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姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
2話:【棚網圭子】この恋を叶えるために、剣士に
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2-4

 考査を終えて数日は何をしても気持ちがそぞろになっていたが、さらに数日すると「きっと落ちている」と思うことができた。すぐに剣道部の稽古もそれまでのようにできるようになったし、学校の勉強も再開できた。

 なのに、普段通りの生活を取り戻した直後に合否の手紙が届けられた時に、圭子は再び慌てるはめになった。

 その日は学校の格技室が柔道部に割り当てられていた。普段であれば校舎の周りを走って体力作りをするところであったが、梅雨が始まっていてそれもできなかった。

 圭子は傘を差して家に戻った。

 帰宅すると、母親が心配そうな顔をして、「剣志隊から手紙が届いてるわよ」

 どうやら、その手紙は朝に届いたらしく、父親も仕事を早く切り上げて帰宅していた。

 手紙は開封していない。が、父親も母親も、早く開けてくれと目で訴えている。

 本当は、自分の部屋で開けたいと思っていた。しかし、剣客集団に一人娘が入隊するかもしれないという手紙を、両親の前で開かないというのは親不孝にも思えた。

 圭子は手紙を開封した。

 その中には、「入隊を許可する」という語と共に、その手続きをする日付やら書類やらについて記載があった。

 父親も母親も、暗い表情をしていた。

 それにつられて、圭子も暗くなってしまった。

「どうしても、行くのかい?」

 母親の問いに、圭子は首肯した。

「どうして、そんな所に行くんだ? お前でなくても良いのに」

 父親の問いに、もっともだ、と圭子は心中で思った。

 しかし、それでも圭子は剣志隊に入らなくてはならないと思った。

 恋慕の相手が剣志隊の隊士なのであれば、そこへ入らなくてはならないと思った。

 剣道を始めたのも、それが理由だ。

 今の自分のことはよく分かっているつもりである。14の小娘で、手段としてはあまりに世間知らずとも言われるだろう。

 しかし、自分から諦めたり忘れたりするのは嫌だった。

 それに、市井の人のために働けるのなら、それでも良いだろうと思っていた。


 剣志隊の隊士となった圭子は、剣道部の稽古よりも本営の道場にいることが多くなった。他の隊士は剣道部の部員よりも腕が良く、稽古をするにしてもここの方が良いと思ったからだった。

 その日、最後まで道場で稽古をしていたのは圭子だった。最後の一人は、施錠をして道場を後にする決まりである。

 圭子は剣道着のまま窓の全てに鍵がかかっていることを確認すると、道場を出ようとした。

 そこへ、道場に入って来る者がいた。

 志位であった。

「ありゃ、棚網か。もうあがるの? どうせなら、最後に一回、手合せしてみる?」

 新人隊士に対する優しさだろう。また、試験の日に志位は初芽から全て聞かされている。

 他の隊士と隔たりなく行動せよ。

「圭子の行動に恋慕によるおかしなことがあれば、お前が是正せよ」

 志位としては、先輩隊士として、まだ未熟な隊士である圭子に色々と教えようという心積もりだった。

 だが、圭子は断固と否定した。

「いえ、今日はもうあがるところです。志位先輩に一つ言っておきますが、どうか軽々しく私に声をかけないで頂きたい。私は、軽薄な男が嫌いです」

 圭子は、泣きたくなるような気持ちだった。だが、副隊長の柚希からは、「恋慕を隊士としてのお前に持ち込むな」という風に言われた。柚希からあんな風に言われているのだから、志位にも何らかの形で伝わっている可能性が高い。

 この初恋を諦める気はない。だが、剣志隊の隊士としては、この気持ちとは決別する必要がある。

 とすると、この恋心はどこでどう出せば良いものか。

(失敗だった、かも……)

 圭子は目をぎゅっとつぶると、手に握っていた道場の鍵を志位に無理矢理に握らせて、走って道場から去って行った。

 道場から去る圭子を、志位は目を丸くして見送った。

(聞いていた話と全然違うじゃん)

 とすれば、特に志位が何か心遣いをする必要は無さそうだった。

 この後、志位は宿舎の大広間で隊長を見かけたので、「棚網が自分を好いてるって話、どうやら隊長の見立て違いのようですぜ」と声をかけた。

 その後、正座をさせられ小一時間ほど説教を受けたが、それもこの男がまだ人の心を読み切れぬのが原因であろう。


 事務方に与えられた部屋で隊内の事務仕事をしていた西紀(にしき)麻美(あさみ)は、同じく事務方である京本(きょうもと)房江(ふさえ)が入ってきて頭を上げた。

「京本さん。入隊してくる隊士のことは聞きましたか?」

「聞いたわよー。今、余ってる刀は無いから買わないとね」

「問屋さんは、武藤さんのところでいいですか?」

「それで大丈夫」

「じゃあ、今やってる仕事が終わったら、武藤さんの所に行ってきますね」

「ありがとー。麻美ちゃんが真面目だから、私、助かっちゃうわ」

 褒められた麻美はえへへと笑った。

 だが、仕事に戻ったところで眉をひそめた。

「嫌な事件がありました」

「なぁに」

 麻美は警察からの報告書を房江に見せた。

「ここの飯塚義仁って、こないだうちの入隊考査を受けてた人ですよ」

 房江が報告書に目を通す。

 勝鬨橋の下、隅田川の川べりで斬殺死体を発見。身元は飯塚義仁であることを確認。現在、怨恨と物取りの両面から捜査中。

「発見されたの、考査の翌日じゃない。考査の帰り道でやられたのかしら」

「犯人、見つかるといいですね」

「そうね。そこは警察の皆さんに頑張って欲しいわね」

 麻美は嫌な空気を払うように勢いよく立ち上がった。

「それじゃ、仕事終わったので、武藤さんの所に行ってきますね」

「うん。新人さんに良い刀渡してあげたいから、良いやつ見繕ってって伝えてね」

「はいっ! 了解です!」

「あと、ちゃんと刀も持ってね。悪い人に襲われたら大変なんだから」

「承知しました!」

 麻美は壁に立てかけてあった刀を腰に帯びると、颯爽と部屋を出ていった。

 新人が来ると、なんだかワクワクする。房江は、少しでも良い刀を手に入れるためにどうしようかと考えを巡らせ始めた。

2話までお読みいただき、ありがとうございます。

続きも楽しんでいただけましたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

次は学校の成績で困っている隊士のお話です。

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