだやだやだやだやだ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくな「――――ッッ!」


「きゃ」


 繋いだ右手が空を掴み、誰かの腕が私の身体を横に薙いだ。

 威力が走力を上回り、無防備に後ろに吹っ飛び地に転がる。


 何が、起きたのか。

 分からないままに、お尻と手の平、それと今生じた背中の痛みを押し殺して目を開ける。





「かふ…………」


「さ…………ら…………?」


 ――サラの口から「赤」が溢れる。

 左側の通路、そこから伸びる剣に、お腹が、貫かれていた。


「れ、てぃ………………に……げ…………」


 私を見て、必死に言葉を紡ぐサラ、その身体が、上に切り裂かれて、壁に寄りかかる。

 身体と共に切断された黒いケープの断片が、ひらひらと宙を舞った。




「……………………ぇ?」


 桃色のインナーに「赤」が滲み、赤いブレスレットには別の「赤」が付着し、脱力した白い腕は重力のままに放り出されている。


 そして、くりりとしたピンクの瞳孔からは。




 ――「光」が、消えていた。



「…………うそ、だ、よね…………?」


 違う。

 こんなの、おかしい。おかしいよ。


「これは、わるいゆめ…………うん、そうにきまってる………………」


 さっきまで、一緒に走ってた。

 何度も、何回も、沢山遊んだ。

 あなたの笑顔に皆が救われて、私も、救われてた。

 そんなあなたが――そんなこと、あるはずないじゃん。


「でしょ? サラ………………ねぇ、おねがい。サラ」


「死ね」


「ねぇ。なにか、いってよぉ…………っ!」


「たぁぁぁぁぁぁっ!」

「ぐ」


 ――私に振りかぶった男の胸から、血に濡れた剣が生えた。

 そのまま、横に切り捨てられた。


「お怪我はありませんか、お嬢さん!」


「……サラ」


「え? ――な………………『紅光』様!?」


「サラ」


「さら……?」


「サラ……サラ。サラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサ『――はいはーい、呼んだ〜?』ラサラサラサ………………





……………………ぇ」


 聞き間違いじゃ、ない。

 確かに、サラの声だ。

 耳元で、聞こえた。


「…………生き……てるの?」


『もー、何言ってるの? 勝手に殺さないでよね。……レティー』


 ――サラだ。サラが、目の前に立っている。


 頬をぷくーっと膨らませて、黒色のケープをはためかせて、そこに立っている。





 ――あれ。じゃあ、このサラは?


 ……ううん。サラはここにいるじゃん。

 これは偽物。


『ね、レティー。デートの続きしよっ!』


「……うん。そうだね」


「ぁ、あの、危ないですから動かずに――」


 サラとまた隣並んで、明るい道をゆっくりと歩く。

 夕焼けに赤く染まった道はなんだかいつもより輝いて見えて、なんだか不思議。

 ぺちゃぺちゃと、狭い路地裏を前へと進んでいって――いつしかの大通りに出る。


「……ふふっ」


 それにしても、楽しいなぁ。


『あ、レティーそこ水溜まり』「わっ」


「死ねぇぇぇ……がっ」


「……むぅ、どこにも無いじゃん」


『あはは〜、見間違いだったみたい。ごめんごめん』


「もうっ、何でも許してあげると思ったら大間違いだからっ」


「ちょこまかと……っ!」


『え〜? でもでも、優しいレティシアさんはなんだかんだ許してくれるんでしょ〜? あ、そこクリームシチュー』

「はぇっ!? ――あーもうっ、またからかわれたーっ!!」


「な、なんだこいつ……頭おかし「ちぃぃっ!!」が……ふ……」


 言ってるそばからからかうなんて……油断も隙もないね、まったくっ!

 ……でも、結局許しちゃうんだから、私も悪いのかも。別に、からかわれても嫌な気持ちになるって訳じゃないし、本当に怒ってる訳でもないからね。


「でも、それはそれとして反省の色が全く見えないのは良くないと思うのです!」


『うぅ、ごもっともなご意見……。さすがに今のはやりすぎだったよね。ごめんね、レティー』


「謝ってくれればいいの! それじゃあ、引き続き、遊んで回――んん?」


 次はどこに行こうかなーと辺りを見回してたら、こちらに駆け寄ってくる白髪の女の子が見えたの。


 透明感のある綺麗な長髪が風になびいてて、晴天がそのまま写し出されたような青い瞳が可愛らしい。

 でも、すごい必死な表情なんだよね。どうしたんだろう。


「――ご無事ですか!?」


「うんっ、ちょっと擦りむいてるだけ! そんなに必死そうに、あなたはどうしたの?」


「え? ……あ、いえ。私はイリス・ミリネス。帝国から、皆さんを助けに来ました」


「助けに……?」


「はい。今、このソファラ地区はどこもこんな状況です。事情は後で説明しますから、今はあなた方の味方と思っていただければ」


 そんな風にこの子――イリスさんは説明してくれてるけど……はっきり言って意味わかんない。


 こんな状況って……いつも通りだよ?


「――なんで、泣いているんですか?」


「……。…………ぇ」


 泣いてる。私が? どうして?

 サラはここにいるのに。

 辛いことなんて何も無いのに。


 目元に触れてみる。

 泣いてた。


「――どうして?」


「……っ、とにかく、着いてきてくださいっ! ここは危険です、早く離れ「とそうは問屋が卸さないんじゃねーですか?」」


「イリスっ!!」


 怖い声が聞こえた瞬間、大きな盾を持った短い緑髪の女の子が突然現れて、私に手を差し出してるイリスさんの後ろにいた男の人に、横から盾当たりした。

 その手には赤い剣が握られていた。


 ――え? いま、イリスさん、殺されかけた…………?


