第37話 女の意地
「お話の内容は分かりました。それではいつ登城すれば宜しいのですか?」
フィリップの手紙を持ってきたアルベルトは、思いのほか淡々としているカトリーヌを盗み見ていた。フェリックスはエルザとカールと共に外出する事も増え、この家にいるのはカトリーヌとアルベルトの二人のみ。フェリックスがいないとこうも会話が続かないのかと実感していた。
「全く両国にも困ったものだ。こんなふざけた申し出に付き合う必要はないぞ。もし嫌なら俺から……」
「あら、嫌ではありませんよ。アデル殿下がわざわざ私を指名する辺り何か思惑がありそうですが、そもそも貴族の結婚というのはそういうものですし、アータシュ様とはおそらくエレナの菓子店でお会いした方だと思います」
「それじゃあ探したいという“カトリーヌ”という女性は、本当にあなたなのか?」
「そうだと思います。でも子供がいるという事をご存知ないので、お伝えすればお申し込みを引き下げるかもしれないですね」
「そ、そうだな! きっとそうだと思う。誰も子持ちなど」
そう言い掛けアルベルトはハッと口を噤んだ。
「それで、私はいつ向かえば宜しいのですか?」
「……お二人は城に滞在しているし、陛下はカトリーヌの準備が良ければ明日にでもと仰せだった」
「そうでしたか。でしたら明日に致しましょう」
その瞬間、アルベルトは一気に立ち上がった。
「まさか乗り気という訳はないよな? フェリックスはどうするんだ。もしどちらかと結婚したらフェリックスと離れ離れになってしまうんだぞ」
「仰りたい事はそれだけですか?」
「ああ。それだけだ」
カトリーヌは一瞬目を瞑ると立ち上がった。机を挟んで向かい合う格好になる。目を逸したのはアルベルトが先だった。
「明日はルイスに案内してもらいますので迎えは結構です。アルベルト様は今はもう陛下専属の騎士なのですから、安易にお側を離れる事は出来ませんものね」
「だが面会の時には立ち会うつもりだ」
「何故です? アルベルト様は関係ないじゃありませんか」
「か、関係ない?」
カトリーヌはにこりと笑うと、扉に控えていたルドルフに声を掛けた。
「アルベルト様がお帰りよ」
「待ってくれカトリーヌ! まだ話は終わっていないぞ」
「アルベルト様、しつこい男は嫌われますよ」
ポンと肩を叩かれると、連れ出されるように部屋を後にした。
「あれ? お父様来てたの?」
玄関から勢いよく入って来たフェリックスは、満面の笑顔を浮かべながら走ってきた。
「フェリックス! どうだ、これからお父様と遊びに行くか?」
「うんん。今一杯遊んできたから今度はお母様とおやつ食べるの!」
「それじゃあお父様も……」
「それじゃあねお父様! また遊びに来てね!」
抱き締める間もなくそのまま奥へと走って行ってしまう息子の背中を見つめながら、アルベルトは壁に手を着いた。
「俺は父親だぞ」
「このままだと父親の役割はカールに奪われてしまいそうですね」
その瞬間、とんでもない所から放たれた矢が当たったようにカールが壁際に寄った。
「俺が父親だなんて滅相もない。なッ!? エルザ!」
「でもカールは良いお父さんになりそうよ。フェリックス様も最初はあんなに警戒していたのに今じゃとっても仲良しだもの」
悪びれないエルザの言葉にみるみる内に顔を青くしていくカールは、物凄い表情で睨みを聞かせているアルベルトを見ながら怯えていた。
「ほう、そんなに俺の息子と仲が良いのか。まさかお前もカトリーヌを慕っていたとは知らなかったな」
「誤解です! 俺はエルザとモンフォール家に人生を捧げたんですから!」
エルザは顔を真赤にすると台所の方へと走って行ってしまった。
アデルとアータシュとの面会は一緒に行われた。そして奇妙な構図のお茶会が開催されたのだった。
「お初にお目に掛かります。モンフォール伯爵家のカトリーヌと申します」
お茶会の場所は中庭にある温室で、中にはフィリップ国王とアデル王子、そしてアータシュ、そしてカトリーヌの三人だけで、各国の護衛達はガラス張りの温室の周囲を囲むようにして立っている。中の状況は見えるが声は一切聞こえなかった。
「まずアデル王子は間違えていないと思うが、アータシュ王子、あなたが探していたのはこちらの女性で間違いないか?」
「ああ間違いない! 菓子店で勧めてもらった物はとても美味かっただぞ。故郷の皆にも食べさせてあげたい位だ」
褐色の肌がよく映える民族衣装に着替えたアータシュは、異国のおとぎ話から抜け出してきたような容姿をしていた。
「……本当に絵姿の方に似ているのね」
「カトリーヌ? どうされた?」
「いえ! 不躾に申し訳ございません。あの菓子店をお気に召して下さったのならとても嬉しいです。わが領にも二号店がありますので、今度はぜひモンフォール領にもお越し下さいませ」
「もちもんだとも! モンフォール家には昔から興味があったんだ。我が一族との縁も興味深い」
緊張が走る。アータシュはやはり知っているのだ。そう思わせる口振りだった。
「カトリーヌ嬢は確かお子が一人おりますよね?」
「はい、ベルトラン侯爵家のアルベルト様との間に設けました」
「私は子供がいても全く気にしません。あなたの全てを愛する事が出来ますよ」
アデルとは今日初めて会ったばかりだというのに、よくもまあ愛を語れるものだと思いながらアータシュを見ると、驚いたように固まっていた。
「アータシュ王子? 大丈夫か? 確かにカトリーヌには子がいるがすでに離婚済みだ」
「いや、驚いたのはカトリーヌ嬢が若く見えたのでまさか子供がいるとは思わなかっただけです。ただ砂漠の民も結婚するのは早いですし、子供がいても何も問題ありません。俺も子供が五人いますから」
そう軽快に笑いながらクッキーを口にしたアータシュを三人で呆然と見た。豪快な食べっぷりに男らしい容姿。確かに女性が放ってはおかないだろうが、五人は多過ぎやしないだろうか?
