第89話 明かされるゴーイチの世界
ゴーイチとリリアンが飛び去って約十分が経った。『大精霊の祠』で待機していたサリアとシモーヌはまた祠の中へ入り、二人が戻るのを待った。
「なんだかんだでリリアンとゴーイチ、いい雰囲気ね」
「年の差は離れているけど、意外とゴーイチったら小さな子をあやすのに慣れているのかも」
「買い被りすぎよ、ゴーイチにそんな才能はない。やっぱりあのリリアンもたくましい男に憧れているのよ」
サリアとシモーヌは楽しく談笑をかわしていた。そんな中、シモーヌはついに気がかりだったことを打ち明けた。
「……ゴーイチって……何者なんですか?」
「何者? 変なこと聞くわね、見ての通り人間よ」
「そういう意味じゃなくて……なんで彼が勇者レイなのか……」
「……あぁ、そのこと……」
サリアが一杯のお茶を口にして一呼吸おいた。どう話せばいいだろうか、サリアも迷った。
「サリア様とゴーイチは……その……旧友でございますよね」
「そうね……彼と初めて会ったのは百年前……」
シモーヌは目を丸くした。やっぱり驚くかと、サリアも予想はしていたが話を続けた。
「当時彼はまだ子供だった。年齢的に多分十歳くらいだと思うけど……随分変な格好していたわ。白い半そで、白いズボンに黒い靴下。あと木製の棒とごわごわした分厚い……なんて言ったっけ……グローブかな……あとはこれまた見たこともない変わった帽子……」
「彼はチキュウっていう島国から来たと言っていましたが、その国ではみんなそんな格好しているんでしょうか?」
「チキュウ……えぇ……そうね……」
「チキュウって……どんな国かご存じですか? 私は聞いたこともないんですが……地図でも見たことありませんし……」
シモーヌの今の話を聞いて確信した。ゴーイチはやはり真実を伏せようとしている、自分の素性について最も知られたくない部分を。
でも、いつまで誤魔化せるだろうか。シモーヌは優秀だ、その内気づくはず。
「教えていただけますか。ゴーイチが一体どこからやって来たのか。どうして勇者レイと呼ばれるほどの力を備えているのか」
「……それはあとで本人の口から……」
「あらあら、やっぱり勘がいい魔道士ちゃんね」
突然陽気な女性の声が奥から聞こえてきた。振り返ると、なんとそこにいたのはここの主だ。
「だ、大精霊……様!?」
「ど、どうしてあなたが……あの……呼び出しの儀式はなにも……」
「うふふ、さすがの大魔道士さんも、突然私が出てきたら驚くわよね」
「…………」
二人とも唐突な大精霊の出現に驚き立ち尽くした。そしてその大精霊が、指をパチンと鳴らすと、どこからともなく球形のオーブが出現した。
直径にして30センチほどのオーブはじわじわと光りだし、やがて二人が見たこともないとある都市の光景を映し出した。
「あの……これは一体……?」
「ゴーイチについて知りたいんでしょ? だったら口で説明するより、目で見てもらった方が早い」
「……これが……チキュウ……?」
それまでの人生では一度も目にしたこともない光景がオーブに映し出され、二人とも言葉をなくす。天高く聳え立つ直方体の建造物がいくつも並び、そのどれもが夜空だというのに星の光に負けないばかりの明るさを呈している。
そして地上が映し出され、さらに度肝を抜いた。人々が見たこともない服装を着て無尽蔵に歩いている。そして何やら四角形の謎の物体を片手で持ち、それを耳に当てたり、じっと目で見つめたりなど、指で触ったりなど、何をしているか二人にはまるで想像もできない。
「あれは馬車? にしては速すぎる」
画面の中央部を横切る黒い影を指差してサリアは言った。
「馬車じゃないわ。あれは自動車って言うの」
「じどう……しゃ?」
「見て。巨大な鳥が飛んでるわ! ラズリーよりも大きい」
「本当だ。でも……鳥には見えないわ」
「あれは飛行機。地球人が作り出した英知のたまもの……」
そして画面は移り変わり、一人の若い青年を中央に映し出した。
「あぁ!! あれは……ゴーイチ!!」
「そうよ、ゴーイチに違いない。確かに昔もあんな格好だった。木の棒に分厚い手袋、帽子を着て……」
その後ゴーイチがとった行動を見て、二人とも目を見張った。木製の棒を両手で持ち、それを一心に振って白い球体を空高くまで飛ばした。