「……いてて。おお、弱虫マリーに『純白の聖女』様じゃないですか。こりゃ当たりを引いたな」


「――何が、目的ですか」


「何って、そりゃ、言わなくても分かるでしょうよ。で、それを阻むあんたらも同類な」


「――やっぱり、君たちは帝国の……」


「まぁ、当たらずも遠からずってとこか? ともあれ、へっぴり腰のナフィリンが動かねぇんだ。俺らがやるしかねぇだろって話――っ!」


「……ぐ、うぅぅぅぅっ!」


 言い切るも直後、赤色の線が視界を真っ二つに切――るってところで私の前に緑髪の女の子が割り込んだ。

 カン、と、甲高い音が響いて、その子が苦しそうな声を漏らす。


 ――間違いない。今、私は、殺されかけた。

 それを、この大きい盾を持った短髪の女の子が助けてくれたんだ。


「そんで? どうします? そうやって盾で守ってるだけじゃ、一難は去りませんよ? ほら、ほら、そこの王国人殺さなきゃ、俺はあんたを殺しちまいますよー」


「う、く、うぅぅ……っ」


「マリー! 今増援を呼んできますから待」

「あー大丈夫。その必要は無いから」


 また、人だ。緑の子――マリーさんの盾越しに、気怠げな声が聞こえてきた。


「が、ふ…………」

「ひ」


 どさっと何かが落ちる音がしたのと、マリーが悲鳴を上げかけて後ろに後ずさったのは同時だった。


「……は、はは。人殺すのって、こんな感触なんだ…………うぷ」


「フローラさん!」


 私の隣にマリーが下がったから、何が起こっているのかが目に入るようになった。


 深紫色のジト目をした水髪の女の子――フローラさんが、フラフラっと後退し、苦しそうに嘔吐いてる。

 それを、イリスさんが背中をさすって介抱していた。


 フローラさんの手が握る何かは見ない。

 下は見ない。下は見ない。下は、見ない。



「……ぅ、あんがと。みっともないとこ見せちゃったね」


「そんな事ないです。助かりました。……辛い役目を背負わせてしまい、申し訳ありません」


「いやいや、リスが謝ることないって。それより、その子は無事?」


「…………う、ん。私は平気。助けてくれて、ありがとうございます」


「あーそーゆーの気にしなくていーから。とにかく、走れるなら走って。逃げるよ」


「お姉さん、立てる?」


「何とか……サラは?」


『アタシも大丈夫だよー! 準備万端、さぁ走ろう!』


「サラ……?」

「マリー今は走りましょう! 話は後です!」


「……そうだね、イリス。お姉さん"たち"、僕の後ろから離れないでね」


「うん……!」


 黄色い目をした緑髪の子――マリーさんの頼もしい声に従い、サラと一緒にひたすら走った。



 □ ■ □



 そうして全力で走ってる最中。

 前を走るイリスさんに左手を向けられた――と思ったら、身体がぽかぽかしてきて、途端に心地いい感覚に満たされた。


「――あの、イリス、さん?」


「なん、ですか!!」


「これ……この、温かいのって、イリスさんが……?」


「えぇ……! 治癒魔法、です……!」


「ちゆ、まほー……?」


「簡単に、言うと、あんたの傷が治るってこと……!」


 私と並走してくれてるフローラさんが、口と深紫色の瞳孔だけを動かして、補足してくれた。


 ちゆまほー……すごい……。


「は……は……は……」


 皆、私を護るように位置取って走ってくれてる。

 大盾を持って大変そうなマリーさんも、体力が無さそうなイリスさんも、顔が青ざめてるフローラさんも、文句一つ言わずにひたすら走ってる。

 私のために。


 その気持ちに水を差しちゃダメ。

 それに今は私たちが生き残ることが最優先。


 なのに、でも、でも……っ!


「あ、あの……!」


「ふ……ふ……何かな……っ!?」


「お父様が……家族が、あっちにいるんです!」


 走る足を動かしたまま、中央区――今私たちが向かっている方向とは真逆の場所を指し示す。


 助けてくれてるのにこんなことを言うのは良くないって、自覚はある。

 でも、どうしても自分の気持ちは偽れなかった。


「あの方角は……」


「……もしかして、あんた、パレット孤児院の?」


「そうっ! レティシア・パレットっ! じゃあ、お父様たちも……!」


「…………それは」

「マリー」


 何かを言いかけたマリーさんの名前を呼んで、イリスさんが口を開いた。


「レティシアさん……彼らは、無事です」


「やっぱりっ!!」

「リス、あんた……」


 やっぱりっ!

 お父様たちは無事なんだっ!

 ヴァイン兄さんは…………いや、ヴァイン兄さんもきっと生きてる。

 だって、お父様たちが生きてるんだから……っ!!


『心配事はもうない?』


「うん……! とにかく、今は逃げないと……!」


『――だねっ! 今はこの子たちを信じよう! デートはまた今度、ゆっくりしよーね!』


 イリスさんの言葉と、サラとの約束。

 その二つを動力源に、私は限界をとうに超えた身体をひたすら前へと押し進めた。



 □ ■ □



「イリス! フローラ! マリー! 無事でしたか!」


 そして、お腹の奥から叫ぶおじいさんの姿が見えた時、私は妙な安心感を覚えた。


 二十秒くらいでおじいさんと兵士さんのいる所に辿り着いて、働きっぱなしの身体に頑張ってくれてありがとうと言い聞かせる。


「はぁ……はぁ……はぁ……うん…………息、以外は、無事…………」


「い、一生分、走ったよ…………盾、持ちながら訓練させた教官に、はぁ、感謝しなきゃ…………」


「そちらこそ、無事で、何よりです…………ニムレットさん…………」


 軽鎧を着たたくさんの兵士さんに囲まれながら、ゆっくりと息整える。


 二度も限界を迎えた私が肺の暴走を止めるのに苦心していると、白髪糸目のおじいさん――ニムレットさんがいつのまにか目の前に近付いていた。


「ゆっくりで構いませんよ。ここは帝国軍の仮拠点。――もう、大丈夫ですから。あなたに危害を加える者は、ここにはいません」


「てい、こく、の……」


「えぇ。ですが、戦争のために来た訳ではありません。イリスからも聞いているでしょう」


「……私、たちを……助けに…………」


「聡い子ですね」


 そう微笑んで、かがんだニムレットさんの手が伸びる。

 思わず目を瞑ったけど、杞憂だって、すぐ分かった。


「……ぁ」


 大きな手が、私の頭をゆっくりと撫でた。


「ぅ……ぐす…………」


「辛かったでしょう。苦しかったでしょう。今は、思う存分泣いてください――と、言いたいのですが」


「…………」


 ゆっくりと、心の叫ぶままにさせてくれると思ってたのに。

 私の頭から手を離したニムレットさんは、にこやかな顔に険しさを浮かべて、


「ここにも、敵はいます。早急に、何かしらの手を打たねばなりません」


「ニムレットさん。その事で一つ提案が」


 ニムレットさんが告げた危険。そこにゆっくりとこっちに近付くイリスさんの声が重なる。


 小さく頷き、ニムレットさんは口を閉ざした。



「レティシアさん」


「な、なに…………?」


「――帝国に、来ませんか?」


『「………………へ?」』


 えっと…………どういうこと…………?


「えっと…………どういうこと…………?」


「国王陛下の安否確認が出来ていない今、最悪を想定するべきです。王都の復興は数十年単位で進められれば御の字。経済的に立て直すのは更に時間がかかるでしょう。――それも、国王陛下がご健在であればの話です」


「…………」


 王様は、死んじゃった。

 だから、もしもの話じゃなくて、これは本当に起こる未来の話なんだ。


「――それに、パレット孤児院の皆さん。あなたのご家族も、帝国に向かっています」


「……ぇ」


「ちょ、リスあんた……」

「フローラ」

「くっ……」


 お父様、たちが、帝国に?

 皆、逃げたの?

 逃げ切れたの?

 ――そっか! だからイリスさんはお父様たちのことを知ってたんだ!!


「そっか。そっか。そうなんだ……っ!」


 よかった!

 本当によかったっ!

 じゃあ、私も王国にいる意味ないや。

 皆がいる所が、私の家なんだから。


 ――でも、サラは違うよね。

 ちゃんと、相談しないと。


「サラはどう思う……?」


『アタシはいいと思うよ。これだけの規模、それに陛下たちもお隠れになってしまっただろうから、しばらくは王国も機能不全に陥っちゃうし』


「サラ……ですか……?」

「――ニムレットさん」

「…………失礼、配慮に欠けました」


「――イリスさん!」


「……答えが、出たんですね」


「うん。――これから、よろしくお願いしますっ!」


 これからお世話になる人たちに、感謝の気持ちを込めてサラと一緒に勢いよく頭を下げた。 


「…………後で、好きなだけ恨んでいいですから」


 その時イリスさんが何か小さく呟いてたけど、上手く聞き取れなかった。



 ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー



 ――そして少女は異国へ渡ることとなる。


 突如として崩壊した楽園。

 拠り所の喪失と創造、そして新たな出会い。


 めくるめく運命に翻弄された『死神』の器、凄惨な悲劇に見舞われてなおあどけなさを保つ少女。

 縁もゆかりも無い地で、無力な少女は「光」を頼りに新たな道を歩み出す。


 そして――。



 ー ー ー ー ー ー ー ー ー



「なるほどな。お前が件の亡命者か」


 馬車――御者さんのモーハルラントさんに教えて貰ったんだけど――それに乗って、日付が変わった頃に帝都シャラドに到着してすぐ。

 私とサラは豪華な皇城の一室で、とある方と面会していた。


 というのも、王都の炎とは比較にならない熱を持ってる左の濃赤眼、私の黒い目の奥を覗いてるんじゃないかって錯覚しちゃう右の淡い金眼、頂点がぴょんと跳ねてる浅紫色の長い髪、豪華絢爛な濃い紺色の服――そして、薄ら笑いを浮かべて頬杖をついているこの女の子は、紛うことなきやんごとなき御方――、


