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極相色彩のケイオスライン  作者: 路崎舞
第二章『波紋に歪む理』
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第二章6話『怨嗟に身を焦がして』


「…………ぁ………………」


 柔らかい肉の切れる音に、しかし訪れなかった死に、それが先送りになった原因に、フォレオスの喉奥が凍り付いた。


「……ぃ…………ぇあ…………?」


 視界の右側、鉄扇によって拡散されただろう血痕が赤い絨毯や古びた書籍に付着している。

 鼻腔を刺激する、新鮮な鉄の匂い。その発信源は、フォレオスを庇うようにして立つ女性だった。


「ち、ちが……っ! (わたくし)はそんなつもりじゃ……っ!!」


 視界の死角、王室荒らしのドレス姿の女性――フラリッテが絨毯を引き摺る音を奏でた。ミネアに隠れていてほとんど見えないが、狼狽えている様子が震える声色から窺える。




「――ぇ?」


 その声が不意に、掠れた声へと移り変わった。


「ごめんね、フォレ君。黙っちゃってて」


 腹部を切り裂かれ、致命傷を負ったはずのミネア。だが、顔だけ振り返ってそう謝る彼女の声に痛苦の影は見当たらなくて。


「私、死なないんだ。歳も取らないんだって」





「…………………………は?」

「…………………あり、えませんわ」


 ……………………。


「いえ、だって、(わたくし)は確かに殺す気で…………割り込んだあなたのお腹を、切り裂きましてよ…………? なのに……っ!」


「流石に切られるのは初めてだったけれど……そう。こんな感じなのね」


 切断され垂れ下がっているだろう服を持ち上げ、自身の腹部を確認し、独り言を呟いたミネア。彼女の傷口(だった箇所)がどうなっているのかは、フラリッテの困惑している様子から容易に察せた。


「あな、あなた……『ヒト』、ですわよね……?」


「そのつもりよ、フラちゃん。――と言っても、説得力はないでしょうけれど」


 言葉が出てこない。違う。ざっくばらんな言葉が頭の中でぶつかり合い、喉元へ到達するのを阻害し合っている。威力は互角、どれもがどれをも相殺し、フォレオスがミネアへ言葉をかけるのを許さない。

 そうして置物となったフォレオスを他所に、事態は進展していく。


「フラちゃん――いいえ、フラリッテさん」


「な、なんですの……早く、どきなさ」

「いいえ、どかないわ」


 音程の定まらない声に被せて、力強くミネアが言い放つ。

 その頼もしくもあり、焦燥感を掻き立てる背中に、フォレオスの左胸が張り裂けそうになった。


「あなたも被害者なのでしょう!? もう、あの男に怯える必要はありませんのよ。安心して(わたくし)に全てを任せなさいな!」


「――――」


「……そう。人質ですのね。なら、やはり安心なさいな。引導を渡す前にこの男から全てを聞き出します。あなたの大切な人には指一本触れさせませんわ」


「――――」


「ですから、どうか、どきなさいな。それが、あなたが救われる唯一の方法でしてよ」


「ううん――私は、私の意志で、ここにいるの。人質なんて存在しないわ」




「――そう、ですの。やはりあなた、身も心も洗脳されているんですのね」


「洗脳、ね。うん、間違ってはいないわ。だって私、フォレ君のことしか目に入っていないもの」


「ッ……フォレオス・ソランデューっっっ!!」


 その一言は、氷上で交わされていた応酬に決裂という結果をもたらした。

 見ずとも分かる激昂、堂々と逆鱗を逆撫でしたミネアの華奢な体に赤い斜線が入って――、


「ミネアっ!!!」


 ようやく紡げた言葉は、しかし現実に干渉する力を持ち合わせていなかった。無防備に一撃を食らったミネアは為す術なく崩れ落ち――ない。

 絶たれた瞬間に肉と肉とがくっついていき、何事も無かったように――否、線に沿って切り落とされた服の断片がぱさりと落下したのを意に介さないまま、忘我の境地にあるフラリッテへと距離を詰めていく。


「なん、ですの……なんなんですの……っ!!」


 ミネアが一歩、前へ進む度に布地がはらりと地に落ちる。それでもなお、微動だにせず、凛然とフラリッテへと足を進めていく。と同時に、橙の後ろ髪が次第にフォレオスから遠ざかっていく。


