8-3
刀の注文を終えてから4日後、房江が一人、宿舎1階の縁側で足をブラブラさせていると、武藤は約束通りに午後4時に現れた。
背中に4振りを収めた刀箱を背負っている。
「ここで開けてもいいんですかい?」
「ええ、大丈夫よ」
房江は3人の新人の刀を1振りずつ武藤から受け取り、検めた。なるほど、綺麗に仕上がっている。
「上々ね。よく切れそう」
「ありがとうございます」
そして、問題の刀。
鞘は鉄で、蝋色。鍔は真円にかごめの透かしが入っている。房江の注文通りである。
ゆっくりと抜いた。
二尺三寸。
その刃を見た時に、房江の背筋が粟立った。
切っ先は大きく、刃紋は互の目乱れ。重ねは厚い。平地に銀の筋がある。
ごくりと房江が唾を飲み込んだ。
武藤はすっかり驚いた後だったので、にこにこするだけだ。
房江は刀を静かに鞘に収めた。
「武藤さんは、この刀の銘は見た?」
「見た。銘を隠してたやつを取って確認したよ。見事なものだったさ」
「この刀、もしかして、清麿ですか?」
くくっ、と武藤が喉の奥で笑った。
「ご名答さ。お嬢さん」
源清麿。
名工である。
江戸時代後期に活躍していたので、ほぼ10世紀前に作られた刀である。
これは斬れる。鉢金程度の薄い鉄なら、切断することも可能だろう。
「あんな値段で良かったの?」
「もちろんさ。この私が、正しい値をつけられなかったのが理由だからね」
それでは、と房江はありがたく頂戴した。
「しかし、私は幸運でしたね。あなたが高値をつけなかったおかげで、こんな刀を手に入れられるとは」
「ありゃあ、俺の目が曇ってた。ろくに手入れもしていないような刀だった。研いだら切れそうだから処分せずに残していたが、まさかね。そんな調子で、10世紀近くも折れずに残っているところを見定めたんだから、お前さんの眼力には恐れ入るね」
「たまたまですよ」
武藤は代金を房江から受け取りながら、
「なあ、あんた。剣客はやめて、俺の所で働かないかい?」
「それ、本気」
「ああ、本気だとも」
房江も、少しだけ本気で考えた。
しかし、答えはすぐに出た。剣志隊を出るのが悩みなのであって、白兵隊に入りたくないというわけではない。つまり、刀の問屋に就職しても房江の心配の種は無くならないということになる。
「機会があったら、ということにします」
「それは、残念」
本当に残念そうな顔で、武藤は空になった刀箱を背負って帰って行った。
さて、博物館にでも寄付しろと言われそうな刀を手に入れたからには、初芽に一言断っておいた方が良いだろう。
その後、夜になるのを待っていると、しばらくして隊長の初芽が本営に現れた。今日も隊長の書類仕事だろう。
房江は、源清麿二尺三寸を手に、隊長の執務室に入った。
中では、今日も初芽がつまらなそうな顔をして、何やら書類と格闘していた。
初芽は書類から顔を上げると、房江がなにやら刀を持っているのに気付いた。
「やあ、房江。どうした。刀自慢にでも来たのか?」
「そんなことはないの。報告よ」
2人は旧知の仲である。
初芽は房江より1歳年上で、去年の4月、22歳で白兵隊へ籍を移した。
その後、白兵隊から新たな隊長が出向してきたが、長くは続かなかった。
白兵隊内部の不祥事に雲居眞咲という男がつけ込み、白兵隊と剣志隊の双方を巻き込む事件を起こしたのである。新隊長はその責を負って退き、初芽が臨時で剣志隊隊長に戻った。
初芽が臨時の隊長となって事件を収めた後、そのまま正式に剣志隊へ籍を戻すこととなった。事件には白兵隊にとって表沙汰にしたくない事情があり、初芽たち関係者には口外を禁じられている。
初芽が剣志隊に戻ってきた時は、房江は大喜びしたものだ。
死線も何度かくぐったという仲であった。4年前の九尾党の争乱の時も、2人で何人もの隊士や町民の命を救った。
そのさなか、房江が闇討ちで背中に深い傷を負わなければ、九尾党の本拠地の襲撃にも参加していたはずである。
房江はにやにやと笑いながら、刀をゆっくりと抜いた。
遠目から見ても、初芽はその刀が相当に古いものであることを見抜いた。
「げっ。それ、なによ。なんでそんな刀を、あんたが持ってんの。またどこかの古道具屋で見つけてきたの?」
房江に対して初芽はどこまでも気安い。同期、という気持ちもあるが、それよりは友情が強いであろう。