「それは奥様?が頑張られましたね」
「ああ! 妻達はとても働き者だからな!」
「妻……達?」
「妻は三人だ。カトリーヌが嫁いでくれれば四人目となるが、妻達も新しい仲間が増える事を楽しみしている。皆良い女達だからきっとカトリーヌも楽しく過ごせるだろう」
とっさにフィリップを見ると視線が泳いでいく。隣りでアデルが小さく笑った。
「砂漠の民は一夫多妻制なのですね。ですがこの国も私の国も一夫一婦制です。果たしてカトリーヌ様がそれを受け入れられるでしょうか」
するとアータシュは勢いよく立ち上がった。温室の周囲を警備していた者達がとっさに反応するが、フィリップの合図で留まったようだった。
「他に妻がいるのは嫌か?」
「私はそもそも西の国に向かう事は考えておりません。私にとって一番大事なのは息子のフェリックスですから」
「その息子ごと受けると言ってもか?」
「ありがたいお言葉ですが、フェリックスはベルトラン侯爵家を継ぎますので連れてはいけません」
「ならば向こうで私との子を作ろう! 家族は多い方がいいに決まっている。愛する者を守りながら暮らすのは幸せだぞ!」
カトリーヌは必死なアータシュに思わず微笑んでいた。
「きっとアータシュ様の奥様やお子様達は愛されて幸せに過ごしているのでしょうね」
「何を話していると思う?」
今回の警備の責任者であるラインハルト騎士団長は、微笑ましいものでも見るように話し掛けてきた。アルベルトは本来フィリップのそばを離れないが、今回は中に入れない為温室の周囲をウロウロするしかない。とはいっても周辺にはグロースアーマイゼ国の者達もいるし、シャー・ビヤーバーンの戦士達もいる為、警戒は緩められなかった。
「シャー・ビヤーバーンの王子は動きが大きいので何かに興奮しているのは分かりますが、何を言っているかはわかりませんね」
「無理矢理にでも中に入るかと思っていたけどよく我慢したね」
「それはもちろん部外者ですから」
「本当にそんな風に思っているのかい?」
ラインハルト騎士団長は居ても立っても居られない様子のアルベルトの背中を叩いた。
「副団長の任から外れて腑抜けになったか。おかしいな、私がしっかりと教育したはずだったんだけどね」
「団長の教えは今もちゃんと生きています。ですが……」
「ですが? 続けて」
「自信がないんです。俺は一度カトリーヌを深く傷つけています。それでもカトリーヌは俺と想ってくれていると分かりましたが、それはこの距離だから上手くいっているのであって、家族として一緒に暮らしだしたら俺に幻滅するのではないかと、そればかり考えてしまうです。良い父親にも良い夫にもなれている気が全くしないんです」
「私も良い夫になれているかは分からないよ。うちは子供がいないから父親というものは分からないが、少なくともアルベルトは良い父親に見えるし、カトリーヌ嬢を大事に想っていると伝わってくる。それに良い夫婦には二人でなっていくものじゃないかな。大事なのは、この状況を見て行動しないなら男じゃないって事だよ」
温室とラインハルト騎士団長を見比べる。
心のどこかでずっと思っていた。カトリーヌはこんな縁談を受ける訳がないと。カトリーヌはフェリックスが一番であり、フェリックスを残して嫁ぐ訳がない。ではフェリックスがいなかったら?
カトリーヌは縁談を断ってこの国に残るだろうか。
「……俺は言い訳ばかりだな」
アルベルトは走り出すと温室の前に立つ騎士と対峙した。
「お前達と争いたくない。責任は私が取るからこのまま開けてくれないか」
緊張した面持ちで言ったが、騎士達は生暖かいものでも見るように抵抗する事なく扉を押し開いた。
驚いた様子の王子達と何故か表情の読めないフィリップには目もくれず、アルベルトはカトリーヌ元に行くとその場に跪いた。
「大事な席に乱入してすまない。でも俺はこれからもカトリーヌ以外と一緒になる気はない。だから俺と結婚して欲しい。愛している」