「初めまして、ナフィリン皇帝閣下! 私、レティシア・パレットって言いますっ!」

『あ、はは〜……すごいなー、レティー……』


「――ほう?」


 勢いよく頭を下げ、いつも通り挨拶をした。でも、どうしてかサラは苦笑いしてて、閣下は眉を上げて意味深に口元を歪めてる。


「あ、あのぅ……どうかされましたか?」


「――なに、気にするな。まずは無事で何より。救援が間に合って良かった」


 さっきまでの威厳をそのままに、今度は目尻を下げて笑って見せた。

 その口ぶりと、馬車で聞いた話を合わせると……。


「閣下が、イリスさん達を向かわせてくれたんですよね?」


「……未然に防ぐつもりだったのだがな。それだけに、フォレオス王のことは妾としても無念でならない」


 なんでも、テロが始まる九時間前に急遽編成したとか。最初は諜報員さんが持ち帰ったテロの兆しを王国に伝えて、テロ防止の手助けをするために差し向けたみたいなんだけど…………閣下の言う通り、王都に着いた時には既に手遅れ。現場の判断で瞬時に救助活動へと方針転換したみたい。

 でも、その甲斐虚しく王様もそこで亡くなっちゃったのが分かったらしいんだけど……。


「王妃様は残念じゃないの……?」


「あぁ、存命だからな」


「え?」『え!?』


 淡々と告げられた事実、あまりの驚愕に声が重なる。

 でも、王様と王妃様って、一緒の場所にいたよね……?

 あれ?


 ……でも、ヴァイン兄さんも生きてるんだし、王妃様が生きててもおかしくない、かも?


「テロ発生からまだ一日も経っていない。傷心も癒えないだろうに、あの王妃は気丈に国民を励まし続けているそうだ。国王が担っていた責務を一時的に引き継ぎ、文官と王女と共に後処理にいそしんでいるという。――フォレオス王とミネア王妃、共に妾に並ぶ傑物である」


 わぁっ! 王様たちを褒めて貰えた!

 うん、だって、本当にすごい御方だもん!!

 帝国の皇帝様にそれを認めてもらえて、一人の王国人として鼻が高いよっ!!


『王妃様、生きててよかったね!!』


「うん、サラ! ソランデュー王国も、また皆で平和に過ごせるくらいまでに直って欲しいな……」


 サラの言葉から、ぐちゃぐちゃになっちゃった王都に思いを馳せていると。


「――サラ……?」


 親友の名前を呟き、閣下が眉を顰めた。


「あ、紹介してませんでしたね。この子はサンドラ・ミリエスタ。王国の騎士様で、『紅光』って呼ばれてる自慢の親友なんですよ!!」

『ちょ、レティー、照れるってば……!』


「……………………。…………そうか」


「えっと……どうかしましたか?」


「いや、何でもない。それより、こちらも紹介がまだだったな――ザレン」


「ここに」


「ぴゃっ!」『うぇっ!?』


 知らない名前を閣下が発した瞬間、閣下の座ってる豪華な椅子の後ろから、知らない声の知らない男の人が顔を出した。


「ザレンと申します。貴様と会うのはこれっきりでしょうが、偉大なる閣下の右腕と思っていただければ結構」


 そう言って優雅に一礼する黒服の男の人――ザレンさん。

 紫っぽい黒い短髪に、縦長で黄色い瞳孔の持ち主。

 その立ち居振る舞いに無駄が一つもなくて、敵意がないと分かっているのに身体がカチコチに固まっちゃう威圧感がある。


 それを何とか押し退けて、


「えっと……よろしくお願いします、ザレンさん」


『はぁー? なんなの、あの態度。いくら何でも失礼すぎない?』


「もうっ、サーラ? そういうの、よくないんだからね」


『えー!? だって、あんなに慇懃無礼なんだよ!? 文句の一つや二つ、自然に出てきちゃうじゃんっ!』


「出てきたとしても、口に出すのと出さないのとは全然違うんです! 二人の時にいくらでも聞いてあげるから、今は我慢して!」


『むぅ…………はーい』


 風船がしぼんだように項垂れるサラに胸が痛まない訳じゃないけど、私、間違ったこと言ってないから。

 相手がよくない態度だったとしても、自分が悪態をついていい理由にはならないのっ。


 そうしてザレンさんに一言詫びを入れようと思って前を向くと、ザレンさんは顎に手をやって何かを思い悩んでいた。


「サーラ? ニンゲン、貴様以外に該当者は「ザレン、そういえばお前に頼みたい事があった」」


「何なりと」


「亡命した者の総数を把握し、名簿を作ってくれ。後日、ミネア女王に話を通して王国の戸籍と照らし合わせる」

「承知」


 目と口だけ動かしてザレンさんを後ろに下がらせた閣下。その赤と金の眼差しが、私とサラを真っ直ぐ射抜く。


「当分の住まいとして、教会の一室を手配した。部屋の外に白髪の神父――あぁ、もう面識はあるのだったか。ニムレットを待機させている。その者の案内を受けてくれ」


「分かりました、ナフィリン閣下! 何から何までありがとうございます!」


「礼は不要だ。皇帝として当然のことをしたまでにすぎん」


「ぷふっ!」


『レティー?』「……どうした?」


 気にも留めていない様子の閣下の返答に、思わず吹き出しちゃった。

 だって、その言い方って……っ!


「あはは、すみません……! 今の閣下の物言いが、お父様に似ていて、ちょっと」


「父君か」


「はい! サラ同様、自慢のお父様なんですっ! 私たちと同じで帝都シャラドに亡命したそうなので、再会するのが待ち遠しくて待ち遠しくて……! あ、そうだ! あとで閣下とザレンさんにも紹介しますね! きっと気が合うと思いますよ!」


「そうかそうか! それは楽しみだ! 妾も早く会いたい故、父君の名前を教えてくれるか?」


「もちろんです! ダリウス・パレットといいます!」


「ダリウス・パレット…………ザレン、心当たりは?」


「いえ」


「………………。そうか」


「?」


 見違える程に表情を変え、ウキウキだった閣下の顔がザレンさんの返答に曇っちゃった。

 でもそれも束の間、私が小首を傾げてると、すぐにさっきまでの頼もしい笑顔に戻った。


「……………………ダリウス・パレットだな。過たず覚えた。妾の方で直々に当たってみよう。その間、お前"たち"は何も考えなくていい。妾の帝国で平穏な日々を送るがいい」


「分かりました! では、また来ますね!!」


「おおう?」「不敬千万。万死に値します」


「ぇ」


 勢いよく挨拶した刹那、ザレンさんが急接近、息のかかる位置まで距離を詰めてきた。

 喉元にはヒヤリとした冷たい感覚。ザレンさんの爪の先端が、ほんの少しだけ首に触れてる。

 

「ひ」


「……やめろ、ザレン」


「御意に」


『レティーっ!! 大丈夫っ!?』


「ぅ、ん…………大丈夫、大丈夫」


 ナフィリン閣下の一声で、呼吸を忘れちゃいそうなくらいの威圧感がふっと消える。と同時、ザレンさんの姿も首から伝わる冷たい感覚も、何事も無かったかのように遠ざかった。


 こ、怖かったぁ……。

 生きた心地がしなかったよ……。

 何か、良くないことしちゃったのかな……?


 そうこう考えを巡らせていると、閣下が王座を立って、私に向かってゆっくりと歩き始めた。


 ――あれ? 意外と閣下って、背がちっちゃい……?


