第一話『プロローグ』
「おいレベッカ、これは一体どういうことだよ」
「お願い違うの、きっと何かの間違いだわ!」
大きな屋敷の一室に、諍いさかう男女の声が響き渡る。
「そんなわけあるか! ならどうして金髪の両親おやから黒髪の赤ん坊が生まれてくるんだよッ!」
「違うの、本当に違うのよ・・・」
去年、妻のレベッカは俺の子を身ごもった。
それは16で結婚してから、一年半のことであった。
そして今現在、俺は彼女の出産に立ち会っている。
立ち会っているのだが・・・・・・
生まれた子供の髪色が、どう考えても俺の遺伝子じゃない!
「前々から怪しいとは思ってたんだ! 思ってたけど、俺はお前を信じていたんだ! それなのに・・・やっぱりお前この従者とデキてたなッ!」
そう言って俺は、すぐ側にいる男のことを指さす。
俺たちがいるのは妻レベッカの寝室。
今ここには俺、彼女、彼女の出産を手助けする三人の使用人がいる。
ここまでは分かる。必要な人員だ。
俺は夫だから当然だし、使用人の手助けなくしては安全に子供は産めない。
だが、だがこの場にはさらに、レベッカがこの家に嫁いで来る前から身の回りの世話を任せているという、一人の従者もいる。
俺たちと同い年くらいの若い男だ。
さっきから、ろくに出産の手伝いになる訳でもないのになんでここにいるんだ、とは思っていた。
君、若干場違いなことに気付いてないの? と。
まあぶっちゃけ、百歩譲ってずっと世話をしていた主のことが心配だと言われればそれまでだった。
気持ちは分からなくもない。
だが、子供の髪色を見てなんでここにいるのか納得がいった。
絶対お前が犯人だろッ! 黒髪とかお前じゃないかよッ!
そりゃあさぞかし心配だっただろうよ。
自分の子が産まれてしまうのではないか、はたまた無事に産まれてくるのかどうか、気がかりでしようがなかっただろうさ。
俺は再び出産直後の妻へと向き直る。
「嫁ぎ先で肩身が狭いだろうからって近くに置くのを許した俺がバカだったよッ! なんか仲良さげだな、とは思ってたけど、兄妹みたいなもんかな、って自分をごまかしてた俺がバカだったよッ!」
「ねえルカニア、一旦落ち着いて冷静になりましょう?」
「うるせえッ! 完全にお前ら不倫してるじゃねえかよ! 間違いようがねえよ! こうなったら離婚だ離婚ッ!・・・・・・クソッ、初めての子供ができて喜んでた俺の喜びを返してくれよ!」
涙ぐむ俺。
必死に言い訳しようとする妻。
その脇では青ざめた顔をして突っ立つ従者。
まさに地獄絵図である。
「ねえお願い本当に待ってっば・・・・・・そうだわ、これはサキュバスのせいに違いないわ! だってそうじゃないとおかしいもの。人間を誘惑して夢を見させ、男から精を取って、それで女を妊娠させるって昔から言うじゃない。きっと私もそれにやられたんだわ」
「おかしいのはお前の頭の方だ! バカにすんのもいい加減にしろッ! いいか、もうこれ以上お前なんかと話し合う気はない。これ以上見苦しい言い訳を重ねてみろ。俺はお前を殺しかねんぞ」
そう言い捨てると俺は妻の寝室から出ていく。
今思えば、妻が夫婦の寝室を別にしたいと言ってきたのも密会を重ねるためだったのだろう。
今さら気付いてももう手遅れだが。
俺は屋敷の中を飛び出す。
今はただただ一人になりたい。
そうやってやって来たのは、花壇に花が咲いている、自分ちの屋敷の庭。
一人になりたい時は決まってここに来る。
これは子供の時からの習慣だ。
「もう嫌だ・・・全てが嫌だ・・・」
妻、いや、今となっては元妻と言っても過言ではないか。
彼女との結婚はいわゆる政略結婚だった。
俺の家も彼女の家も地方の、とはいえれっきとした貴族。
親に言われるがまま結婚した。
だが別に珍しいことではない。
そういった家柄ではよくあることだ。
だからこそ愛は結婚したあとからでも育めると信じていた。
実際俺は、彼女に真摯に向き合った。
だが、彼女の方が俺を愛しているという手応えは掴めずにいた。
それでも結婚してから一年後、子供ができたって聞いた時は嬉しかった。
確かに俺たち夫婦は恋人にはなれなかったかもしれないが、新しく産まれてくる子供も一緒なら、三人で家族にはなれるんじゃないか、そんな風に本気で思ってた。
それなのに何なんだよ。サキュバスの仕業とかバカにすんのもいい加減にしろよ!