「痛みは、あるのでしょう!? なら、素直に離れなさいな! (わたくし)に、あなたへの敵意は……」


「――分かってる」


「ぁ」


 ミネアが足を止めた瞬間、肉が貫かれる音と共に、橙の背中に「赤」が生じた。

 開かれた赤色の鉄扇、それに胸部を縦に貫かれている。にも拘わらず、ミネアはフラリッテをゆっくりと抱擁した。


「大丈夫。大丈夫だから。ね? 深呼吸して、落ち着いて……心臓の音に合わせて、ほら」


 水のせせらぎのような諭す声。悔恨を丸ごと包み込む「温度」が、憎悪に燃ゆるフラリッテの勢いを弱めていく。


「わた、くしは…………」


「そう。吸って、吐いて、吸って、吐いて。ゆっくり、ゆっくりでいいのよ。時間はたっぷりあるわ」


 凶器を握っていた右手が離れ、フラリッテの両腕がだらりと脱力したのが見えた。


「……どうして、あなたは」


「だって……あなた、そんなに悪い人じゃないように見えるもの」


「…………はは、自分を切り付けた相手に、そういいますの…………。とんだお人好し、ですわね」


「ふふ、褒め言葉として、受け取っておくわね……」


 そう笑うミネアの息は荒く、痩せ我慢をしているのが明白だった。だが、大事な局面で腰と喉が抜けたフォレオスにはどうすることもできない。


「感情に任せてもいい結果にはならないわ。ゆっくり、息を吐くことを意識して。肺に溜まった空気を出し切るの」


 すーっと、大きく息を吸い実演してみせるミネアだったが、途中で咳き込み、中断。代わりに音質の異なる呼吸音が一定の感覚で聞こえてきた。


「そんな感じよ。あなたが満足するまで、私はこのまま背中を撫でているわ。だから、全てを委ねて……。今は、今だけは、楽になっていいの」


「ら、くに…………」


「そう。今この瞬間だけは、何も考えなくていいの。難しいことは、後で一緒に考えましょう?」


「…………」


「そして、落ち着いてきたら、話をしましょう。わだかまりは簡単には消えないでしょうけれど、少なくとも私はフラちゃんを知れて、フラちゃんは私を知れるわ」


「あな、たを…………」


「そしてそれはフォレ君も同じ。あなたの誤解も、きっと解けるわ。だから――」

「…………誤解、ですって……?」


「……フラちゃ「(わたくし)はただ事実を根拠にしているだけでしてよ! それが全部デタラメとでも言うんですの!?」


「……ううん」


「なら……!」


 再び怒りの炎が燃え盛り始めたフラリッテの頭を、ミネアが優しく撫でた。


「フォレ君は多くの罪を犯したわ。大勢の人を不幸にしてきたのも、全部じゃないけど分かっているつもり」


「でも、彼はその一つ一つに向き合ってる。償っている最中なの。――フォレ君は、残りの人生全てを費やして、彼が生きている間に恒久平和を実現させる。夢物語のように思えるでしょうけど、事実、彼にはその力があるの」


「……だから、なんですの?」


「皆が――『暗愚王』によって笑顔を奪われた人、フォレ君が傷付けてしまった人が幸せに過ごせる世界。それが今、私たちが目指している未来よ。あなたも、その内の一人」


「……詭弁でしてよ」


「ふふっ、そうかもね。でも、今は嘘でも、十年後は分からないわ。それに私はフォレ君を信じてる。彼なら前人未到の太陽へと、愚者とは異なる結末に手を伸ばせるって、確信してるの」


「……っ」


「それに、先代国王の所業は先代国王の罪。フォレ君はむしろ、彼の非道を食い止めようと頑張ってたの。だからどうか、彼をグアトライウスから切り離して、贖罪の茨道を歩む国王としてのフォレオス・ソランデューを見てあげてくれないかしら?」







「…………そう、ですの」


 フォレオスの顔をぐちゃぐちゃにしたミネアのお願い。それに、フラリッテは答えになってない答えで応じた。けれど、その一言には先程の熱気は含まれてなくて――、








「――しばらく、眠りなさいな」

「ぇ」


 刹那、胸部を貫いている鉄扇が勢いよく引き抜かれ、色白の細首に一撃。

 慈しむように囁かれた言葉を発端として、ミネアの身体が糸が切れたように崩れ落ちた。


「ミネアっっ!!」

「うるさいですわね……。先程彼女が仰っていたでしょう? 何があっても彼女に死は訪れない。心配せずともミネアさんは無事でしてよ」


 後ろに倒れ、頭を強打しそうになったミネアを、フラリッテは優雅に支えてみせ、血に塗れた赤い絨毯へとゆっくりと横たわらせる。そうして意識を手放しているミネアに視線を落とし、