「誤解するな。驚きこそしたが、嫌とは思っていない。むしろ、素直な気持ちを打ち明けると嬉しさすら覚えたくらいだ。兵にはお前"たち"が来たら通せと伝えておく。いつでも妾に会いに来るといい、レティシア。……サンドラ」


「本当……!? ありがとうっ、ナフィリン閣下!! その、アホ毛仲間として、私たち仲良くなれると思うのっ!!」

『…………ありがとう、ナフィ閣下っ!!』


「あほげ仲間? あぁ、察するにコレか。…………ふ、いいだろう。妾の頭から消えてくれない『アホゲ』を好意的に捉えたのはお前が初めてだ。それにお前の『アホゲ』も天然物と見える。次の機会には、思う存分苦労話に花を咲かせようではないか」


「……不思議ですね。今、自然と手が出そうになりました」


 ――そうして微笑みを交わす私たちを傍観するザレンさんが、不思議そうに自分の手を見つめていたのをお城の外でサラに教えてもらった。



 □ ■ □



「――ここが、あなた"方"の部屋です」


『「わぁーーーっ!!」』


 すごいっ!! 壁は真っ白で床は落ち着いた紫の絨毯、綺麗なベッドに机――本棚まである!!

 見た感じホコリ一つ無いし、何より広い!! 孤児院の部屋二つ分くらいあるんじゃないかな?


「ほほ、お気に召しましたかな?」


「すっごく!」『もう最っ高!』


「重畳ですね。どうぞ、我が家と思ってお使いください」


「うんっ、これからよろしくお願いします、ニムレットさん!」


「ほほ、こちらこそ、よろしくお願いしますね。レティシア殿に、サンドラ殿」


 素敵な部屋を貸してくれて、こうして柔和に微笑んでいる白髪のおじいさん――ニムレットさんは、この教会の神父さんなんだそう。

 テロの時も警戒を解けない私たちに安心を与えてくれたニムレットさんは、間違いなく恩人と呼べる人だった。


「荷物は……置いたようですね」


「うんっ! このポーチしかないからねっ」


「……。では、そろそろ行きましょうか」


「うん! 教会の案内、楽しみです!」


「ほほ、そうですか。であれば、この老骨も鞭を打たねばなりませんね」


「なんで!? 痛いし傷残っちゃいますよ!!」

『レティーそれ比喩……』


 やれやれ顔のサラの指摘にハッとした私をニムレットさんが微笑ましく見やる。

 明かりの灯ったピカピカの廊下を、ゆっくりと歩き出した。



 □ ■ □



 深夜。ニムレットさんにひとしきり教会を案内してもらった私たちは、食事にお風呂を済ませた後、貸してもらった自室で消えた眠気を忘れて絨毯に足を放り出していた。


『いやー、お疲れ様お疲れ様! 今日も濃密な一日だったね〜』


「そうだね……でも、明日からはゆっくり休めそう」


『綺麗なお部屋も貸してもらったしっ』


「ニムレットさんの手料理は美味しいしっ」


『お風呂は広くて快適だしっ』


「イリスさんたちとお話もできるしっ」


 サラの顔を見る。

 私と同じで、にへへっと笑っていた。


『「明日が楽しみっ!!」』




「ねぇねぇサラ、明日は何しよっか?」


『うーんそうだねぇ…………まずはイリスたちと親睦を深めるっていうのはどうかな?』


「賛成っ! それで、イリスさんたちともっと仲良くなりたいんだけど、どんなこと話せばいいと思う?」


『んー、そうだな〜――まずは好きなお店とか?』


「確かに! 帝国の事も知れるし、一石二鳥だねっ!」


『でしょ? あとは好きな食べ物とか、最近ハマってる趣味とか! ま、なんにせよレティーなら心配要らないって! 話しかけに行くだけで絶対仲良くなれるから!』


「ふふんっ、誰とでもお友達になれるのが私の取り柄で、サラの取り柄だもんねっ」


『そうそうっ! アタシたちにかかればあのザレンだって簡単に笑顔になっちゃうっ!』


「ぷっ、そんな姿、全然想像できないや」


『無機質っていうか、生きてるの? って感じだもんね。ナフィ閣下への忠誠心だけは認めたげるけど』


「首、切られてなくて良かったよ……」


『うーん……あれは、レティーにも良くないところがあったけど……うん。それもレティーの長所だし、ナフィ閣下には好印象だったからやっぱザレンが悪い!』


「もうっ、ザレンさんのこと悪く言わないの。今のサラ、意地悪だよ?」


『ぎえっ! ……アタシの可愛いレティーに酷い態度だったから、つい……。こう、防衛本能というか、なんというか……』


「……うん。ちゃんと分かってるよ。ありがとね、サラ」


『レティー……っ!』


 目をキラキラさせて破顔しているサラについ口角が上がっちゃう。

 ――今日から毎日サラと過ごせるなんて、幸せだなぁ。

 あ。どうしよう。ワクワクし過ぎて心臓が痛い。



 ――と、明日からの事で頭がいっぱいになってる私の耳に、コンコンと、扉を叩く音が届いた。


「レティシアさん、サラさん。今いいですか?」


「あ、イリスさん! 大丈夫ですよー」


 お返事して、歩いて、扉の鍵を開けて命の恩人――イリスさんを部屋に招き入れる。


「失礼します」


 長い白髪を水色のリボンで一括りにし、猫ちゃんの絵が入った空色の寝間着姿のイリスさん――。


「――綺麗」

「ひぇ!?」


『れ、レティー!?』


 あ。と口を手で塞いだ時にはもう遅かった。でも、本当に綺麗だったから。つい、本音が漏れちゃったの……。


「ごめんね、イリスさん。寝間着姿を褒められてもいい気しないよね」


「い、いえいえ、そういうことでは……! 開幕一声、まさか捻りなしに褒められるとは思わなかっただけで」


『…………アタシも』


「どうしたの? サラ」


『アタシのことも、キレイって言って』


「うん、サラは綺麗で可愛くてかっこよくて私の光だよ?」


『〜〜っ!?!? そ、そこまでは頼んでないよっ!?』


「そう? でも、全部本当だよ?」


『う、うぅ…………。な、なら、許してあげます』


「やったぁ」


 どうしてか顔を赤くしてモジモジしてるサラからお許しの言葉を貰い、手を合わせて喜びを全身で表現。

 でも、その傍らで、蚊帳の外のイリスさんの顔が暗く陰っていた。


「ごめんね、イリスさん。二人で話しちゃって、退屈させちゃったよね」


「い、いえ。……むしろ、微笑ましく見てましたよ」


「そう? なら良かった!」


 本当に良かったぁ。

 これが杞憂じゃなかったら……うん。想像しただけで暗くなっちゃう。

 三人でいるのに、親友とだけ話すのなんて酷すぎるからね……。気を付けないと。


「――どうですか? この教会は」


「うーん。想像してたのとちょっと違ったかな」


「……と、いうと?」


「『神様を讃えなさい』とか、『あなたも神様を信仰するのです』とか、そういうのだらけなのかなって思ってたんだけど、全然そんなことなくて、皆本当に優しくって――寂しかった心が、温かくなったんだ」


 いきなり家族の皆と離れて暮らすことになって、サラと一緒とはいえ心細かったの。

 でも、イリス・ミリネスさん、マリー・エルレディさん、フローラさん、ニムレットさん、シスターの皆のおかげで、それも和らいだ。


「――そういえば、ナフィリン閣下とお話したんだけどね」


「えぇ。何か無理難題を言われましたか?」


「ううん。全然そういうのじゃないんだけど……お父様のこと聞いたんだけど、知らないっぽかったんだ」


「――っ」


「でも、探してくれるって約束してくれたの。――まだ、帝都には来てないのかな……? イリスさんは何か知らない?」


「え、っと、そ、そうですね……! ええっと、あれです! 帝都に到着した後、すぐに王都に帰ってしまわれたそうなんです! 王都の復興を手伝うと仰っていたらしいですよ」


「そうだったんだね……! 良かった……ちゃんと逃げてこれたんだ……」


 馬車の御者さん――モーハルラントさん曰く、帝都への道のりは無防備では到底乗り越えられないものらしいから、道中で倒れちゃったりせずに辿り着けたようで一安心……っ! 