「今のは〈フルスイング〉だわ。一体何と戦っているの?」
「魔物と戦っているわけじゃないわ。これは野球という球技」
「ヤキュウ? キュウギ? えぇと……一体何の話を?」
「説明するとややこしいんだけど、一種の娯楽だと思ってもらった方がいいわ」
「大人数でチームを組んで、そのチーム同士で対戦するの。より多く点を取った方が勝ち。ざっくり説明するとこうなんだけど、細かいルールを説明すると長くなるし、混乱すると思うからやめておくわ」
質問したいことはたくさんあるが、シモーヌは敢えて黙っておくことにした。そのままオーブに映ったゴーイチの姿を見続ける。
すると今度は木製の棒は大きく空をきり、投じられた白い球体は後ろで座っていた人間の手袋の中にすっぽり入った。
空振りしたのはゴーイチではなく、別の人間だった。体格はやや大きく金髪の男だ。
「今の球はゴーイチが投げたのよ」
「え? どういうこと……さっきまで棒で振っていたのに」
「攻守が変わったの。野球のルールの一つよ」
「……ゴーイチはどこ?」
「あそこよ。彼は今ピッチャー」
「投げたり棒で振ったり……よくわからない遊戯ね」
ゴーイチはやや離れた場所から、球を手に持ち上体を捻じってそのまま腕を振りかぶって投じた。投げた球はかろうじて二人も目で捉えられたがあまりにも速く、棒を持って構えていた人間も度肝を抜かれたのか、一歩も動けないままだった。
「どう? これがメジャーリーガーとして活躍していたゴーイチの姿」
「メジャー……リーガー……」
「ゴーイチはよく言っていたわ。将来は世界一のメジャーリーガーになりたいって……その夢はかなったのね」
「でも頂点を極めたのはいいけど、目標がなくなったのよ。ライバル不在っていうのも、つらいものよ」
「それで……戻ってくることを決意した?」
大精霊は頷いた。
「子供の頃に訪れたこの世界に、彼はすごく愛着を湧いたの。セカンドライフは、大切な人と異世界生活……」
「大切な人……一体誰なんですか?」
「それは秘密よ」
大精霊は敢えてサリアとは目を合わせず言った。
その後もいくつもの光景が映し出される。そのたびに新しい発見と驚愕する事実ばかりで、二人の頭は混乱するばかりだ。
「……ふぅ、さすがにお腹いっぱいのようね。あなた達も」
「あの……このチキュウって国は、世界地図のどこに描かれているんですか?」
「とても小さな島国のようには思えません。明らかに大陸規模としか考えられなくて、そんな大陸があったらとっくの昔に冒険者に存在が知られると思いますよ」
「もちろん、島国なんかじゃないわ。というか……チキュウは世界そのものなの」
「せ、世界……そのもの?」
「異世界、って言えばいいかしら。そして時間の流れもこの世界とは違ってるの……ふふふ」
大精霊がまた指をパチンと鳴らすと、今度は大精霊の全身が光りだした。なんと今まで身に着けていた白い羽衣と金色の冠、翼も消えて、そこにいるのはただの金髪の女性。しかし明らかに格好がこの世界の女性のそれとは不釣り合いなものだ。
「あの……大精霊様、これは?」
「ごめんなさいね。私は大精霊様じゃないの、あくまで代理なのよ」
「代理……? ご本人様はどちらに?」
「それについては答えられないわ。本物の大精霊様の正体と居所は誰にも知られてはいけない、この世界の何人たりとも……」
「……わかりました」
「よろしい。さて、ゴーイチについてもっとお話ししたいけど、その前に何か食べましょうか。お腹すいてるでしょう」
大精霊が再度指を鳴らすと、今度は中央の卓上に白いもやが噴き出す。もやが晴れると、卓上いっぱいに豪華な料理が敷き詰められている。
二人とも思わず見入った。どの料理も見たことも食べたことないものばかりだが、その香りは嫌でも二人の食欲をそそった。
「なんて美味しそう……」
「遠慮せずに、どうぞ!!」
「いただきます!!」
その後、二人は無我夢中になってその料理をむさぼった。ちょうど同じタイミングで、ゴーイチとリリアンが戻ってきたことなど気づくわけもなかった。
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