「――――」


 と何かを独りごちってから、赤を「赤」で上塗りした扇で優雅に口元を隠して、


「彼女の心配より自分の身を案じるべきではなくって? ……いえ、元よりそうした一族でしたでしょう? 他者を顧みず己の保身、快楽のために権力を行使する。あの男の血を引くお前が、今更同情を誘っても無駄でしてよ」


 ミネアの献身もあってか、上品さを取り戻したフラリッテの発声は落ち着いたものだった。しかし、そこから滲み出る暗い感情は依然として変わらない。 


「安心なさいな。彼女はお前をいたぶってから、そこの青年と一緒に(わたくし)の屋敷へと招き入れますから。それにこの国もより良くして差し上げますわ。悪しき因習は、悪しき血筋と共に焼き払います」


 一歩、また一歩、扉の前でへたりこんだまま立ち上がれないフォレオスへと、緋色のドレスが近付いてくる。そうして真正面、緋色のドレスの意匠が目視できる距離まで接近され――真上から液体がフォレオスの額に落ちてきた。


 弾かれたように上を見上げる。

 こちらを見下ろし、恐ろしい程の憎悪を宿した翡翠の瞳孔と目が合った。


「余は、そなたに、何をしたのだ?」


「……呆れました。自覚すらないんですの?」


「…………すまない」


「いいですわ。優しい(わたくし)が愚かなお前に特別に教えて差し上げます」


 そこでばさりと扇を畳み、一歩後ろに下がってから、フラリッテが再び口を開いた。 


「まず、あのクズの血を継いで生きている事それ自体が罪でしてよ。あの畜生の断片がまだこの世に存在する。その事実だけで虫唾が走るというのに、あの青年やミネアさんにも手を出しているとなれば、焼却しない理由などありませんわ」


「……つまり、直接恨んでいるのは『暗愚王』か」


「お前単体でももちろん憎んでおりますのよ。……(わたくし)、お母様、お父様の艱難辛苦の大半がお前ですからね」


 後半、歯をギリギリと噛んだ後に告げられた怨恨。それは甘んじて受け入れなければならない。そこに誤解など微塵もなく、間違いなくこれはフォレオスの咎だ。


 だが、ここまでの話を総じて考えれば、彼女が最も憎み、恨み、怒り、軽蔑し、嫌悪し、憎悪し、呪い、抹消を願っているのは『暗愚王』である。


「それであれば、余らは分かり合えるはずだ……」


「…………話、聞いていましたの? (わたくし)、お前のことも当然のように焼却したく思っていましてよ?」


 そこはフォレオスも承知の上だ。だが、少なくとも、グアトライウスの血族という理由で主張を突っぱねられることは無くなるはずだ。なにせ――、


「……。『暗愚王』に引導を渡したのは、余だ」


「は、この期に及んで妄言の類なんて。今際の際にはせめて真摯であろうとする気概すらありませんの?」


 だが、その告白は叩き落された。 


「……平行線だな」


 こうなっては、フォレオスに切れる札はもうない。

どれだけ言葉を尽くしても、どれだけ耳を傾けても、「フォレオスは悪である」という先入観――実際フォレオスは悪人と自認しているが、それはさておき――それで全てを押しのけられる。


 彼女の心に、フォレオスの言葉は届かない。


「一応確認します。人質はいないんですのね?」


「あぁ。先程ミネアが話した通がっ!」


 腹部にハイヒールの靴裏が突き刺さった。


「人質は、いないんですのね?」


「い……ない…………」


「そうですの。では次。レイミィ・アスガレーテはどこですの?」


「実家で、のんびりと過ごしている…………今は、幸せそぐぅぅ……っ!」


 風船のように空気で満たされた胃を、ぐにぐにと踏み躙られた。


「どこ、ですの?」


「…………モネ、スフィア………………」


「モネスフィア……南東の観光地でしたわね。では、最後です」





「――どうして、お母様の文を無視したんですの?」


「ふみ…………?」


「………………待ちなさいな。お前、確認すらもしなかったんですの?」


「…………」


 文。ソランデュー王家。ローア。


 ――やはり、心当たりがない。そもそも、フォレオスの他にレイミィに子がいたのすらも、王家の血筋がフォレオス以外にも続いていたのすら知らなかった。


 ミネア蘇生のために策略を練り、国民を裏切っていた間も、届いた文書に関しては全て目を通していた。(まつりごと)でなくとも、国民の悲痛な叫びを記憶に刻む義務がフォレオスにはある。自分の所業がもたらした悲劇を見て見ぬふりはできない。