「あれ? でも、それならどうして私に会おうとしなかったんだろう? お父様たちなら、私を一人置いていかないはずだよね?」


「へぁっ!? そ、そうですそうですそうですよね! …………あの。本当は言うの止められているのですが……内緒、ですよ?」


「うん、分かった」


「耳、寄せてください」


「そんな怖いことできないよ!?」


「怖くありませんが!?」


『レティー! 耳をイリスに近付けてって意味……!』


 裏返った声が響き合う中、そうやってサラが息を潜めて補足してくれた。

 なーんだ、そうだったんだね。てっきり、右の耳と左の耳をくっつけなきゃなのかって思っちゃったよ。えへへ。


 ともあれ、紛らわしい言い方をしたイリスの口元に耳を近づける。――あれ? なんかこれ、ちょっと恥ずかしい…………?



「――レティシアさんに会うのは、孤児院を再建させた後にしたいそうです。ですから、しばらく待っていて欲しいと」


「…………そう、なんだね」


 イリスの囁きが、疑念の渦に撹拌されていた私の身体に深く浸透していく。


 ――お父様は、私を見捨てたわけじゃない。むしろ私を本当の意味で安心させる為の一仕事を、孤児院の皆で頑張ってるんだ。


「――ありがとう、イリスさん。私に、お父様の気持ちを教えてくれて」


「……お気になさらないでください。私は、何も、できていませんから…………」


「ううん。イリスさんのおかげで私、元気になれたっ! ねぇ――イリスちゃんって呼んでいい?」


「へぁっ!?」


 心の叫びに従ってイリスさんの真っ白な手を掴む。

 元々私たちの命の恩人だし、優しくて可愛くて一緒にいると楽しそうだなって思ってたんだけど――今ので確信した。


「私、イリスさんとお友達になりたいっ!」


『お〜、レティー成長したねぇ〜』


 ニマニマ笑顔のサラが茶々を入れてくるけど意図的に無視!

 今はイリスさんの青い瞳をじーっと見つめるのに集中するのっ!


 大きく見開かれた目の真ん中、綺麗な空のような目が小刻みに揺らいでる。あ、今目を逸らした!


 唇の辺りがモゴモゴとしてて、凛然としてる普段のイリスさんからは想像できなくて、なんだかちょっとおかしい。もちろん、可愛いなって意味で。




「……わ、たしも」


「え?」


 何かを言ってくれたみたいだったけど、聞き取れなかった。つい何も考えずに聞き返しちゃったけど、イリスさんの顔がリンゴのように真っ赤っかになっちゃってて――、




「っ、私も! レティシア…………ち、ちゃん、と……と、友達に、なりたい……です……っ」


『――――――――。え、なにこの子すっごく可愛い』


「うんっ、これからよろしくねっ、イリスちゃん!」


 こうして、私とイリスちゃんはお友達になった。 

 帝都に来て初めてのお友達。

 ふふん。この調子で、他の皆ともたくさんお友達になって、たくさん遊んじゃうよーっ!



 ー ー ー ー ー ー ー ー



 ――そして少女は異国の地で『純白の聖女』と縁を結んだ。


 絶対的な敵対関係であることを運命づけられた両者は、何の因果か共鳴し、渾沌極まる漣の衝突を経ずに友誼を結んだ。

 足元を照らす「光」の導きは傍観に徹し、少女は自らの心に従い不可視の定めを超克した。


 めくるめく運命に翻弄された『死神』の器、激痛を覆い隠す狂気に呑み込まれてなお純粋無垢である少女。

 縁もゆかりも無い地で、「光」を頼りに新たな道を歩み出した。

『異国の聖女』と何の軋轢もないまま友となり、『妖舞帝』の審美眼に無自覚に適合した。

 


 そして――。



 ー ー ー ー ー ー ー ー



「……ふぁ」


 微睡みに生じた「意識」を手繰り寄せ、あくびを契機に今日もゆっくりと身体を起こす。

 昨日のこともあって、まだずっと寝ていられるけど、生憎私の身体は起きる時間が固定されている。だから、ぐぐーっと伸びて、朝の訪れに笑顔を作って――。


『おはよっ、レティー!』


「……おはよぅ、サラ」


 今日も今日とて絶好調。元気よく満面の笑みで飛び跳ねるサラに、まだ眠気の残った声音でおはようをする。


『よく寝れた?』


「うん。夢の中でサラとイリスと塔の上でお話してたよ」


『えーーっ!? すっごい楽しい夢じゃんっ!! アタシも想像しただけでほっぺた溶けちゃいそうだよ〜っ』


「そしたら途中でニックさんが来てね?」


『……よしレティー朝食食べに行こっかその話はもう辞めよう』


「えー? むぅ、分かったよ……」


 話の腰を折られてちょっと不満。

 でも、お腹が空いちゃってるのは事実だったから、イリスちゃんに貸してもらった服に着替えて、サラお墨付きの白いリボンを胸元に付けて、部屋の外に出た。





 階段を下り、広い部屋に入るとイリスちゃんとマリーさん、フローラさんの他に十八人のシスターさんが大きい机の周りに座っていた。


「あ、おはよう、レティシア!」

「おはよー」

「おはようございます、レティシアち……ちゃん」


「マリーさん、フローラさん、イリスちゃん! あと、皆も、おはようございますっ!」


「イリスちゃん……!? レティシアちゃん……!? ――イリスさん、昨日の夜、一体何があったの〜!?」


「大それたことは何も、アモネラさん。ただ、私とレティシア……ちゃんが友達になっただけですよ」


「と、友達…………!?」

「イリス様に、お友達が…………!?」

「きょ、今日はお祭りですわーっ!!」


 えっと…………どういう状況?


