第36話 砂漠の民
静まり返った王の間で、使者達は無言のまま微動だにせず立っていた。砂漠の民特有の褐色の肌に筋肉質な体はジュブワ王国では比較的体格のいいアルベルトやオレリアン兵団長でさえ霞む程だった。
コツコツと肘掛けを叩いたフィリップに視線が集中する。それでも使者達は得に悪びれる様子もなく大きな目で真っ直ぐに前を見ていた。
「それで、行方不明とはどういう事だ?」
「飽きたらそのうちに戻って来ますので少々お待ち下さい」
シャー・ビヤーバーンの一族の王子が行方をくらましたという知らせを持ってきた当の使者達は全く気にしていない様子で、小さな欠伸を噛み殺している者さえいる。さすがのフィリップもそれには頬を引き攣らせていた。
「これが砂漠の民という訳が」
オレリアン兵団長の呆れた声に、アルベルトも内心溜め息を吐いた時だった。視界の端に騎士が小走りで駆け寄ってくる。アルベルトは数歩フィリップから離れると、どこか緊張している騎士からの報告を受けた。
「分かった」
アルベルトはフィリップの耳にたった今騎士から受けた報告を伝えた直後、王の間の扉が開かれた。
「入室はまだ許可されておりません! 止まって下さい!」
緊迫する騎士達と共にグロースアーマイゼ国のアデル達が流れ込んでくる。王の間は一瞬緊張状態となったが、フィリップが手を挙げると騎士達は腰の剣に手を掛けていた動作を止めた。
「見ての通り来客中だよ。それに訪問の予定は聞いていないんだけどね」
「緊急事態ゆえこのような訪問になりました事をお詫び申し上げます」
アデルの隣りには前回はいなかった女性が立っていた。肌の色は砂漠の民に近い。動揺はジュブワの国民よりもシャー・ビヤーバーンの使節団の者達の方が大きいように見えた。
「緊急事態?」
「先の戦争後、不可侵条約を結んだ我らですが、是非とも友好を更に深めたいと思い訪問させて頂きました」
苛立っているのはフィリップだけではない。突然の訪問が礼を欠いているだけではなく、今は他国の使節団を迎え入れている最中だというのに、話を進めるアデルにアルベルトは前に出た。しかしアデルはフィリップを真っ直ぐに見つめた。
「友好の証に貴国の女性を花嫁として迎え入れたいのです」
「……突然訪問したと思えば今度は嫁が欲しいだと? 無礼だと思わないか?」
「今グロースアーマイゼ国は大きな転換期を迎えようとしています。王座不在の状況が長く続けば、あの戦争の悪夢がまた再来するとも限りません」
「王座不在だと!? 王が亡くなったのか?」
アデルが小さく笑うと、とっさにアルベルトはフィリップと視線を合わせた。
「何も驚く事はございません。我が国の王位はそうして常に入れ替わってきたのです。時代の流れには逆らえないもの。我々親子もまた血塗られた歴史に名を刻む事になっただけですよ。時が経てば書物に文字として残されるだけの歴史に過ぎないのです。そこであった苦しみや痛みを分かり合う事もない」
「何をしてきたんだ」
「単純な話です。国王を弑し、この国に逃げて参りました」
その瞬間、フィリップは立ち上がった。
「まさか我が国に亡命してきたという事か!」
「ですから最初に緊急事態だと申し上げたではありませんか。このままでは軍がこの地に再び襲ってくるとも限りません。ですがそれを止める事が私には出来ます」
「止めるも何もこちらがお前達を差し出せばいいだけだろう!」
アルベルトが剣を抜くと、アデルはその剣の前に立った。
「ですが我々がここにいる事もまた事実。あの国はどんな理由であれ、攻め込めると判断した場所には軍を動かします。私を差し出したからという理屈で軍は引かないでしょう」
最初から胡散臭い男だとは思っていた。自分の条件を無理にでも飲ませ、それでも悪びれる事なく大国の王子だという自信がその表情から滲み出ているようだった。
「それが我が国の女性から妻を娶る事とどう関係あるんだ」
「ただの女性ではありません。ある女性です」