 そして確認した文の内容に記憶の漏れはない。今でも名前を言われれば手紙の簡単なあらましを暗唱できるくらいには、脳裏に焼き付いている。


 唯一可能性として考えられるのは、禁書庫にヴァインと二人籠っていた時だ。あの時は(まつりごと)の一切を文官に一任していた。彼らの判断で廃棄あるいは秘匿された線は、大いにありえる。


「…………そう、ですの」


「……申し訳、ない」


「もう、遅いですわ。何もかも」


 初めて、フォレオスに向けられた言の葉に憎悪以外の感情が乗せられた。


「お母様は生きています。けれど、受けた傷は火傷のように、永遠に癒えない。――あの時も、お母様は苦しんでいたはずです」


 目を伏せ、噛み締めるように話すフラリッテの肩が僅かに震えていた。


「だからせめて、(わたくし)が味わわせて差し上げます。(わたくし)たちの火傷に及ばないながらも、今日まで生き長らえたことを悔いるような、想像を絶する痛苦を」


 しかしそれも束の間、声の調子を戻したフラリッテは、畳まれた鉄扇をフォレオスに向け、上から下へと振り下ろした。軽快な音を立てて開いたそれをやはりフォレオスに向けながら、怨嗟に濁った翡翠を歪ませ……宣告する。


「お祖父様、お祖母様、お母様、お父様、帝国人に、王国人、そして(わたくし)。お前が――グアトライウスが壊した命、その全ての怨嗟をフラリッテが代弁します。――あの男の分まで、灼炎を受け入れなさいな」



 □ ■ □



「あの男によってっ!! お祖父様は幸福を奪われたっ!!」


「あの男がっ!! お祖母様をお祖父様から強奪し、意に反した婚姻を結ばせたっ!!」


「あの男の侵攻にっ!! お母様とお父様は二度も日常を破壊されたっ!!」


「お前のせいでっ!! お母様は心から笑わなくなったっ!!」


「――お前のせいで!! お前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がっっっ!! (わたくし)を地獄に放り投げたんですのよっ!!」




「…………ごふっ」


 ――どのくらい経ったのだろうか。もはやまともな時間感覚さえ残っていない。


 フォレオスは今、出口の扉とは正反対の壁へとおいやられ、逃げ場のない激痛を与えられ続けている。


 顔は腫れ、口の中は血の味で満たされ、無数の切り傷を刻まれた表皮は凝固した濃赤色とじんわりと染み出し続けている液体とがないまぜになっている。

 辛うじて瞼は開き、鼓膜もなんとか健在。しかし歯のいくつかは折れるか抜けてしまっていて、まともに言葉を紡げない。そもそもフォレオスにフラリッテへ投げかける言葉はこれ以上持ち合わせがない。


「…………そろそろ、終わりにしますわ」


「…………」


 窓から入る日差しが、フラリッテの左腕を鮮やかに照らしつける。最近は綺麗に思えてきたその光が、今のフォレオスの目には皮肉のようにしか映らなかった。


「心配なさらなくとも、お前の後始末は(わたくし)がして差し上げましてよ。お祖父様とお祖母様の血のみを引く高貴な(わたくし)が、哀れなソランデュー国民を在るべき姿へと還します」


 先程までの激昂が嘘のように、淡々と告げる。フォレオス亡き後も、フレディが、国民が――ミネアが、不幸な目に遭わず、健康に生きられるのなら。フォレオスが目指した理想が、不完全なまでも引き継がれるのなら。


 それなら、委ねられると思った。


「へい、わ、は…………」


「何の冗談ですの? 『暗愚王』の実子が国の行く末を案じるなんて……皮肉にも程がありましてよ」


 縋るように発した言葉は一蹴された。


「――何度も言いますが、そうやって同情を誘っても無駄でしてよ。血に刻まれた宿業は決して消えない。悪の家系に生まれたことをせいぜい後悔しながら、潔く滅びなさいな」


 フォレオスの体に無数の切り傷を刻んだ鉄扇が閉じられ、カチッと音が鳴った。


「では、さようなら。――お祖父様とお祖母様、お母様とお父様。あなた方を苦しめた男は、このフラリッテが骨の髄まで燃やし尽くしましたわ……」


 その別れの言葉を最期に、フォレオスの視界は灼炎に呑まれる。しかし、目は背けない。自身を終わらせる鉄扇を注視するフォレオス目掛けて、予期通り怨嗟を燃料に燃え広がる灼炎が噴射され――、