「あー、シアには言ってなかったね。うちのリス、ここにいる人しか友達がいないんだよ。だから、仲良くしてやって」


「さりげなく距離詰めてきた!! でも、うん、その呼び方、可愛くて好きかも」


「っしょ? なら、シアもあーしのこと呼んでみてよ。もちろん、さん付けなしで」


「フローラちゃん! あるいはフーラ? あ、でもそれだと王女様と似通っちゃうか」


「前者で。フローラちゃん……なかなかいーじゃん」


 私の呼び名、気に入ってもらえたみたいで嬉しいな。


「僕はマリーでいいよ。改めて、これからよろしくね、レティシア!」


「モネもモネもーっ! モネちゃんでもモネねんでも、好きな方で呼んでねーっ!!」


「姉はうるさいんだよ。ムニアはムニアと呼ぶんだよ」


「えっと……マリーに、モネねんに、ムニア……ちゃん?」


「うん!」


「ねぇムニア聞いた? モネねん、モネねんだってさーっ!!!」

「聞いたし、姉が強制したんだよ。あと、ちゃんは恥ずかしいんだよ」


『あれは照れ隠し。本当は喜んでるんだよ』


「えへへっ、よろしくね、ムニアちゃん!」


「この女、聞いていやがらないんだよ!?」


 静かなムニアちゃんの初めて聞く大声にちょっとビクってなっちゃった。

 でも、何故か不貞腐れてる所も、モネねんに宥めてもらってる所も、なんだか微笑ましいな。




「――ほほ、打ち解けているようで何よりですな」


「あ、ニムレットさん!」


 そんな感じで交流を深めてると、部屋の奥から白髪の神父さん――ニムレットさんが料理を持って現れた。

 糸目を更に細めてそう微笑んでるニムレットさんが、机の上にお皿とお料理をテキパキと乗せていく。


「シア。あんたはあーしの隣」

「サラさんは私の隣にどうぞ」


『わーいっ! よろしくねーイリス!』

「うん、お邪魔するね!」


「別に、邪魔なんて思ってないし……」


「実はね、レティシアが来るまで、皆で席を取り合ってたんだ。レティシアの隣を掴み取った時のフローラといったら、僕も笑顔になっちゃうくらい嬉しそうで嬉しそうで――」


「ばっ、マリーあんた何言ってんの!?!? 事実無根! 事実無根の妄言だからっ、信じるなぁ――!!」


 いつにもなく暴れてそう喚くフローラちゃんを、他の皆は温かい目でくすくすと見守っていた。


「――くすっ」


 そして私もまた、その一員になるのだった。 




「ほほ、では、そろそろいただきましょうか」


『「「いただきますっ!」」』




「……マリー。あんた、いつもよりお腹すいてるっしょ?」


「え? いや、いつも通りだけど……」


「四の五の言わずに、あんたはお腹空いてんの! んで、この……赤いの、あんたの大好物じゃん?」


「いや、じゃん? って言われても、トマト普通だよ? 僕」


「普通ならやっぱ見てると食べたくなるっしょ?」


「うーん、ならないかなぁ」


「…………もしかして、フローラちゃんって、トマト苦手?」


「違うしっ!! マリーが食べたそうにしてたから分けてあげようと思っただけ!」


「そっかー。……あれー? 私、なんだか急に赤くて丸い食べ物食べたくなってきちゃったっ!!」


「へ?」


「そういうことだから、これ貰うねっ!」


 ひょいっと、フローラちゃんのお皿から赤くて丸い食べ物――トマトを取り去る。そして口に含んで「ん〜〜っ、おいひ〜〜っ!」と頬を緩ませる私を見て、


「……………………あんがと」


 と、顔をトマトにしたフローラちゃんが小さく零すのでした。



 □ ■ □



『いやー、美味しかったねレティー!』


「うんっ! お父様の料理とは別の方向で、すごく美味しかったよ……イリスちゃん達は、これを毎日食べてるんだね!」


「えぇ、そうですよ! ニムレットさんの手料理はあの『天界の庭』の店長さんの舌をも唸らせる絶品なんですから」


 そうやってニムレットさんの料理の素晴らしさをドヤ顔で語るイリスちゃんは、誰の目から見ても嬉しそうだった。


 ――食事の場に居合わせた人全員とお友達になった私は今、サラとイリスちゃんと一緒に教会の庭で日向ぼっこをしている。肌触りのいいそよ風が撫でる度に、陽気な心地良さを感じる。


「そういえば、その『天界の庭』っていうお店にはイリスちゃんはよく行くの?」


「たまに、ですね。お財布にも優しいですし、ちょっとした贅沢もできるので」


「……えーっと? 矛盾してない?」


「いいえ、ここが『天界の庭』の凄いところなんです!! 手の込んだ料理を味わえるだけでなく、自他共に認める絶品スイーツが堪能できるのですが、その値段が破格でして! 『手頃な食材で極上の一品を』という経営方針のもと、店名に負けない天界を日夜運営し続けているんです! 特に『天界の庭』名物『天界パフェ』を口に含んでいる時の幸福感と言ったら――」


『ね、熱がすごい……!』


「わーーっ!! そうなんだーっ!! ねぇねぇじゃあ今度連れてってよっ!」


「是非っ! しかし残念ながら今日は定休日でして。また後日、一緒に食べに行きましょう」


「うんっ、楽しみにしてるねっ!」


「えぇ。私もです!」



 ――なんて楽しく会話していると、ふと視界に体の大きな男の人が映った。

 正門の前で直立不動を貫いてる強そうな人。彼の隣には大きな荷車が停められてあり、すたたっと駆け寄っていくイリスちゃんの反応からしても不審者じゃ無さそう。私とサラも後に続く。


「あ、カルギュレーさん! いつもありがとうございます!」


「む。イリス嬢か。こちらこそ、軍部を代表して日頃の貢献に感謝する」


 イリスちゃんが門の鍵を開け、その男の人――カルギュレーさんを中に迎え入れた。


 青色が混ざった燃えるような赤髪。ジロ、と見下ろす焦げ茶色の両目は、ザレンさんとはまた違った威圧感を与えてくる。


「失礼。そう縮こまる必要は無い。本職はカルギュレー・テトルベーグ。誉れあるランゴルマージ帝国、その第五十六代将軍の任を与っている」


「しょー、ぐん…………?」


「軍部を取り纏める統括官、王国で言う騎士団長のことです。私たち『癒し手』は傷付いた兵士の方々を癒す代わりに、軍部からの援助を受けているんですよ」


「そうなんだ」


 イリスちゃんが言及した『癒し手』というのは、治癒魔法を使える人の総称なんだそう。

 なんでも治癒魔法は帝国の限られた人にしかハツゲン? しなくて、その中でも最高峰の『癒し手』がイリスちゃんで、二番手が意外なことにフローラちゃんなんだって!

 私、すごい人たちとお友達になっちゃってる……!


「あれ……? 反応が薄いですね」


「ごめんごめん。でも、驚くのはナフィリン閣下やザレンさんでお腹いっぱいだし、今の話は納得がほとんどだったから」


 実際、イリスちゃんの治癒を受けた経験から言って、治癒魔法が軍事利用されない手はないと思う。イリスちゃん達だったら無償で癒したりしてるかもって思ってたけど、それだと軍部は大きな借りを作っちゃうことになって、必然的に教会の言うことに逆らえなくなっちゃう。

 ニムレットさんかカルギュレーさんのどっちかが、あるいは両方が、貸し借りを残すのを嫌ってるから、こうして相手の利益になることをお互いが提供し合う関係性になってるのかな。


「……ふむ。既に、閣下との謁見は済ませたのだな」


「はいっ! 怖い人かなーって思ってたんですけど、実際にお会いしたら面白くて優しくて、可愛い人で、すぐ打ち解けちゃいましたっ!」


「レティシアちゃん!?」

『レティーそれダメっっっ!! 将軍の前でそれは絶対ダメだってばっっっ!!!』


「…………そうか」


 ――あれ? 私、何かよくないこと言っちゃった……?

 体の大きいカルギュレーさんの双眸が、私を見下ろしてる。

 その凍てついた視線に、背筋が凍り付いた。


「…………あの……怒ってます?」


「今の話のどこに怒る要素が? 閣下の私生活に本職が関与する所以は無い」


「……ふぅ」

『はぁ〜〜………話の分かる固い人で良かったぁ…………』


 二人の安堵する声と共に、私も胸を撫で下ろす。

 本当に、よかったぁ…………。


「あ、それでは二人を呼んできますね。カルギュレーさん、しばらくお待ちください」


「無論。ここで待っていよう」


「ほら、レティシアちゃんも……! 一緒に呼んできましょう!」


「え? あ、うん。じゃあね、カルギュレーさん」


「あぁ。また――王国人」


 なにやら急いでいるイリスちゃんにつれられるまま、私たちは正門から離れた。


 でも――王国の人って、どうして分かったんだろう。





「カルギュレーさん? あー分かった準備するからちょっと待っててー」


「ほほ、私も渡さねばならないものがありましてね。少々お時間をとらせます。その旨、伝えてくれますか?」


「分かりました。お伝えしておきますね」


 首だけ振り返ってそう伝えるフローラちゃんとニムレットさんは、台所でお皿洗いをしていた。

 他のシスターさん達は聖職者のお仕事をしてるっぽいんだけど――、


「……あれ、マリーは?」


「盾の手入れ。昨日こっぴどくやられてたっしょ?」


「なるほど……納得っ」


 姿が見えないを不思議に思った私の疑問に、フローラちゃんが答えてくれた。


 昨日の大規模なテロ。私たちが生還できたのはサラと、フローラちゃんの機転と、イリスちゃんの治癒魔法の他に、マリーの存在が大きかった。

 手入れが必要ということは、相当無理をしていたんだろう。今はそっとしてあげよう。




 二人の伝言を預かった私たちは再び正門へ戻って、カルギュレーさんに伝えた。


「――仔細、把握した。本職の心配はいらない。もう気にかけなくていい」


 ――んだけど、そう告げられちゃった。

 言外にもう話しかけるなと言われたような気がして、三人で門から離れる。

 そうしてまた庭で日向ぼっこを始めたんだけど。



「――イリスちゃん。お散歩行かない?」


「急ですね。どうしたんですか?」


「だって暇なんだもんっ! それに、帝都シャラドのこともっと知りたいしっ」


 なにせ、何の準備もなく異邦の地に足を踏み入れたんだもん。

 せっかくの機会だし、ゆっくりと帝都の街並みを見て回りたいじゃん?