「ある女性? もう決めている者がいるのか?」
アデルはアルベルトを見たまま小さく笑って言った。
「モンフォール伯爵家のカトリーヌ嬢です」
その時、再び扉が勢いよく開いた。
「喜べお前達! 今日俺は花嫁を見初めたぞ!」
陽の光のような金色の髪と燃えるような瞳が印象的な男は、上機嫌な様子で王の間に颯爽と現れた。他の男達よりやや大柄。誰がどう見てもこの者がシャー・ビヤーバーンの王子なのだと分かった。
「……アータシュ、謝れって」
少し後ろにいた短い金髪の男はヒソっと耳打ちをした。
「ハーミ! そうビクビクするな。ちゃんと歓迎されているだろ!?」
どこをどう見たらそう捉えられるのか。仲間ですら空気を読まないアータシュに軽蔑の眼差しをアータシュに送っていた。
「いいからちゃんと挨拶しろ!」
「分かったから押すな! ジュブワ王国のフィリップ陛下にご挨拶申し上げます。俺はシャー・ファルザードの息子アータシュと申します。アータシュで構いませんよ」
するとフィリップは大きな溜め息を吐いた。
「遠路遥々よくお越し下さった。アータシュ殿。して、今までどこに?」
「よくぞ聞いて下さいました。どうか花嫁を探す許可を頂きたいのです」
「そのつもりで訪問だと理解していたが?」
「実はもうその花嫁を見つけたんです。名はカトリーヌ、年は二十歳前後でしょうか。ご存知ですか?」
アルベルトはすでに固まっている。フィリップは気の毒そうに自らの専属騎士を見つめながら、言葉を濁した。
「それだけで探すのは難しいな。それに平民という可能性もあるがその場合どうする?」
するとアータシュは大きな赤い目を見開いた。
「連れ帰ります。間違いなく俺の運命の相手です。ずっと見つけられなかったがこの人だとすぐに判りました。俺の勘は当たるんです。今の時期にこの国に来るように占いにも出ましたから」
「アータシュはシャー・ビヤーバーンの跡取りでありながら呪師でもあるんです。申し遅れました、俺はアータシュの従弟でハーミと申します。嫁探しは我々でしますが、国内で人探しをするご許可を頂けますでしょうか?」
「カトリーヌいう女性なら心当たりがある。人違いの可能性もあるがこちらとしても複雑な事情があるので、両国ともしばらく城内でお待ち頂きたい。それがこの国に滞在する条件だ。飲めなければ出ていってもらうがどうする?」
アデルはにこりと笑うと仰せのままにと言ったが、アータシュは了承こそしたもののあからさまに不満げだった。
「近い内にカトリーヌ嬢との面会の場を設けるからしばし待たれよ」
「アル君がさっさと求婚しないからこんな事になったんだよ」
国王の執務室に戻ったフィリップはずっと無言のまま放心状態で後ろを着いて来るアルベルトをちらりと見た。
アデルはともかく、アータシュの言っているカトリーヌという女性はあの“カトリーヌ”ではないかもしれない。しかしフィリップの知る限り貴族令嬢の中にカトリーヌいう女性は他にいなかった。
「どのみちカトリーヌ嬢にも話をしてこの結婚を受けるのかを確認しないとね」
「カトリーヌが受ける訳がありません!」
「何故? それは断って欲しいというアル君の願望じゃないの」
「フェリックスがいるからです。カトリーヌにはフェリックスがいますから」
「そこ自分とは言わない訳ね。どちらにしてもモンフォール伯爵家には使いを出してすぐに面会の日程を組もう」
「そんな事せずとも私が聞いて参ります。カトリーヌがアデル殿下やましてやアータシュ殿の結婚の申し込みを受ける訳がありませんから」
普段は温厚なフィリップは有無を言わせない視線で黙らせた。
「アルベルト・ベルトラン。お前はカトリーヌの何なの?」
「……元夫です」
「そう元夫、それだけだ。そこまでお前が口を挟んでいいはずがないんだよ」
ギリギリと握られた拳に視線を向けたフィリップは退出するようにアルベルトに言うと、手紙を書き始めた。