「――醜いですねぇ。それでも淑女を自称しやすか?」


 フラリッテの腹部から、鮮血を纏った手が顔を出した。


「――ぇ…………がはっ」


「おお、吐血音も苦鳴も品がない! これでは『灼炎嬢』の名も廃るのでは? さてさて――ご存命ですか、フォレオス王?」


 口の端から血を流し、驚愕に瞳孔が細まっているフラリッテの肩から、その男は笑顔でひょっこりと顔を出して、そうのたまった。


 人好きのする笑みをたたえ、紫紺の双眸をフラリッテとは異なる意味合いで細める橙髪の男。皮肉だらけで煽りとしか捉えられない内容を声高々にぶつけるその声は、襲撃前に聞いたもので。


「そなたは……」


「おややー、謁見申請書は届いているはずなんですがねぇ。後で秘書官殿に問い詰めなくては。なのですが、どうやらそうも言ってられないご様子。はぁ、これはお手上げですね。流石に死んじゃっていやしょう」


 心底不思議そうに眉をコロコロと上下させ、絨毯の上に転がっているフレディを一瞥し、嘆息。


 ――意味が、分からない。どうして、こんな状況で笑っていられるのか。


「ど、して……あな、たが…………」


「どうしてなんてつれないじゃありやせんか! ――ヴィクトムがお世話になりやした。これはそのお礼です」


「何を、おっしゃ…………て…………うっ」


 フォレオス同様、困惑が極まっているフラリッテの腹部、未だに刺さっている右手で彼女の体を軽々と持ち上げ、男は右側、窓の方へと足を進めていき――、ガラスを無くした窓、その外にフラリッテの身体が晒された。


「ひ」


「何を恐れる必要が? せっかくの手向けなんです。どうぞ、僕のように笑顔で受け取ってください」


「ま」


 それから先は聞き取れなかった。


 生きた肉体から右手を引き抜く生々しい音と共に、フラリッテの姿が窓の外に消えた。


「――さてさて。立てやすか、フォレオス王?」


 何事も無かったかのように再びフォレオスに接近し、男が赤赤とした右手を差し出した。が、すぐに左手に差し替え、右手を後ろに隠した。

 ――ここまで一度も、彼は満面の笑みを崩していない。


「…………。そこまで、する必要があったのか?」


「ええそうでしょう何せ御身の命を脅かし、王妃を惨殺した重罪人――ありり? 生きてやすね。でも直視するのは流石の僕でも憚られるその破れ具合からして無傷で済む攻撃ではなかったはず……ありり?」


「――――」


「まいいでしょいいでしょうともあれそんな極悪人に情けをかけろと? それこそおかしな話でしょう民衆に示しがつきやせんし、第一御身の命の価値を見誤っている。ここら辺で認識を改めることを強く勧めやすが?」


「――忠告は受け入れよう。助けてもらったことも、感謝する」


「ええどういたしまして」


「――だが、余はそこまでは望んでいない。彼女には、こうするだけの理由があった。その手段が、些か過激だっただけで」


「理由があったら何をしてもいい、と。ほうほう実にネヘランドミル好みの考え方ですねぇ。今丁度『八守銭』一枠空いてるんですよろしければ融通しやしょうか?」


 …………『灼炎嬢』、『八守銭』、ネヘランドミル。彼の扱う言葉の節々に、南の商業大国ゆかりの固有名詞が見受けられる。

 それにこの男は、非常事態で警備も厚いだろう王城に軽々と侵入し、音もなく王室に足を踏み入れ、手練であろうフラリッテの胴体を手刀で貫いた。


 フレディを道端で助けた好青年という説明では、最早納得できない。


「そなたは一体…………」


「やっぱ伝わってなかったんですね! やはり無理やりにでも叩き起して問い詰めなくては。――僕はモヴティック。生まれも育ちもソランデュー王国のしがない商人……やや、これじゃ納得しやせん? はぁ、仕方ないですね。では」











「僕はモヴティック――商業大国ネヘランドミルの『八守銭』の一人、先日ぽっくり逝ったヴィクトムの子機です」

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