百歩譲って俺を愛せないのはしょうがない。
人間、どうしてもそういうところはある。
だけど俺にコソコソ隠れて、自分の家から連れてきた従者とよろしくやってるのはどういうことだよ! 初めからこの家の人間になるつもりはなかったのかよ! 俺との結婚は本当にイヤイヤで、貴族としての繋がり、地盤固めだけが目的だったのかよ! そうだとしたらあからさま過ぎるだろ! 骨の髄まで貴族やってんだなおい!
ああ、ああ。
俺だって自由な恋をしたかったよ。
燃えるような恋愛をして、自分で好きな相手と結婚しなかったよ。
だけど望まぬ結婚は貴族に生まれた人間の宿命、裕福な生活という恩恵を受けたからこそそれに従うのは道理だと思って受け入れていたんだ。
なのになんでレベッカ、お前だけ好きな相手との子供を産んでんだよッ! そんなの不公平じゃないかよッ!
そう考えるとかなりムカムカしてきた。
貴族の義務を果たした報いがこれかよ。
俺は別に貴族になんてなりたくなかった。
ただ自由に、自分の人生だけを生きていきたかった。
貴族の家に生まれてさえいなければ、俺にだってやりたいことはあった。
特に冒険者には一度はなってみたかった。
自分が家柄に縛られているからこそ、自由に生きている彼らに憧れた。
生きるとは何なのか、それを体現している彼らのようになりたかった。
気付けば部屋の本棚は古今東西の冒険譚で埋まっていた。
だがその思いとは裏腹に、親は俺を過剰に外に出したがらなかった。
それこそ貴族学校にも行かせないくらい。
俺の世界は、本当に屋敷の中だけだった。
外と言えば今いるこの庭。それで完結していた。
だから冒険者なんて夢のまた夢だった。
魔術は元から才能がなかったが、代わりの剣もろくに持たしてくれなかったから、剣術が上達することもなかった。
怪我をしたら危ないからなんだと。笑えるよな。
子供が怪我をするのは、人間が息をするのと同じくらい当然のことなのに。
あまりに俺がぐずるから両親は弓だけは時折やらせてくれた。
だけどそれも大勢の使用人に囲まれた絶対の安全圏を作れるからであり、敵から遠距離だからである。
だから俺は結局、この歳になってもろくに怪我をしたこともない野郎になっちまった。
同年代の人間は、今まさに物語に出てくるような冒険をしているというのに。
「くそぅ・・・・・・」
気付けば涙が頬を伝っている。
いっそのこと全てを捨てて家を飛び出してしまおうか。
捨てて惜しいものなど初めから持ち合わせていない。
それに一応まだ十代だ。
死ぬ気でやれば、やってやれないこともないかもしれない。
「・・・・・・・・・」
だがそこまで考えても結局は何も出来ない。
俺はいつもそうだ。一歩を踏み出すことが出来ない。
俺はカゴの中の鳥なんかじゃない。
俺が入れらているカゴは粘土で出来ていて、俺さえそこから出る決意を固めればいつでも自由になれる可能性もあるのに。
それなのに、俺にはそのカゴを壊せない。
壊そうとさえ出来ない。
それどころかむしろ、自分で勝手に見えない鎖を作り出してしまう。
そして自分は拘束されているから無理なんだと、どこにもいない誰かに向かって言い訳をしている。泣き叫んでいる。
俺のせいじゃない、周りが全部悪いんだ、と。
「ああ、いっそ誰かが無理やり連れ去ってくれればどんなに楽だろうか」
だけど、それじゃあダメなんだろう。
そんな他人任せでいたら、結局はここぞというところで足がすくんでしまうに違いない・・・
ビュウッ!
一陣の風とともに、目の前をコウモリが飛んでいく。
気付けば辺りは暗くなり、もう太陽は地平線に沈みつつある。
自分を裏切った妻と、その使用人がいる屋敷の中へなど戻りたくはない。
だがそこ以外に、自分が帰れる場所など存在しなかった。
「はぁ」
ため息をつきつつ、俺は屋敷の中へと戻ろうと振り返ろうとする。
「え?」
自然に、本当に自然に、まるでだるま落としでもしたかのように、俺の首・が落ちた。
今までは体の上に乗っていただけで、胴体とはすでに繋がっていなかったと言われても不思議じゃない。
そう、それこそさっき風が吹いたあたりからすでにもう・・・
「どうだい、オレオレっちの鎌鎌かまかまの斬れ斬れ味味あじあじは! 鮮やか過ぎて、体の方がすぐすぐにはアタマタマをちょんちょんぎられたことに気付かなかったんじゃないないのかいかい!」
意味が分からない。というか体から離された頭では、これ以上考えるのは不可能だった。




