第74話 海に浮かぶ島
ジュスランがいきなりドアを開けてずかずか入って来た。寝ているサリアを見て表情を変えた。
「安心しろ、疲れて寝ているだけだ」
「寝ているだけ……だと!? まさか貴様、それを承知で働かせたのか!?」
「そんなことさせるわけないだろ!! サリアは正義感が強いんだ、あんたが一番よく知っているはずだ」
こんなところで言い争いだけはしたくない、まったく妹のこととなると頭に血が上りやすい男だな。
「仮にそうだとしても、それを止めようという気はなかったのか?」
「う……それは……」
痛いところをついてきた。確かに俺も男なら休ませるべきだった、反論できない。
「……とにかく、お前はよく頑張った。あとは我々に任せて出ていってもらおうか」
「出ていけ、だと? それは聞き捨てならないな、俺だって心配なんだ」
「気持ちはわかるが、サリアの看護をするのは兄である私の務めだ」
「あんたが兄なのはわかっているが、仮にも部隊を指揮する長だろ? 今上長がいなくなったら混乱するだろ」
「大丈夫だ、優秀な代理はいるのでな。その程度で混乱などしない」
引き下がろうとしないな。でも俺も俺だ。ここは冷静になった方がいいかもな。
「……そこまで言うなら、あんたに任せるよ」
渋々俺は部屋を出た。するとすぐに付き添いの兵士が一人外に出て俺に小声で話しかけた。
「申し訳ございません。本当は勇者レイ様の意向を尊重しなければいけないのですが……」
「え? いや……気にするなよ。俺はまだほかにも仕事があるんでな」
意外だな、人間である俺の気持ちを理解してくれるエルフの兵士がいたなんて。この前『ティアランピア』の邸宅前で会った時とはまるで違う。
邪竜ディンフォースを倒した勇者レイとして、俺のことを認めてくれているのか。でもジュスランは依然として頑固な奴だ。
この異世界に戻って来たのは、サリアと一緒にスローライフを楽しむためなんだ。邪竜は討伐したから、あとはあの兄をなんとか説得しないと。けどあの様子だとちょっと厳しいかも。
「あ!? ゴーイチ……ちょっと来て!」
シモーヌが小走りで駆け寄って来た。
「どうしたんだ? そういえば船がまだ離陸してないみたいだけど」
「それが……ちょっと厄介ごとが起きてね」
「厄介ごとだと?」
「えー、全乗組員に告ぎます。緊急事態が起きました」
船内に操舵主のアナウンスが響く。緊急事態だと、嫌な予感がするな。
「大変申し訳ございません。エンジントラブルが起きて、しばらく離陸できそうにありません」
「エンジントラブル!? こんな時に……」
「さっきあなたが無理矢理鉄球で船を引っ張り続けたからよ」
そうか。確かにあれだけ強引に船に負担をかけ続けたら、エンジンが不調になるな。そこまでは考えてなかった。
だけどエンジンが動かないとなると、やることは一つ。
「仕方ない。また俺の出番だな」
「ちょっと待って。またさっきと同じことやる気でしょ」
「ほかに方法ないだろ。それに急がないと、船が島と一緒に沈んでしまう」
「安心して。どうもその必要ないみたい」
「その必要がないって? 一体どういうことだ?」
言っている意味がわからないが、シモーヌが一緒に外に出るよう促した。
*
言われるがまま外に出てみたが、やっぱり魔道船は島に着地したまま。動きそうにないな。
でもしばらくして俺も異変に気付いた。
「あれ? 島が……」
「気づいた? そう……この島……浮かんでいるの」
浮かんでいる。その言葉を真に受けるのにしばらく時間かかったけど、確かに間違いない。
巨大な空飛ぶ島が、今度は海の上に浮かんでいやがる。ぷかぷかと揺れ動いて、まるで巨大な船のようだ。
「信じられない。なんでこんな……」
「多分、この島自体そこまで重くないのよ」
シモーヌが言いたいことはなんとなくわかる。なるほど、見た目以上に軽すぎるから浮かんでいられるという原理か。
「……正確には、密度が海よりも軽いからだな」
「え? 密度って……」
「これは物理学で解説できる。アルキメデスの原理といってな。この島の内部は大部分が空洞なんだ。ほら、地下に巨大な神殿があったろ」
「それは……知ってるけど……」
「要するにこの島自体が空気で満たされた大きな箱になっているんだ。島自体が巨大だから水に少し沈んだだけで、島全体の重さと同等以上の量海水を押しのけて、その分の浮力が生じて……」
いけない。完全にシモーヌの目が点となっている。やっぱり物理の知識はチンプンカンプンか。俺も物理学は専門じゃないから、ここでやめておこう。
「……すまん、今のは忘れてくれ」
「大丈夫。あなたのそういう話、もっと聞きたいわ」
「え? そ、そうか……」
「あなたがいたチキュウって国で学ぶ知識なんでしょ。興味がわいてくるわ」
確かにシモーヌの言う通りなんだが、ぶっちゃけ物理学の基礎の話をしてもこっちの世界の人間は半分も理解できないと思う。昔サリアにも俺が学校で学んだ理科や算数の話をしたけど、今のシモーヌと同じような顔をされたんだ。
「チキュウって……どんなところなの?」
「どんなところって……あまり変わらないさ」
気のせいか、シモーヌがかなり興味津々になってきているようだ。まずい、あまり詮索されるとボロがでそうだ。話を切り替えないと。
「それよりもエンジンを直さないことにはここから飛び立てないな。どうしたら……」
「そのことなんだけどさ。どうせならこの島ごと移動させない?」
「島ごと移動って……そうか!」
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