ただし、気安い態度をとるのは、2人きりの時だけだった。初芽は剣志隊隊長、房江は来年4月に白兵隊に入隊予定の事務方の隊士である。2人の立場を比べると、とても対等とは言えない。だから、気安い態度を取ることができるのは、他の隊士がいない時くらいなものだった。
「新人のために3振り見繕った時、これがまじってたの。私費で買ったんだけど、まさかの名刀だったから、良かったら隊で使って」
はは、と初芽が笑った。「私は、今使っているのを愛用しているから、他のを使う気にはならないな。お前が引き当てた業物を他の隊士に使わせるのも気が引ける。房江が使いなよ」
半ば、そのつもりだったので、房江は喜んだ。隊長のお墨付きであれば、問題はないだろう。
自宅を兼ねる刀問屋に戻ってきた武藤に声をかける男がいた。
「何かいい刀は入ってるかい?」
「やあ、波多野さん」
そう呼ばれた男は雲居眞咲である。武藤には波多野と名乗っていたらしいが、そのことを雲居も覚えていない。
「実はね、すごい業物が入ったんだよ」
「そりゃすごい。なんだい?」
「それがね、清麿なんだよ」
「へえ」
すこし、雲居の目が光る。
「それ、いくらだい? 好事家としては興味あるね」
「それが、うちの在庫から見つけたのは剣志隊なんだよ。錆びついてたというのに、よく見つけられたもんだ」
「そいつは残念。しかし、そんな古い刀を仕事で使うのかな。その人は」
武藤は腕を組んだ。
「どうかな。玩物趣味は無さそうだ。よく斬れる刀だし、使うんじゃないかな」
「羨ましいね。そんな立派なものは、うちの刀箪笥に加えたいよ」
それじゃあ、と言って雲居はその場を去る。
その足で、銀座へ向かう。
雲居は露店で徳利を傾けている旧知の男を見つけた。上下ジャージ姿で、腰に帯びた刀だけが強烈な違和感を放っている。
「待たせたね」
「おう」
雲居が男の対面に腰を降ろした。
相手の男の名は、吉井和正という。
東京国で流行っている成鳥念流の仮目録を得ているという腕前だった。
髪はほとんど白く色が抜けており、肌も皴だらけ。見た目は70に手が届くというところだったが、実際の年齢はまだ50歳だった。年老いた姿になるほどの苦労をしている。
「それで、九尾党復興の調子はどうだい?」
吉井の質問に、雲居がひょいと肩をすぼめる。
「ゆっくりやってるよ。九尾党は警官隊にも剣志隊にも十分過ぎるほどに知られてる。下手に動くと、あっという間に勘づかれてお陀仏だ」
「そいつは結構。俺の出番はいつ頃になる? このところ、食うにも困ってる」
「ついさっき、良い話を聞いたんだ。剣志隊が源清麿を手に入れたらしい」
吉井の目の色が変わる。
「剣志隊のどこにある?」
「今、調べてる。分かったら、また教えるよ」
ぐび、とお猪口を吉井が空にすると、雲居が新しいのを注いでやった。
「もし暇なら、手に入れるというのはどうかな」
雲居は、吉井の心が刺激されるような言葉を吐いた。
「下手に動いたら、勘づかれてお陀仏じゃないのか?」
「あんた、歴史に残るような名刀を手に入れるのが夢なんだろう? だからこうやって教えるのさ」
吉井の心はもう決まっていた。
これから何をするのかも。
「ここの勘定はお前に任せていいか?」
「分かったよ。俺はもう少し、ここで飲ってから帰る」
吉井が立ち上がった。痛飲していた割には、足腰はしゃんとしていた。
「次に会うのは、また4日後か?」
「いや、明日にしよう。それまでには、誰が清麿を持ってるか調べがつく」
「分かった。それで頼む」
吉井がジャージのポケットに両手を突っ込み、その場を離れた。清麿を持ってる剣志隊隊士を探す気なのだろう。今晩から。
(いい刀があると聞いたら、手段を選ばなかったよな、昔から。それで、党首様にも随分怒られた)
(でも、それがあんたの夢だ。生きてる理由だ。もし清麿みたいな刀を手に入れられたなら、死んでもいいくらいに嬉しいんだろう?)
(だから、手に入れるがいいさ。その過程で剣志隊の隊士を何人か殺ってくれるなら、俺としても願ったりだ)
(それに……)
雲居は吉井が残していった酒の残りを徳利から直接飲み干した。安い酒の味がした。
「あんたが死んだとしても、俺の計画に支障は無しだ」
内容までは聞き取れないほどの小さな独り言だったが、食器を集めてまわってる店員が振り返った。
「すんません。聞こえませんでした。注文ですか?」
「いや、勘定だ。釣りはとっておいてくれ」
雲居は金をテーブルの上に置いて立ち上がった。