「ふふっ、それもそうですね。では、行きましょうか」


「わーいっ! イリスちゃん、大好きっ」


「はわわっっ!?」


 快諾してくれたイリスちゃんに、心が赴くままにぎゅーっと抱きついた。

 私のありのままの好きを伝えて――あれ?


「イリスちゃん、体調わるいの?」


「あ、わわわわわわ――っ」


 顔が真っ赤で、手をパタパタとさせてるから、すごく心配。

 それに言葉じゃない言葉で会話してるし、口もパクパクしてるし。

 ニムレットさん呼んできた方がいいかな……?


『あーーーっ!!! レティーそろそろ離れっ、てぇぇっ――!』


「むぅ」


 と、真剣に悩んでいたところに慌てた様子のサラが乱入、勢いよく剥がされて、やむを得ずぎゅーってするのを中断する。


 まだ顔を赤くしてるイリスちゃんは、モジモジと、髪の毛をイジイジしてた。


「あ、あの…………これは、どういう意味で…………?」


「意味?」


「あ、いえ、なんでもないです…………」


 あれれ、今度は俯いちゃった。

 イリスちゃんが、サラや私みたいに表情がコロコロ変わる子だったことを知って、なんだか宝物を発見した探検家みたいな気分に――。


『えい』


「痛っ、いきなりなにするの!?」


『レティーは悪くないけど、レティーが悪い』


「どういうこと!?」


 いきなりコツンと肘で小突かれ、釈然としないままサラがぷいってそっぽを向いちゃった。


 そんなこんなをしているうちにイリスちゃんは復活したようで、少し頬に朱を差したまま、柔和に笑いかけてくれた。


「で、では、行きましょうか」


「うんっ!」

「ひゃっ!?」


 その空いた左手を取り、カルギュレーさんのいない裏門へ足を一歩踏み出す――時に、そんな悲鳴と共に、イリスちゃんの身体が跳ねた。


「ど、どうしたの!? イリスちゃん、大丈夫!?」


「だ、大丈夫です。その、驚いてしまっただけなので……」


『…………強く生きて、イリス』


 サラの謎の応援が、私の耳元でこだました。






 ――そうして、レティシア達が街路へ繰り出した後。


 身支度を整えたニムレットとフローラが、門の前へ顔を出していた。


「いつも助かります。あなた方の支援が無ければ私も神父以外の職にも就かなくてはならなかったでしょう」


「気にする必要はない。本職は成すべきことを成しているまで。それに、『癒し手』には常に兵が救われている」


「相変わらず堅苦しいですよね、カルギュレーさん。あーしたちにくらいは、砕けて接していーんすよ?」


「本職が砕くのは帝国に仇なすもの――つまり王国だ。本職でもフローラ嬢でもない」


「はぁ……まぁ、無理強いはしませんよ。でも、気が向いたら。歓迎してるんで」


「覚えておこう」


 そこで区切ったカルギュレーが荷車から支援物資を持ち出しに向かう。

 それもまた、教会の日常の一場面なのだった。



 □ ■ □



「えへへ〜っ!」


「…………〜〜っ!」


『あー…………なんとなく、そんな予感はしてたけど…………』


 とぼやくサラの声が気にならないほど、私はイリスちゃんとのお散歩を満喫してた。


「楽しいねっ、イリスちゃん!」


「は、はぃ…………そ、うで……すね……!」


『この人肌耐性の無さ。この子、どんな環境で育ってきたんだろ…………』


 消え入るような声量でそう応じるイリスちゃんに案内してもらいながら、私は王都の大通りくらい人が多い街道をルンルン気分で歩いていた。


 帝都の街並みは王国と比べて厳かというか、重厚感がある感じ。

 商売文句と通行人の会話する声が飛び交ってて、王都に勝るとも劣らない活気に溢れてる。



 ――そうして外国の景色を堪能していると、一匹の白猫が、人波を掻い潜って私たちの前を横切った。


「あ、猫ちゃん……!」


「本当だっ!! わーーっ、可愛いね〜っ」


「――レティシアちゃん。あなたも、猫ちゃんの良さが……?」

「どうやら、イリスちゃんも分かってるようだね」


 まさか、こんな運命の巡り合わせが現実に起こるなんて。呼称までも同じと会っては、もはや疑う余地は無い。

 イリスちゃんは、同志だった。


「せっかくですし、猫ちゃんについていきませんか? ほら、心なしかフリフリしてる尻尾がついてきてって言っているような気がしませんか?」


「驚いた。今私も同じこと言おうとしてたのっ! 猫ちゃんを怖がらせないように気をつけながら、ついていこう!」


 そういうことになった。




「すた……すたた…………たたたっ」


「完璧です、レティシアちゃん。以前にも、似たような経験が?」


「んーん? ぶっつけ本番でやってみてるだけだよ」


「才能、ですね……!」


 諜報員レティシア、相棒のイリスと共に標的の尾行任務を遂行中。

 愛くるしい標的は曲がり角でキョロキョロと見回した後、右折した。その後を、群衆に紛れて、かつ見失わないようにひっそりとついていく。


「あれ? 聖女様?」

「聖女様だ!!」

「御手を繋いでいらっしゃるのは誰なのかしら!?」


「あれ? えーっと、イリスさん……? これは?」

「あ、後で説明しますっ! 今はなんとか迂回して撒きましょうっ」


 イリスに引っ張られるままに、私と助っ人のサラは路地裏という路地裏を曲がりに曲がり、かつ猫ちゃんがいた場所から離れすぎないように全力疾走し、ついに追っ手を撒くことに成功した。


「はぁ……はぁ……はぁ……つ、疲れたぁ……っ」


「で、です、ね…………」


『でも、どうするの? 猫ちゃん、きっともうどっかいっちゃってるよ?』


「うぅ……そ、そうだよね…………」


「すみません…………自分の知名度を、失念していました……」


「イリスちゃんは、悪くないよ。――さっき聖女様って呼ばれてたけど、イリスちゃんって、聖女様なの?」


「勝手に、呼ばれてるだけなのと、そう担ぎ上げられたっていう、だけです。『純白の聖女』――それが、私の公の名です」


「『純白の聖女』……うーん、なんか、イリスちゃんっぽくないような……?」


「………………」


 あ。また、やっちゃった……。

 透き通った青い目が大きく見開かれて、返事が返ってこない。

 ……思ったことをそのまま言っちゃうの、サラと練習して直さないと。


「ご、ごめんっ! 傷付けるつもりじゃなかったの!」


「――理由を、聞いても?」


「理由…………だって、私の知ってるイリスちゃんは、今のイリスちゃんだからっ」


「………………」


 また、黙り込んじゃった。

 今日の私、良くないのかも……。

 もう今日はお喋りしない方がイリスちゃんのためかな……。


「……がとう、ございます」


「え?」


 そう諦めてたから、返ってきた返事と、その内容に、脳の処理が遅れた。


「ありがとうございます。本当に、嬉しいです……」


「えっと……何もしてないよ?」


「えぇ。――ですから、ありがとうと、そう言っているんですよ!」


「??」


 うん? どゆこと…………?


