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姉、斬る、妹―2805年、東京国の凶賊始末記―  作者: 羽法 伊助
2話:【棚網圭子】この恋を叶えるために、剣士に
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2-2

 2か月後の6月10日の午前9時、考査が始まった。

 中学2年の圭子が受験する筆記試験の科目は、国語、数学、理科、社会、保健体育。また、武芸一般の知識を問う筆記試験があるが、これは通常の中学校では教えてくれないため、問題集を買って勉強する必要があった。つまり圭子の対策はばっちり。

 午前から始まる筆記試験は昼食の休憩を挟み、午後4時まで行われた。


 続いて、武芸による考査。

 受験者たちは剣志隊の道場に集められた。

 武芸による考査は、剣道の防具をつけた上での剣道の試合により行われる。対戦はまず応募者同士。その後、入隊の見込みがある者は剣志隊の隊士との試合が組まれる。

 中には剣ではなく、棒、槍、鎖鎌、剣による二刀流、といった武器によって考査を受ける者がいると聞いていた。圭子の所属する剣道部にそんな得物を使う者などいなかったので事前勉強はできなかったのだが、今回の受験者にそのような者はいないようだった。圭子はほっと安堵した。

 圭子は、普段の剣道部で使用している防具を身につけ、他の受験者と同様に道場に並んで正座した。

 審判は、剣志隊の隊士である。この日の担当は物凄い背の高さで、圭子は少々ビビっていた。おそらく190センチ近くある。

「大間崎(おおまさき)謙太(けんた)です。伍長です。今日は審判をします。どうぞよろしく」

 自分より少し年上という風貌なのに伍長とはすごい、と圭子は感心していた。隊士の中では格上である。確かに、圭子から見ても、そのたたずまいだけで、かなりの腕であることが想像できた。


 武芸の考査が始まった。

 圭子は、他の受験者たちの剣技に目を見張った。自分など、まだまだ未熟とは思っていたが、それすら考えが足りないことを知った。

 いずれの受験者も、すぐにでも戦地へ出ることが出来そうなほどの腕前のように見えた。これはもっとも、圭子の性格による所かもしれない。元来、自分に自信がない少女なのだった。

 今回の受験に集まった者は、数えて31人。これは普段よりは少ない人数なのだが、それが合格率の上昇とは繋がらない。お眼鏡にかなう者が一人もいなければ、受験者が少なかろうが多かろうが、全員失格となる。

 7番目に、圭子の出番が来た。

「赤、棚網圭子。白、飯塚(いいづか)義仁(よしひと)。それぞれ前へ」

「はいっ」

 圭子は元気よく返事をしたが、飯塚は小さく頷いただけだった。

 呼ばれた2人は向かい合うと、蹲踞した。

 相手の面鉄の奥の目が光っているように見えて、圭子は自分の背筋が震えるのを感じた。しかし、頭の中は震えていない。

 大丈夫。いつものようにやれる。これは、武者震いだ。圭子は自分にそう何度も何度も言い聞かせる。

 2人が立ち、竹刀を構える。相手の飯塚は上段。攻撃的で、守りが弱くなる代わりに撃ち下ろしは速い。自分よりも段が上の者や目上の者にこの構えをすると無礼とされている。つまり、飯塚は、自分の方が格が上だと言っているようなものだ。

 舐められているな、と圭子は思った。思った時には、飯塚は素早く踏み込み、まっすぐに竹刀を振り下ろす。実際、飯塚は相手が自分より年若い女ということで、甘く見ていた。

 その先端が圭子の面を取るより前に、圭子の竹刀が飯塚の籠手を強く打った。飯塚は竹刀を取り落したりはしなかったが、打たれた腕がぶんと振れて、打ち下ろした竹刀が強く道場の床を弾いた。

