第56話 動く壁の向こうへ
いきなりどこからか矢が飛んできて、咄嗟に小石で弾き飛ばした。こんな場所で呑気に会話できないな。
「ごめんなさい、油断してたわ」
「だが……逃げられたか」
走り去る足音が聞こえた。いや、待てよ。逃げた奴を追えばいいんじゃないか。
「待って! それこそ敵の罠よ。全く見当違いの場所に誘導される」
「そうとも限らないだろ。それに仮に見当違いでも、逃げたやつを捕まえて尋問すればいい」
「だから邪竜教団の魔道士達を甘く見ちゃダメ! 奴らにどんな尋問や拷問をしても無駄よ」
「……わかった。それより気を緩めるな、さっきみたいにどこから矢が飛んでくるか……」
その時、俺の選球眼がわずかな変化をとらえた。
「どうしたの、急に黙って?」
「……動いてる」
「え? 何が……何が動いてるの!?」
「壁だよ。お前の後ろの壁……」
「か、壁……!?」
シモーヌの後ろの壁に近づき、そっと手を当てた。今度は地面に目を向ける。
やっぱりだ、間違いない。
「ほんの僅かだが……微妙にずれてる。見ろ」
「本当だ……よく気づいたわね」
「選球眼鍛えてたからな。どんなわずかな変化でも逃しはしない」
「せ、選球眼?」
「あぁ、まぁその……いつか詳しく話すよ」
ここで野球の講義はやめておこう。それよりも、この壁の向こう側に間違いなくサリアはいる。さっき魔道士が遠くから矢を放った理由もう頷ける、俺達はもうすぐそこまで来ていたんだ。
「壁が動いてるのはわかったけど、この向こう側にどうやって行けば?」
「……下がってろ」
「ま、まさか……?」
そのまさかだ。シモーヌも感づいて、後退してくれた。
「〈フルスイング〉!」
シモーヌからもらった鉄球で壁ごと粉砕、とはならなかった。衝撃と爆発音は凄まじいが、壁は亀裂が大きく入っただけで崩れていない。気のせいか、壁にぶつかったというよりもさらに別の感触があった。
「ちっ……もう少しパワーを上げて……」
「待って! よく見たら結界が張ってあるわ!」
「なに? ということは……あいつらがこの向こう側にいるのは、ほぼ間違いない!」
「でも魔法の結界よ。物理的に破壊なんて無茶がある。それよりここは私の出番よ」
「お前に結界が破壊できるのか?」
「任せて! 〈ディ・バリア〉なら使えるわ」
〈ディ・バリア〉は確か結界を破壊するための魔法だったな。シモーヌもそれが使えたとは驚きだ。となれば、ここは任せるか。
「……おい、もしかして……?」
「ダメみたい。私の魔力じゃとても……」
なんてこった。一応〈ディ・バリア〉を発動したみたいだが、結界はビクともしていないようだ。かなり高レベルな魔法結界だな。
「あぁ、ここまで来て……一体どうすれば?」
頭を抱えたくなるのは俺も同じだ。だけど、俺はふとある案を思いついた。これがいい案かどうかわからないが、それでも単純に力推しするよりはいいかも。
「……壁がなくなれば、結界もなくなるよな?」
「えぇ、そうだけど……そもそも壁を破壊することができないでしょ」
「いや……できるかも……」
「できる? どうやって……さっき試したけど力推しで破壊なんてできると思って?」
「いや、力だけじゃない。熱の力も借りるんだ」
「ね、熱……?」
「シモーヌ、お前の力も必要だ。俺の鉄球と重ね合わせれば、多分いけるはず……」
俺が考えた案を言ったが、シモーヌは半信半疑の顔だ。
「……どうかな?」
「信じられない。でも……あなたのその話が本当なら……」
「まぁ、ものは試しだ。シモーヌ、いつでもいいぞ」
俺は鉄球を構えた。シモーヌも杖を構える、なんだかんだで頼りになる魔道士だな。
「じゃあ……行くぞ!」
「〈フレイムピラー〉!」
鉄球を天井まで投げ上げ、シモーヌの杖の噴出した火柱で鉄球を下から熱し続ける。火柱の勢いで鉄球は落下せずに静止して、徐々に高温に熱せられた。
見る見るうちに鉄球は赤くなってきた。もうこのくらいでいいだろう。
「……うぅ……もう限界! ゴーイチ!」
「ありがとう、シモーヌ! どりゃあああ!!」
今度こそうまくいくはず。超高温に熱せられた鉄球をフルスイングして壁に直撃させた。でも再び結界に阻まれる。
「やっぱり……ダメ?」
「いや、よく見ろ!」
「え……壁が……溶けだした?」
思った通り、見る見るうちに壁がドロドロに溶けていく。さっきとの違いは鉄球が超高温に熱せられただけなんだけど、そのおかげで鉄球には莫大な熱エネルギーが込められている。
それに加えて、俺がフルスイングで鉄球を壁に直撃させれば、さらにそのエネルギーは倍増する。エネルギーとして解釈するなら、この時鉄球は俺のフルスイングで時速1000km以上のスピードで壁に直撃している。
運動エネルギーは物体の速度の二乗に比例して増える。そしてその速度の物体が壁に直撃すると、その衝突の際に壁に運動エネルギーが熱エネルギーとして転換され伝わるんだ。
時速1000km以上の物体が壁に直撃した際の熱エネルギーは計り知れない。俺はシーズンオフで物理学を勉強してそのことを知った。試しに氷でできたボールを〈剛速球〉スキルで勢いよく壁に衝突させたら、バラバラに砕けた後にあまりの高温で溶けだしたんだ。
この神殿内部は壁も床も大理石に近い成分でできている。大理石はだいたい1000度の温度で溶けると言われている。1000度の温度まで上げるには、ただ炎であぶるだけでは駄目だ。もっと高温に熱した莫大なエネルギーの球体を超高速でぶつける必要があるから、鉄球はもってこいだ。もっともその鉄球も溶けてしまうかもしれないが、仕方ない。
数分も経たないうちに壁にすっかり巨大な穴が開いた。肝心の結界も壁に穴が空いてしまえば意味がない。このまま通り抜けられるぞ。
「凄い……でも、鉄球も溶けちゃったみたいね」
「いいさ。それよりシモーヌ、お前は急いでここから離れた方がいい」
「え? 急になに言い出すのよ?」
「お前も気づいているだろう。この先は……かなりヤバいぞ」
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