第80話 トリックプレー
俺を拘束するだと。こいつ本気なのか。
まさかの事態だ。セリナとエンリケに絡んでいた触手が全て俺の体にまとわり始めた。
確実にセリナの力を吸収するために、まず俺から仕留めるつもりか。しかしそうはさせるか。
「何の真似だ? こんなやわな触手で俺を仕留めようとしても無駄だ」
「仕留めるつもりなどない。むしろ、最高のごちそうだ」
「俺が……ごちそう!?」
「まだわからないのかな?」
しまった。奴の狙いがわかった。
「……ぐっ……」
「ははは、動けまい! 私が作り出した触手に絡まれれば最後、いかにお前が最強の戦士だろうと抜け出すのは不可能だ」
まずい。確かに拘束力は強烈だ。でもさっき救いの手が見えた。こうなれば時間稼ぎだ。
「……そううまくいくかな?」
「余裕をこいていられるのも今の内だ。徐々に話す気力さえなくなってくるぞ」
「どうして俺の力をそんなに欲しがるんだ?」
「何を聞いてくるかと思えば……そうだな。最初に戦った時から感じていた。お前はまさに最高の逸材……最強の器……ならばやはり我が復活のための生贄にはお前が最もふさわしいと」
「それなら最初から俺の力を吸収すればよかっただろう。どうしてセリナを利用した?」
「……どうしてもお前と直接対決して勝ちたかったのだ。私がこの世界で最強の存在だと知らしめたかった」
「あきれた。そんなくだらん理由で、俺をここまでおびき寄せたのか」
「くだらん理由で悪かったな。もちろん本当は小娘の魔力を吸収出来ればそれでよかったのだが、やはりお前はさすがだ。あの触手を丸ごとはがすとはな」
「セリナをそんなことのために利用するだなんて……許さねぇ」
「悔しいか? だがお前さえいなくなれば、もう私にかなう奴はいなくなる。お前に見せてやりたかったがな、世界中の民が恐怖に打ち震えるさまを!」
「……悪いが見たくないね。だからお前をこの場で倒してやる!」
「何度でも強がるがいい。さて無駄話もここまでにするか、じっくりと搾り取ってやるぞ。お前の力を……」
「……あぁ、ここまでだな……」
「ついに諦めたか。そうだな、力を抜いていろ。その方が楽になる」
「違うな。お前の方さ」
「……なに?」
ディンフォースの背後数メートルまで気配を殺して、即座にとびかかる。しかしすんでのところで回避された。
「馬鹿め! お見通しだ、お前が後ろから接近していたことくらい」
「ひぃ! た、助けて!!」
飛びかかっていたのはあのワッツだ。動きが遅いのか、それともやっぱり怖がりなのかあっさり見破られていたとは。
「残念だが、私に不意打ちは通じないぞ。今度こそ終わりだ」
「……やっぱりお前は間抜けだ」
「なんだと? この期に及んで強がりいうな!」
「強がりじゃないさ」
「……は?」
ディンフォースが気づいたときにはすでに遅かった。背後数メートルに潜んでいたあいつの〈フレイムピラー〉がディンフォースの下腹部に直撃した。
「ぐは! 貴様!!」
「私もいるわよ」
「なに!?」
「〈スネークフュージョン〉!」
「……うぐ!!」
「ディンフォース。もっと後ろに気を配れよ」
今度は奴が触手に拘束された。そのおかげで俺の触手の拘束は解かれた。あの二人に感謝しないと。
「シモーヌ、それとサリア。ありがとう」
「ありがとう、じゃないでしょ。あなたの方こそ、一人で無茶しないで!!」
「そうはいっても、目が覚めたら二人ともいなくなってたんだ。二人とも捕まったものだと思って……」
「ごめんなさい。そうね……話せば長くなるけど……」
サリアが言うには、実は俺より先に目が覚めて同じく異変に気付き、すぐにシモーヌと一緒に船を出たらしい。エンリケ、ジュスランの部隊がこの洞窟に入るのを目撃し尾行していたら、例の奴隷の少女も一緒にいた。
「信じられなかった。まさかあの少女の正体がディンフォースだったなんて」
「洞窟の中で突然邪気を奮いだして正体を自ら暴いたのよ。結束した兵士達やジュスランも戦ったけど、まるで歯が立たなかったわ」
「応戦しようにも、セリナを人質にとられていたんじゃどうにもならないから。なんとか隙を伺って助け出そうと待機していたら、そこにあなたと例のスパイさんが来たのよ」
「そうだったのか……ていうか、人が悪いな。その時点で合流してくれればよかったのに……」
「したかったわよ。でもサリア様が……」
サリアが人差し指を振って俺にウィンクした。
「こういう時はね……頭を使うのよ。正攻法で真正面から立ち向かわず、敵の不意を突く。兵法の基礎でしょ」
「……なるほど……いや、まいったな」
確かにサリアの言う通り。もし最初から三人そろって入っていたら、こうはならなかった。まさかサリアから兵法の基礎なんて言葉が出てくるとはな。でも野球でもトリックプレーというものがある。俺は現役時代、真っ向勝負しかしてこなかったがこのトリックプレーに騙されて何度かアウトになったことがあったな。
「ちょっと……私を無視しないでくださいよ」
「ん? あぁ、ワッツか。ありがとう、あんたもよくやったよ」
そういえばワッツもいたな。倒れ込んでいたところを起こしてやったけど、意外なことに泣いていない。即座にシモーヌを睨み返した。
「よくやった、じゃありませんよ! 勝手につき飛ばしたりして、ひどいじゃないですか!!」
「……シモーヌ、お前……」
「ごめんなさい。あの場面でほかにいい方法が思いつかなくて……」
「ま、まぁ……結果オーライだしな。それよりセリナは?」
「安心して。眠ってるわ」
セリナはいつの間にかサリアに介抱されていた。何事もなかったかのように眠っている、よかった。
あとはエンリケだな。絡まっていた触手をはぎとり、体をゆすった。
「……ん? ここは……はっ!? セリナ様!!」
起きた途端、突如剣を抜いた。おいおい、まるで記憶が完全に抜けているみたいだな。
「セリナ様あああ!! その少女はあの邪竜ですぞおおお!! はなれてください!!」
「……落ち着け、エンリケ。もう終わったよ」
「ん? おぉ、ゴーイチか。よく来てくれた! 実はあの奴隷少女なんだが……」
「こいつのことだろ? もう終わったから安心しろ」
「……え? あれ……そんな……どういうことだ?」
「終わったって言っただろ。何も覚えてないのか?」
「……あぁ、覚えていない。確かこの少女が邪気を奮いだして、それで謎の触手に絡まれそうになったところまでは覚えているが……そこから記憶がないな」
「そんなはずないだろ! げんに触手に絡まれていた時も俺に言ってたじゃないか、『やるんだ、ゴーイチ』と」
「何の話をしてるんだ? そんなこと言った記憶はないが……」
「あぁ、エンリケ!! 気にしないで、それよりさ。ジュスラン様の後続部隊も負傷しているのよ、彼らを起こしに行ってあげて!」
「む……そうか。わかった。いずれにせよ、ゴーイチ。それにサリア様とシモーヌも無事でよかった!」
エンリケは祭壇の間を出ていった。突然シモーヌが横やりを入れたけど、何をやったかだいたい想像がつく。
「……まさかエンリケまで利用したのか?」
「いえ、あれを言わせたのは……私よ」
「サリアが!? まさか……しかし強引すぎるな」
「仕方ないでしょ、あの場面じゃね。でも……エンリケもきっと理解してくれるわ」
「……いや、さすがに黙っておくよ」
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