 しかし、審判の大間崎は一本の宣言をしない。打ち込みが浅いという判断だろう。

 圭子は素早く後ろに飛び退いて仕切り直した。

 圭子は、今の一撃で飯塚の頭に血が昇ったと見ている。

 果たして、飯塚は再び上段に構えた。構えて、すぐに斬り下ろした。先ほどより雑になっていた。

 圭子は、飯塚の籠手を打った。さっきと全く同じ剣筋だった。時間を巻き戻して同じ事を繰り返したかのように、飯塚の竹刀が地面を打った。

 一本の宣言がないのも、全く同じ。

 飯塚の目の奥が燃えている。

 その怒りに油を注ぐ。

 両者が再び所定の位置に戻り、審判の「始め」の声と同時に圭子は、上段に構えた。

 上段の構えを、自分より段位の高い者を相手に行うのは無礼とされる。

 飯塚の頭の中が真っ赤に染まった。同じく上段に構えると、渾身の力で打ち下ろした。今までで一番雑ではあるものの、最も速い。

 しかし、圭子の上段の構えは一瞬だけだった。飯塚が怒りに任せて上段に構えた時には、胴を打って右に飛んでいた。

「一本」

 審判が赤旗をあげた。

 飯塚は打ち下ろそうとした竹刀を宙に浮かせたまま、呆然としていた。審判の大間崎に声をかけられるまで、その場を動けなかった。


 剣道における圭子の方針。それは、相手の竹刀を自分に触れさせないことであった。

 剣志隊となったあかつきには、剣を振るう時は真剣を手にすることになる。相手も当然真剣だ。

 鎖帷子(くさりかたびら)でも着こまない限り、真剣が触れることは斬られることを意味する。たとえ自分の剣が相手を仕留めることができたとしても、斬られてしまえば相打ちとなり傷を負うことになる。相手が2人いれば、怪我を負っていれば恐らく斬られてしまうだろう。だから、圭子は相手の竹刀を自分に触れさせない。

 剣道部には、それを臆病と罵った先輩もいた。剣道というものは、相手に打たれることもある、というものだ。しかし、圭子はその考えを貫いている。剣道というものを、真剣のやり取りと同等に考えているのであった。


 受験者たちの対戦が一巡し、2巡目が始まった。全員が全員の対戦を一度見ているので、2巡目からは剣の腕だけでなく、洞察力や記憶力、分析力も試される。

 次の圭子の相手は、坂田という男だった。18歳。坂田は、圭子を策略家だと思っている。だから、坂田は圭子に考える間も無く仕留めようと考えている。

 ――圭子は、坂田という男をそのように評価した。


 審判の「はじめ」の声と同時に坂田は右足を踏み込んだ。圭子の隙を伺うといった時間は一切無かった。

 圭子は執拗に面を狙う坂田を相手に籠手の連打で翻弄した。打たれまいとした坂田は面打ちしようとした竹刀を止め、鍔元で圭子の竹刀を止める。

 圭子の連撃の隙間を縫って坂田は籠手を狙った。勝負を急げ。たとえ圭子が籠手を狙おうとも、体格に勝る自分であれば、同じ籠手でも自分の竹刀の方が早く打てる。

 が、圭子は坂田の考えを裏切る。

 剣道における最速の一手は、突きである。

 坂田の籠手が圭子に届くよりも早く、圭子の竹刀の先端が突き垂に刺さった。のみならず、圭子はすばやく竹刀を引き、坂田の籠手を抑えた。

「一本」

 大間崎が宣言する。

 坂田の竹刀は、圭子の体のどこにも触れていない。

 敗れた坂田は、俯いて肩を震わせていた。読んだつもりが逆に読まれていたということを、本気で悔しがっているのであろう。

 

 圭子の3巡目は、同じ女性であった。名は、羽場(はねば)紗枝(さえ)。圭子と同い年の14歳。

 強者であった。一巡目の試合では相手が竹刀を振るうよりも早く面を決め、2巡目では打った面を途中で籠手へ切り替えるという技を披露した。自分よりも腕は上であろうと思った。

「大間崎さん」

 まさに試合が始まるというその時に、道場の入り口から間延びした声がした。本人は気を使ったかもしれないが、これから試合をするというには、少々ふさわしくない声音だった。

「審判、変わりますよ」

 隊士の志位(しい)健市(けんいち)であった。

 その顔は圭子の心の中に仕舞っていたものと完全に一致していて、心臓が早鐘を打ち始めた。

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