『――流石、アタシのレティーだね』


「えぇ……? サラまで?」


 にへへっと私の頭をなでなでするサラの反応にも、私は疑問符を浮かべるばかりだった。



「――あ!! ……レティシアちゃん、見てください」


「今度はどうしたの? イリスちゃ…………わ!」


 大きな声を出した後口を塞いでヒソヒソ声で話すイリスちゃんの指が指し示す方へ目を向けると、私もつい大きな声を出しちゃった。


 ――見失ってた標的……白い猫ちゃんが、私たちの前に現れた。


「これは……!」

「ついてきてってことですよね!」

『……にひひっ、面白くなってきたじゃん!』


 猫ちゃんが優雅に歩いた道を、三人でゆっくりと辿っていく。

 ――と、猫ちゃんが止まった。


「ここは……」


 目の前に、こじんまりとしたお店があった。


「あぁっ、待って、待ってくださ…………あぁ……行って、しまいましたね……」


 と項垂れるイリスちゃんの様子からして、私がお店に気を取られてるうちに、猫ちゃんはどっかにいっちゃったみたい。


「おみせ……だよね?」


「そのよう、ですね……。どうやらお土産屋さんのようですし、入って、見ます?」


「う、うん……」


 帝国の文字で書かれた看板を読んだイリスちゃんを先頭に、私たちは謎のお店の内部に潜入する。


「……おや? いらっしゃい。こんな所に何の用かな?」


 出迎えてくれたのはシワシワのおじいさんだった。その優しそうな雰囲気に、全身の緊張が解ける。


「あ、いえ。少々気になったもので。……少し、見て回ってもいいですか?」


「もちろん。他に客もいないから、好きなように見てっておくれ」


 おじいさんの厚意に甘えて、私たちは店内を見回ることにした。

 ――矢先、ある商品に私の心が突き動かされた。


「おじいさんっ、これくださいっ!!」

「えぇ!? 早すぎません!?」

『れ、レティー!? ほ、ホントーにこれでいいの!? だってこれ――』


「これかい? ……お嬢ちゃんにはまだ早いと思うがね」


「だ、大丈夫ですから! お願いします!」


「うぅむ。そこまで言うんだったらね……ほら、持っていきなさい」


「わわっ、と! ……えっと、お金お金」

「いらんよ。『純白の聖女』様の連れなんだ。そのくらいで金もらうなんて、おっ父に怒られちまう」


「…………うんっ! ありがとうございます、おじいさん!」


 かつての反省を活かし、ありがたく受け取って丁寧にお辞儀をする。

 そうして隣、困惑の表情を浮かべるサラに向き直って。


「サラ」


『な、なに……?』


「私っ、サラみたいな騎士様になるっ!」


『ぅええええええええっ!?』


 手にした商品――木剣をびゅんって振って、そう宣言した。 


「そして、サラを、イリスちゃんを、皆を護るのっ」


 そう。それが、木剣を見た時、頭の中を駆け巡った閃き。

 護られてるだけじゃダメだって、弱いままじゃダメだって、あの時に学んだ。


 本当にサラみたいに騎士様になれるかは分からない。いや、絶対になれない。

 だって私は普通の女の子で、史上最年少で騎士様になった親友にはどう頑張っても及ばない。地力が違う。

 でも、昨日の「私」よりは絶対に強くなれる!

 そして少しでも強くなれれば、その分だけあなたを護ることができるのっ!


『レティー…………』


「だからね、サラ。約束、更新しようよ!」


『約束って…………あ』


 あの時、噴水の前で交わした約束。

『アタシが騎士団長になって、レティーがお菓子屋の店主になったら、一つの家で一緒に住むのっ!』


 今の私には、お菓子屋さんの店主さんを目指したいって気持ちはほとんどない。それは、あの時の爆発でどっかに行っちゃった。


 だから。新しく、約束し直そう。


「――サラが騎士団長、私が騎士様になったら、同じお家で一緒に住むっ。……これでどうっ?」


『………………』

「……………レティシアちゃん」


 沈黙。でも、それも長くは続かないって、知ってる。

 だって、サラがなんて返してくれるか、私は分かってるんだもん。


『――あはは、ホント、レティーには敵わないな……』


「ふふっ、好敵手認定してくれてありがとねっ」


『やれやれ、目標にしてくれて嬉しいよ、アタシの可愛い後輩ちゃん』



「えへへっ」『あははっ』


 そうして、いつかのようにおでこをコツンとくっつける。

 ――この日私は、騎士様見習いになった。



 □ ■ □



 サラとの約束を更新して後、教会に戻ってすぐに、私の決断をフローラちゃんとマリーに打ち明けた。


「僕は、レティシアが決めたんだったら何も言わないよ。もしもの時は、この盾で僕が必ず護る」


「あーしは反対。……シアが戦いに身を投じる必要なんて、一つも無いんだから」


 意見は正反対だけど、その源、私を慮ってくれている気持ちは同じだった。

 そのことが、すごく嬉しい。


「二人とも、ありがとう。私を心配してくれてるの、嬉しいよ」


 固い覚悟を決めるマリーと、顔を歪めて俯くフローラちゃん。

 二人を交互に黒瞳に映して――深紫色の両目を曇らせている友達に、優しく声をかける。


「でも、ごめん、フローラちゃん。やっぱり私は剣を握ることにするよ」


「……っ! 何で!? あーし達とここでのんびりと暮らしてればいーじゃん! それがどうして剣なんか……」


「ごめんね、フローラちゃん。もう、決めたことだから」


「……っ」


 目を見て、しっかりと覚悟を伝える。

 理知的な双眸が大きく揺らぎ、また俯いた。

 ギリ、と歯を鳴らして、手を思いっきり握りしめている。


 ……ごめん。フローラちゃん。


「…………死んだら、許さないから」


「うん。ありがとね、フローラちゃん」


「…………あっそ」


 顔を背け、吐き捨てるように言い捨てた。

 その気遣いが、私の心に深く突き刺さった。





「――そうと決まれば、やることは一つだよね」


『うんっ、じゃあ、始めよっか!』


「イリスちゃん、マリー、フローラちゃん――早速だけど、私の相談に付き合ってくれない?」


「私で良ければ」

「僕も。役に立てるように頑張るよ!」

「……………………好きにして」


「うん、心強いよっ!」


 言葉通り、心強い人員に心強い返事。


 それから私たちは、眠くなるまで「騎士レティシア育成計画」について細かく話し合った。



 そして、翌日――私はサラと二人、ナフィリン・ランゴルマージ皇帝閣下へと直談判しに赴いた。







本日もお読みいただきありがとうございましたっ!!

……本当は一話にまとめる予定だったのですが、私の確認不足で最大文字数余裕でオーバーしそうなのでひとまず前編だけ。

本編IFは初の試みでしたが、如何でしょうか。

私は常に頭がフルスロットルで駆動していたぐらいには楽しかったです!

サラの可憐さは言わずもがな、レティー、可愛すぎません?イリス、可愛すぎません?マリー、フローラ、もう登場キャラ全員可愛すぎません?

などとほっこり笑顔になっている作者ではございますが、皆様もお楽しみいただけていましたら本望です(^^)


さて、詳しいお話は《後編》の後書き、そして後日活動報告で投稿予定の『補足資料』でしましょう!

またしばらくお待たせしてしまうことになりますが、《後編》、覚悟しておいて下さいとだけお伝えしておきます。

楽しみにお待ちいただけますとっ!


では、また!!

今週は平日が二日!

お互い、なんとか乗り切りましょうっ!!






(以下は、最新話更新後に消します)

本日もお読みいただきありがとうございます!

5/6最後の更新です。後編も書き上げ次第の更新となります。


①よろしければ評価・ブックマークの『侵色』お願いします。

②感想も、切にお待ちしております。

泣いて喜びますし、私の創作意欲が爆増しますっ!



以上、執筆の励みになります。

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