13.彼女がいたって……
「……」
柄谷さんは何も言わずにそっと私の頬を流れ落ちる涙を拭う。
何故だろう……?
無意識に心だけが彼に寄りかかってるこの感覚……
普段の柄谷さんの前の自分からは考えられないくらい、落ち着いて安心してる。
「落ち着いた?」
静かに私に語りかける。
「……うん……」
『うん』?
じゃなくて『ハイ』でしょ?
どうしちゃったのよ?
「ご、ごめんなさい、急に馴れ馴れしくしくなっちゃって!」
慌てて柄谷さんの表情を伺った。
「……いいや……」
困惑した表情から、フワッと柔らかく笑った瞳。
目が離せない。
だって、こんな包み込まれるような視線……初めてじゃない、そんな気がして……
いつ……?
思い出せない……
「杉田さん……?」
……そっか。
夢だ、きっと。
夢で出てきた男の子が何度も私にそんな視線を送ってくれていたんだ。
「あの、すみません。こんな事言ったら変に思われちゃうかもしれないですけど……」
『ん?』そんな瞳で私を真剣に見つめている。
「私の夢に出てくる男の子がいて……、柄谷さんにそっくりなんです。そんな風にいつも私に優しくしてくれて。錯覚起こしちゃってたんです」
こんな事話したってただの妄想かと軽蔑されるだけかもしれない。
でも遠回しでもいい、本当は『あなたの事が好きです』って何かしらの形で伝えたくなって。
柄谷さんの優しさに触れて我慢ができなくなってしまったんだ、きっと。
だって彼女持ちの、しかもお世話になってる先輩なんだよ?
自分の気持ちを伝える資格さえ、私にはないんだから……
「それと、この前は大事な彼女さんに酷い事してしまって、本当にごめんなさい! ちゃんとあって謝らなくちゃって思ってたので……」
柄谷さんの前に立ち、大きく頭を下げた。
「……彼女か……。やっぱりそうなっちゃうよな」
ふぅとため息を一つ大きくついた。
「……え?」
どう言う意味??
「いや、いいんだ。それと失敗の事は気にするな。本当は俺が杉田さんの側についてフォローしてやらなきゃいけなかったのに、こちらこそ本当にごめん」
私と同じくらいに柄谷さんが頭を下げ出した。
「ちょっと、やめて下さい! 柄谷さん何も悪くないじゃないですか!」
私は頭を上げてもらうように低く蹲み込んだ。
「部下の失敗をフォローできない上司なんている側に意味がない。失敗はチャンスって言うだろう? 新人は失敗してなんぼ。そうやって成長して行くんだから気にすることなんてないんだ。俺はその失敗を拾ってやる事も、チャンスにしっかりと繋げてあげる事もその場で出来なかった」
いつになくしょんぼりと肩を落としている柄谷さん……
こんな素敵な人に仕事を教えて貰えてるってだけで、本当に幸せなんだ。
「あの……、これからも私にたくさん教えてください! お願いします!」
貴方に彼女がいたっていい。
そんな風にまで思えてくる。
「もちろん。こちらこそ、至らない上司だけど、よろしくな」
そう言って安心した仔犬のように笑顔を私に向けてくれる。
「それと……夢の話。それ、きっと夢じゃないよ」
急に真顔になって私を見た。
「……え?」
「……なんてな! その面白そうな話、今度ゆっくり聞かせてよ」
今度はくるりとおちゃらけた顔に変わって私に背を向けコタと海にの方へ走り出した。
「ちょっと走って来るな! 時間になったらまた戻るよ」
静かに波打つ浜辺をぐんぐん進みながら、柄谷さんは軽く振り返り私に手を振った。




